在日の慣習と族譜2006/08/12

> 「帰化しても、その子孫も在日」と言うのは、例えば、帰化して日本人となった数世代後であっても、コリアンの慣習を引き継いでいれば、冠婚葬祭のおり等に、様々な慣習の違いが発覚してトラブルを起こすことが想像されますが、そういう意味で、いつまで経っても在日なのでしょう。>

 これはどうでしょうか。日本の場合、各家で宗教宗派が違うことが多いですが、一部の宗教を除いて冠婚葬祭でトラブルはないでしょう。日本の民俗的慣習ではその点は寛容です。

 在日は自分の民俗慣習を忘れているか知らない場合が多いです。親の葬儀ではどのようにしていいか分からず、葬儀屋の言われるままに執り行ったという話が多いものです。  有名な知識人の岩波新書の本のなかに、この体験が書かれてあります。民族的(=反日的)な言動を繰り返す人でも、肝心の葬祭ではこうなるのかと印象深いものでした。

 在日が冠婚葬祭でトラブルを起こすことは、某特定宗教に関係しない限りあり得ないでしょう。これは日本人と同様です。

> コリアンは何代も前の先祖の名前が言えるくらい家系図もしっかりしていると聞きます。その影響なのでしょう。是非はともかく、過去を重んじる民族だということがよく分かります。>

 これは族譜(チョッポ)と言います。内容はかなり難しいもので、ちょっと勉強しないと読めるものではありません。それにすべて漢字で書かれていますので、漢字を理解できない本国人にはどうでしょうか。在日では本国の親族と関係を保っている家では族譜はありますが、今はもう三・四世の時代で関係が切れていることが非常に多く、持っていないのが普通です。  コリアンが過去を重んじるというのは、対日本の関係の歴史(民族的優位に立とうとする歴史)ではその通りですが、自分と直接関係するところになると極めて疑問です。

>これは族譜(チョッポ)と言います。‥‥すべて漢字で書かれていますので、漢字を理解できない本国人にはどうでしょうか。>

 この拙文で「すべて漢字で書かれている」という部分は間違いでした。最近の族譜には名前(漢字名)にハングルが振られているものが登場しています。なお他はすべて漢字です。

 ところで韓国人と結婚した場合、族譜にどのように記載されるか、よく分からなかったのですが、三谷憲正さんが『オンドルと畳の国』(思文閣出版 2003)30頁に自分の実例を報告しているのを見つけました。彼は「高憲正」という朝鮮風の名前を付けられ、「済州人」とされています。

 日本人であることを奥さんの一族から否定されたのですが、彼は別に抗議するわけでもなく淡々と書いています。朝鮮における歴史資料捏造の例を報告した、ということでしょうかね。

コメント

_ tacohanajp ― 2006/11/13 04:29

日本人の三谷サンが韓国人になれたのは韓国人の女性と結婚したから?実は私、48歳なんですが族譜にハマッて韓国人に今からなろうとしてるんですが、どうやらヒットしてしまった様ですね。その手が一番、早いかなとは思っていましたが、貴重なコメントありがとう。

_ 辻本 ― 2006/11/13 21:11

三谷憲正さんは日本人のままです。韓国人になっておられません。

_ tacohanajp ― 2006/11/14 00:33

早速、著書を購入し拝読しました。辻本さんのコメント内容から察するに、彼は族譜に便宜上、済州人と記載されているという事ですね。と、言う事は族譜は個人的なもので、親子の繋がりを証明できる書類があれば日本籍でも子として記載可能と理解できます。ありがとうございました。

_ マイマイ ― 2010/01/30 09:10

  三谷憲正さんの実例は失礼な話しで、族譜に対する新たな考察の材料を得ました。
  私はかつて家にあった族譜の中に配偶者として「日本人女性」の名前のみがフルネームで書かれているのを見たことがあります。日本名が登場すること自体珍しい上、韓国人ならば本貫や父親の名前など2行に渡る情報欄のひときわ大きな活字でした。この族譜は1987年発行分で、固有名詞にはハングルが併記されています。
  さて、族譜の中身をアカデミックな世界の「歴史資料」と同等のものと考えておられるようで違和感を覚えます。
  手元の族譜を眺めていると、男子を残せなかった夫婦は親族の中から養子(普通は3親等になる兄弟の息子)をとって跡を継がせていることがわかります。どこからどこへ養子に入ったという事実がわかるように表現されているからです。けっこう目に付きます。実は私の祖父の祖父は李朝末期、男子を残すことができなかったため、9親等にあたる親族の子を養子にしています。養子が祖父の父です。事情はわかりませんが、9親等は珍しいです。3親等を超える養子は恥とするというくだりを何かで読んだことがあるのですが、そのせいでしょうか、族譜では実子扱いになっています。
  このような事情を知っているので、族譜というのは始祖伝説も含めてあいまいな部分も含んでいる「そんなものだ」と割と気軽に考えています。
  族譜の私の情報は名前だけです。生年月日は定かではないが、名前だけは載せたいという親族の配慮です。ページをめくっていると「墓在日本」というさりげない表記に気づき感じるものもあります。
  慶尚道を故郷にする在日は多いです。原爆で亡くなった人や北朝鮮に帰還した人もいます。朝鮮戦争時に命を失った人や、戦争の混乱の中北朝鮮に渡った人もいます。「消息がとれない人」「自然に縁が切れた人」「行方不明者」がいる中で、周辺の人が族譜に知りえた情報を載せようとする努力の跡が「不完全な記載」となって目に付きます。族譜上はもうこの人の代で終わりと思われる箇所も多いです。
  現在韓国では出自を「両班(ヤンバン)」と称して族譜を保持する一族が多いと聞いています。時代の影響を受けてこれからも変化していくでしょう。ただ無駄な戦争で族譜の記載に影響が出ることは避けてほしいと願っています。

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