韓国の法意識(続)2007/11/17

 韓国のインターネットのニュースで、財閥総帥の報復暴行事件について下記の記事がありました。(2007年5月) http://www.wowkorea.jp/news/Korea/2007/0504/10025320.html

>金升淵(キム・スンヨン)ハンファグループ会長が大企業総帥としては初めて警察の調査を受けた。 息子を殴った遊興飲食店の従業員に対して報復暴行をした疑いだ。 この事件で金会長は「法よりも力で解決しようとした」という評価を受けている。  ジョインス風向計が2日、これに関連し世論調査を行った結果、回答者の半分以上(67.5%)が「韓国社会では法より力が通用する」という見方に「同意する」と答えた。 「同意しない」という回答は28.9%だった。  これは韓国社会が社会的地位によって法を偏向的に適用するという認識に基づくものと考えられる。 社会的地位が高い階層は法よりも権力(経済・力・人脈など)を通じて問題を解決する、という見解が多いということだ。  「同意する」という回答は、50歳代を除いた全年齢層、大学在学以上の高学歴層(76.1%)、事務職従事者(76.4%)、ソウル居住者(75.4%)・出身者(84.5%)、月所得250万-349万ウォン(81.8%)および350万ウォン以上(73.7%)の高所得層に多かった。 今回の調査の誤差限界は95%の信頼水準で±3.5ポイント。 >

 この記事で注目されるのは、「韓国社会が社会的地位によって法を偏向的に適用するという認識‥‥社会的地位が高い階層は法よりも権力(経済・力・人脈など)を通じて問題を解決する」という部分です。  これは拙論 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuichidai の追記で次のように論じたところと一致するものです。

>彼らには、人の行動を制約する法律やルール(以下「法」という)というのはお上が下々に対して課するもの、つまり支配のためのものであるという発想があるようです。だから支配される立場である下位の者ほどそれを守らねばならないが、逆に支配する立場の上位に昇ればそれだけ守る必要がなくなる、守らない程度の大きさがその人の社会的ステータスを表す、となっていきます。従って「法」を生真面目に守るのは低い地位の人間のすることだ、というような価値観になります。>

 拙論ではさらに、これは古代アジア的価値観につながるものと論じました。この評価はさておき、韓国人と日本人の法意識・価値観の違いについては事実として認められるのではないか、と思います。

コメント

_ 鯰 ― 2015/02/06 11:51

スハルト時代末期のインドネシアに7年ほどいましたが、民衆は「法律は権力者の為のもの」と、まったく同じことを言っていましたね。仰る通り、我々の側から見ると、プレ法治の古代的性質だと思います。
ただ、そういった歴史的要因とは別に、私が注目したいのは、スハルトも朴正煕も、冷戦時代の親米の開発独裁型の大統領で、同時に激しい反共であった、ということです。
そうした独裁は、アメリカの外交当局によって、批判されるどころか反対に支援されており、日本から受け継いだ法律体系は、そういった状況下で「民主主義という同じ価値観を共有する国」という制度的擬制に成り下がった、という一面もあったのではないかと思います。
つまり法治の概念が韓国人の伝統的国体観念にそぐわないのと同時に、同時代の地政学的状況が、法治国家としての発展の阻害要因として働いてきた、とも考えられるのではないでしょうか。

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