毎日新聞の創氏改名記事の間違い ― 2026/02/03
2月1日付けの毎日新聞の「サンデーコラム」に、ソウル支局長の福岡静哉さんが創氏改名の記事を出しています。 https://mainichi.jp/articles/20260201/ddm/007/030/033000c 内容にはかなりの間違いが見られるもので、これはちょっと困ったものと思いました。 そこでここに批判していきたいと思います。 なお有料記事ですので、関心ある方は図書館にでも行ってみてください。 またここで論じるのは、記事の前半部分だけです。
「創氏改名」を拒否して死んだ男
日本は韓国を植民地統治した時代、日本式の名前に変えるよう朝鮮人に強いる「創氏改名」を1940年2月から行った。 先祖伝来の姓を重視する朝鮮半島の人々はどんな思いだったのか、以前から気になっていた。 知人から「創氏改名を拒否し命を絶った人がいた」との話を聞き、一族が住む集落を訪ねた。
韓国南西部・光州からバスで約1時間。 田園が広がる淳昌(スンチャン)郡は「薛(ソル)」姓の人が多い。 この地域の名士として知られた薛鎮永(ジンヨン)は40年5月、創氏改名を拒否し、石を抱えて井戸に身を投げ、70年の生涯を終えた。
「ここが井戸があった場所です」。 一族の取りまとめ役である薛明煥(ミョンファン)さん(81)が案内してくれた。 今は水田の一部で、井戸は残っていない。
鎮永は若いころ、反日闘争に参加。 晩年は私塾で若者らに漢文を教えた。 井戸の跡地近くには私塾の建物が残る。
鎮永を題材に作家の梶山季之は小説を書いた。 これを原作に韓国で映画が作られ、日本でもジェームス三木が舞台作品をてがけた。
明煥さんは次に自宅を案内してくれて、書庫から古びた書物を取り出した。 「これは1848年に作られた薛氏の『族譜』です」
「薛鎮永」という人物について付け加えますと、この名前は一族の家系図である『族譜』にある名で、戸籍では「薛鎮昌」です。 号は「南坡」で、上記に出てくる「私塾」は「南坡書室」といいます。
姓、家系図 命懸け
族譜とは、始祖から現在に至る一族の家系図だ。 韓国では多くの一族が所有する。 同じ姓でも、一族の発祥地「本貫」が異なると別の一族になる。 例えば金(キム)氏でも、南東部・慶州をルーツとする「慶州金氏」や、釜山近郊・金海(キメ)が本貫の「金海金氏」などがある。 金海金氏は韓国最大の一族で400万人以上いるとされる。
鎮永の一族は、慶州と淳昌にゆかりがある「慶州・淳昌薛氏」。慶州に首都を置いた新羅(紀元前57~935年)の建国に功のあった豪族を始祖とする、伝統のある家系だという。 一族でつくる「慶州・淳昌薛氏中央大宗会」の名誉会長も務める明煥が力説する。 「韓国人にとって先祖から伝わる姓やそれを証明する族譜は、死ぬほど大切なもの。 鎮永先生はそうした伝統を守るため、命懸けで創氏改名を拒否したのです」
薛氏の門中(一族のこと)は1940年5月10日に長老たちが集まり、「玉川」と創氏することを決議しました。 しかし鎮永は先祖から受け継ぐ姓や族譜を否定するものだと反対して拒否を貫き、同月19日に井戸に身を投じて自殺しました。 だから記事のタイトルが「『創氏改名』を拒否して死んだ男」となっています。 しかしそもそも創氏改名は姓を否定するものではなく氏を新たに定めることで、姓には変更はありません。 また族譜は私的文書ですから、これも変えることはありません。 ですから姓も族譜も守られるものでした。 鎮永はそれを誤解して自死に至ったのでした。
その後この薛家の創氏改名はどうなったかですが、亡くなった鎮永の後を継いで戸主となった息子の泰洙が三ヶ月後の8月8日に「玉川」と創氏を届け出て、受理されました。 父の鎮永は文字どおり「命懸け」で創氏改名を拒否したのですが、結局は鎮永の家族は門中の決議に基づいて日本名を届け出たのでした。 創氏改名の届け出は戸主のみの権限で、鎮永は亡くなって代わりに息子が戸主となっていましたから、法的に問題がありません。 息子の「薛泰洙」さんは「玉川泰洙」さんとなり、「薛」という姓は本貫欄に移すという形で戸籍に残ったのでした。 ですから先祖から伝わる「薛」という姓は、戸籍でもって証明することができたのです。
「天皇中心を徹底」
日本が創氏改名を行った背景にあったのが、こうした大規模な氏族集団の強固な結びつきだ。 朝鮮総督の南次郎は当時、創氏改名の目的をこう語っている。 「(朝鮮人を)血族中心主義から脱却させ、国家中心の観念を培養し、天皇を中心とする国体の本義に徹せしめる」
南次郎朝鮮総督がこのような話を本当にしたのか、調べてみましたが見つかりませんでした。 朝鮮総督府は1940年2月に創氏改名を解説する『氏制度の解説―氏とは何か 氏は如何にして定めるか』という冊子を発行するのですが、そのなかに南次郎総督の談話が出てきます。 しかし上記のような話は出てきません。 だいたい「国家中心の観念」とか「天皇を中心とする国体」なんていう表現は当時としてはあり得ず、戦後に生じた言葉だと思うのですがねえ。
氏族集団を解体し、天皇に属する「皇国臣民」を作る意図がうかがえる。 法施行日の2月11日は「日本書記」などで神武天皇が即位したとされる「紀元節」だった。
ここに「氏族集団を解体し」とあります。 私は30年前に発表し25年前に拙HPに掲載した「創氏改名とは何か」 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai で、「創氏改名は男系の血のつながり重視する朝鮮の家族制度を否定し、血のつながりよりも『家』の存続を重視する日本の家族制度を導入しようというものであった。これが分かってくると、血のつながりを示す不変の『姓』ではなく、自分の所属する家を示す『氏』を創れとする創氏改名も、同じ意図からの政策であることが容易に理解できるだろう」と論じました。 私のこの考え方が今度の記事では受け継がれているようです。 しかし創氏改名は上記の薛氏がそうであったように氏族集団である門中で決めることが大半であり、総督府もそれを認めていました。 ですから「氏族集団の解体」の意図があったのかどうか、今は疑問に思います。
そしてまた記事では「天皇に属する『皇国臣民』を作る意図がうかがえる」ありますが、そこまで言えるのか疑問です。 そもそも1910年の日韓併合により全ての朝鮮人は、法的には「皇国臣民」になったのですがねえ。 また「皇国臣民」という言葉自体に「天皇に属する」という意味が含まれているので、二重表現となっています。
だが日本式の名字に変えた人は3月末までで1.5%にとどまった。 京都大の水野直樹名誉教授の調査によると、公務員や教師、経営者らの割合が高かった。 日本当局との関係から「率先垂範」を求められたとみられる。
そこで総督府が主導し、各地方の役所などを通じて創氏改名を迫る運動を展開する。 制度を強く批判する人を治安維持法違反で逮捕するなど、強制的なものとなっていく。 薛氏の族譜などによると、創氏改名に抵抗した鎮永は「伝統が私の代で絶たれれば、天下の罪人だ」との遺書を残し、命を絶った。
記事を書いた福岡さんは、創氏改名には「設定創氏」と「法定創氏」の二種類があることを知らないのではないかと思われます。 「設定創氏」は日本名を届け出て氏を新たに設定するもので、もう一方の「法定創氏」はそんな届け出をせずに先祖から受け継いできた姓をそのまま氏とするものです。 前者は日本名となりますが、後者は民族名が残ります。 どっちの創氏を選ぶかは自由でした。 しかし「設定創氏」だけを取り出して、創氏改名は朝鮮人に日本名を強制するものとする俗説が広まっています。 福岡さんもこの俗説を信じておられるようです。
総督府は当時〝創氏改名は内地人式の名前(日本名)を強制するものではない”と宣伝していましたが、末端の行政機関では設定創氏の届け出率の低さを問題と思ったのでしょうか、住民らに創氏の届け出をかなり強引に勧めたようです。 これが日本名を強制されたように受け取られて、創氏改名の誤解につながったと考えられます。
薛鎮永がもし自殺せずに生き残りさらに役場に創氏の届け出もせずに放置していたら、戸籍の事項欄に「氏の届出を為さざるに因り、昭和十五年八月十一日、薛を氏とする」という旨が記載され、戸主の「薛鎮昌」と息子の「薛泰洙」という民族名は変更されずにそのまま残ったはずなのですがねえ。 なお上述したように「薛鎮永」は族譜上の名前で、戸籍上の名前は「薛鎮昌」でした。
【創氏改名に関する拙稿】
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/07/8447420
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/09/8451992
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/11/8457633
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (9) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/14/8478676
朝鮮人戦死者の表彰記事―1944年 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/29/8716160
創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (11) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/11/9346012
創氏改名とは何か (00年4月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai
創氏改名の残滓 (01年6月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai
創氏改名の手続き(04年10月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai
創氏改名の誤解―「世界史の窓」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/26/8421515
朝鮮名での設定創氏が可能な場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/12/1178596
宮田節子の創氏改名論 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557
石破茂さんのデタラメ創氏改名論 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/06/9161642
朝鮮名での設定創氏が可能な場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/12/1178596
金時鐘さんの創氏改名は「金谷光原」―神戸新聞 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/06/03/9779836
尹東柱の創氏改名―ウィキペディアの間違い http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/11/8939110
尹東柱の創氏改名記事への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/16/8917954
「尹東柱」記事の間違い―中央日報 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/17/9464967