集英社新書『在日一世の記憶』(その1) ― 2008/12/29
『在日一世の記憶』(小熊英二・姜尚中編 集英社新書 2008年10月)という本がでた。新書でありながら、800頁近い厚さの本である。 有名無名の在日韓国・朝鮮人52人からの体験談を記録したもので、なかなか興味深いものだ。いわゆる「身世打令(身世打鈴)」である。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/09/01/507081
年寄りの体験談なので、勘違いや思い込みなどあって、混乱する部分があるのは仕方ないところである。また後に得た知識で、過去を語ることも少なくない。従って、これを歴史資料とするには、裏付けをとらないといけないものである。
それはともかく、この本のなかで、ちょっと疑問な点が幾つかある。
360頁に、朴明寿さんという方の経歴がある。そのなかで
「石炭採掘鉱業所に就職するが、事故のため二ヶ月で退職」
という部分がある。ところが彼自身の実際の体験談では次のように記されている。
「次の日からその鉱業所に働くことになりました。 ‥‥わたしの仕事というのは、採炭夫が地の底か運んできたトロッコ一杯分の石炭を、所定のくぼ地に空けるごとに、帳面に印鑑を捺して彼らの仕事量を記録することでした。ある程度仕事にも慣れ、彼らと冗談の一つもいえるほど親密になってきたとき、彼らのなかの一人から“ハンコをもう一つ捺してくれ”と頼まれると、わたしも若かったし同情もしていたので“わかった”と捺してあげました。すると次の人にも“俺にも”ということで、頼む人みんなにおまけのハンコを捺すようになってしまいました。一ヵ月も経つか経たないうちに噂になるし、また捺されたハンコの数と積み上げられた石炭量とがずいぶんとかけ離れていることが明白になったので、事務所に呼びつけられ即刻クビになりました。」(363・364頁)
要するに不正行為をしたから解雇されたのであって、経歴にあるような「事故で退職」ではない。この間違いはうっかりミスではあり得ず、作為的なものとしか考えようがない。 この経歴は取材者である成大盛なる人物が書いたようだが、どういう意図で、このような虚偽の経歴を作成したのだろうか?
集英社新書『在日一世の記憶』(その2) ― 2008/12/30
金徳玉さんという方の体験談に、次のような一文がある。
「アボジは『サンノム クル ペウミョアンデンダ(日本の字を学んではダメだ)』って、そういうの。だからわたしもそれで学校に行かれなかった。」(407頁)
アボジ(父)の言葉のうち「サンノム」とは漢字で「常奴」と書き、身分の低い男性を指す。日本語では「下郎」「野郎」に相当する言葉である。従ってアボジは、下郎のような奴は字を勉強しなくていいい、という意味で言ったのである。
これは当時の朝鮮社会の身分差別思想に基づくものであり、特に両班(朝鮮の上流階層)が有していた考えである。
ところが体験談の執筆者(高秀美)は、これを「日本の字を学んではダメだ」と訳し、この節の小見出しにまでしてしまった。日本の差別語は「ウェノム」であり、朝鮮社会において下層階級を貶めて言う差別語が「サンノム」なのである。下司の勘ぐりかも知れないが、アボジを反日民族活動家に仕立てようとしたのだろうか?という感想を持ってしまう。
なお当時の朝鮮社会では女性差別が厳しく、女は字を知らなくていい、学校に行かなくていい、とするのが一般的であった。植民地時代でも女性の就学率は1割程度であった。
集英社新書『在日一世の記憶』(その3) ― 2008/12/31
この本は、52人の在日一世の体験談を集めたものである。この本の表紙カバーの見返し部分に、一世たちの由来を次のように記している。
「朝鮮半島に生を受けながらも日本の植民地政策に起因して渡日し、そのまま残留せざるを得なくなった人々」
つまり来日の原因が「日本の植民地政策」であるとしている。ところが、52人のうち下記の方たちは戦後(解放後)の来日である。来日方法も合わせて、まとめてみた。
3、梁義憲(38頁)1948年以降・「密航」 4、李錫玄(59頁)1946年頃・「闇船」 6、沈孝男(84頁)1950年・「ビザ」取得 10、朴勝子(140頁)1954年頃・「密航」 19、朴進山(277頁)1950年・「密貿易の漁船」 35、朴容徹(505頁)1948年・(前後の文から推測すると密航) 39、金時鐘(571頁)1949年・(前後の文から密航と分かる) 42、高泰成(612頁)1947年頃・「密入国」 46、韓在淑(675頁)1948年・(前後の文から推測すると密航) 49、高基秀(708頁)1951年・「密航」 52、高仁鳳(750頁)1957年・「密航」
以上の11人の方は、戦後(解放後)に来日しており、うち正規の手続きを経た方はたった一人である。他はすべて不法に来日した方たちである。 こういった方々は「日本の植民地政策に起因して渡日」とは、決して言えないのは当然であろう。しかも52人中11人であるから、かなりの割合である。