李氏朝鮮時代の社会2006/10/14

 文國柱著 高峻石監修『朝鮮社会運動史事典』(1981年 社会評論社)より、李朝時代の社会をどう説明しているか、引用します。

>李朝になってからも、農業生産力は、顕著な発展はみられず、中国または日本から比較的発達した農業技術が輸入はされたが、はかりしれない収奪によって極度に困窮におちいった一般農民たちは、改良された技術を習得することができず、また、それを実際に応用する余裕などなかった。  工業にかんしても、特殊な一部手工業だけが、貴族と官僚の需要に応じて、孤立的に発達を示したのにすぎず、一般的な社会需要に立脚して広範に発達したものではなかった。  李朝末期にいたるまで、一般農民は「堅く閉鎖された範囲の諸欲望が自給自足を目標にした伝統的生産様式」をほとんどそのまま維持してきた。  このようにして、商業の発達は制約され、貨幣の流通は微々たるものであった。  ‥‥‥  このように、農業生産力は停滞し、これにしたがって商工業の発達が阻止され、朝鮮の経済社会は、文化民族中、その類例が稀なほどに沈滞した歴史的過程をたどってきた。>(22頁)

 この本は解放直後の1948年にソウルで出版された『社会科学大事典』が原本です。題名から分かるように、極めてイデオロギー的で、李朝時代も植民地時代も両方ともに暗黒に描くものです。しかし当時の左翼歴史家たちは、李朝時代に限ると上述のようにかなり冷静に事実認識していたと思います。

 植民地時代の暗黒を強調するために、それ以前の李朝時代には近代の萌芽があったと薔薇色に描く昨今の歴史像とは違っています。

コメント

_ Arama motorlarına Kayıt ― 2007/07/16 12:44

これにしたがって商工業の発達が阻止され、朝鮮の経済社会

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