集英社新書『在日一世の記憶』(その3) ― 2008/12/31
この本は、52人の在日一世の体験談を集めたものである。この本の表紙カバーの見返し部分に、一世たちの由来を次のように記している。
「朝鮮半島に生を受けながらも日本の植民地政策に起因して渡日し、そのまま残留せざるを得なくなった人々」
つまり来日の原因が「日本の植民地政策」であるとしている。ところが、52人のうち下記の方たちは戦後(解放後)の来日である。来日方法も合わせて、まとめてみた。
3、梁義憲(38頁)1948年以降・「密航」 4、李錫玄(59頁)1946年頃・「闇船」 6、沈孝男(84頁)1950年・「ビザ」取得 10、朴勝子(140頁)1954年頃・「密航」 19、朴進山(277頁)1950年・「密貿易の漁船」 35、朴容徹(505頁)1948年・(前後の文から推測すると密航) 39、金時鐘(571頁)1949年・(前後の文から密航と分かる) 42、高泰成(612頁)1947年頃・「密入国」 46、韓在淑(675頁)1948年・(前後の文から推測すると密航) 49、高基秀(708頁)1951年・「密航」 52、高仁鳳(750頁)1957年・「密航」
以上の11人の方は、戦後(解放後)に来日しており、うち正規の手続きを経た方はたった一人である。他はすべて不法に来日した方たちである。 こういった方々は「日本の植民地政策に起因して渡日」とは、決して言えないのは当然であろう。しかも52人中11人であるから、かなりの割合である。
コメント
_ 海野 ― 2009/03/07 21:06
_ (未記入) ― 2009/03/08 00:27
_ 辻本 ― 2009/03/08 03:41
見落としを指摘いただき、ありがとうございます。52人中、戦後の来日者は12人ですね。
日本で生まれた7人についてもその通りで、彼らは二世であって一世ではありません。
結局この本は、在日一世を
「朝鮮半島に生を受けながらも日本の植民地政策に起因して渡日し、そのまま残留せざるを得なくなった人々」
としていますが、
戦後の来日者が12人(うち密航11人)、日本生まれの2世が7人、日本生まれの日本人が2人
以上の21人が「在日一世」ではありません。『在日一世の記憶』という題名が果たしてふさわしいのかどうか、やはり疑問ですね。
_ 辻本 ― 2009/03/08 04:24
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40.洪呂杓 (582頁)1948年6月ごろ・「(母親が)わたしを密航船に乗せて」とあります。
本書は在日一世の記憶といいながら、日本で生まれた二世も多数含まれています。
36.李実根・山口県生まれ 37.金星化・大阪 43.金日花・大阪 44.李鎮哲・山口 48.韓丘庸 京都 51.李達完 東京 52.高仁鳳・大阪の七人です。このうち37の金氏は戦前、52の高氏は戦後に一旦朝鮮に帰国したが再び来日したようである。このような人は何世と呼べばいいのでしょうねぇ?