「韓」という国号について(6)2015/06/03

 前回で、大韓民国の成立について「どんな国名にするか議論されたというのであるから、大韓民国はかつての臨時政府とは断絶していることを示している」と論じました。 当時、大韓民国と臨時政府との関係についてどのような議論がなされたのでしょうか。 次のような資料を見つけました。 新聞記者が臨時政府主席であった金九に対して行なった質問と答です。

問 国会開会式の時に、李承晩博士が大韓民国臨時政府の法統継承を言明したが、これに対する主席の見解は?         答 現在の議会の形態としては、大韓民国臨時政府の法統を継承する何の条件もないと思う。 (国史編纂員会『資料 大韓民国史7』260・261頁 なお資料集ではこれを李承晩との問答としている。錯誤があったようである)

 これによれば、李承晩は国会開会式で「臨時政府の法統継承」を言ったが、臨時政府主席であった金九は「法統の継承ではない」と言ったということです。 「法統」とは聞きなれない言葉ですが、法的正統性という意味です。 従って、これから建国しようとする大韓民国が臨時政府の「法統の継承」かどうか、当時の韓国の有力政治家間では見解が違っていたのです。

 それでは韓国の憲法では臨時政府との関係についてどのように書かれているのでしょうか。 韓国の憲法はこれまで九回にわたって改正されました。 そこで1948年の建国時の最初の憲法から今まで、この部分がどのように変わったのかを調べてみました 。直訳ですが、日本語として特に違和感のないものと思います。

1948年7月12日(最初の憲法)~1960年11月29日(第四次改憲)    「悠久の歴史と伝統に輝く我々大韓国民は己未3・1運動で大韓民国を建立し世界に宣布した偉大な独立精神を継承し」

1962年12月26日(第五次改憲)~1969年10月21日(第六次改憲)     「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は崇高な独立精神を継承し、4・19義挙の理念に立脚し」

1972年12月27日(第七次改憲)     「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は3・1運動の崇高な独立精神と4・19義挙の理念を継承し」

1980年10月27日(第八次改憲)     「悠久の民族史、輝く文化、そして平和愛護の伝統を誇る我が大韓国民は悠久な歴史と伝統に輝く我が大韓国民は3.1運動の崇高な独立精神を継承し」

1987年12月29日(第九次改憲―現在の憲法)     「悠久の歴史と伝統に輝く我々大韓国民は3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し」

 以上のように、該当部分は九回にわたる改憲時に書き換えられたものもあれば、書き換えられなかったものもあります。 結局は全部で四回書き換えられたので五種類の条文となります。

 この五つを読むと大韓民国について、最初の憲法は3.1運動で建立された「臨時政府の独立精神の継承」、1962年の五次改憲は単に「独立精神の継承」、1972・80年の七・八次改憲では「3・1運動の独立精神の継承」であるように、すべて「独立精神の継承」です。 そして1987年の最後の改憲において初めて「大韓民国臨時政府の法統の継承」が出てきて現在に至っていることが分かります。 整理しますと韓国の国家理念は、1987年までは ‘精神の継承’であったのが、1987年以降は‘法統(法的正統性)の継承’へと変化したのです。

 従って1948年の大韓民国建国は、当初は独立精神を継承しつつ新国家を樹立したという評価でしたが、1987年になって臨時政府の継承・延長という評価に変わって現在に至っているということになります。 そして問題は、この新しい評価が新国家の樹立とは言えないとなり、1948年の建国だけでなく現在の韓国をも否定することに繋がっていることです。

 1948年8月15日に時の李承晩大統領が大韓民国の建国宣言を行なった建物(旧朝鮮総督府庁舎)は、金泳三大統領が1995年に解体撤去しました。 この建物は韓国の一般歴史書にも「大韓民国政府の樹立」と題してその写真が載っているぐらいですから、韓国の国家的アイデンティティの原点とも言うべき重要な建物であるはずです。 しかしこの建物が韓国政府自身によって解体撤去されたのですから、自らの建国の歴史を否定しようとする方向に進んだことを示したと言えるでしょう。

 また大韓民国の建国のための選挙(1948年5月10日実施)に反対して武装蜂起した済州島4・3事件に対して、韓国政府(盧武鉉政権)は武装蜂起側で亡くなった人たちを慰霊し、鎮圧側の軍・警察で亡くなった人たちを無視しました。 つまり韓国政府はこの武装蜂起に正当性があったとしているのです。 しかしこの選挙に基づいて最初の憲法を制定して大統領を選出し「大韓民国」という国家が樹立されたのですから、これに反対する武装蜂起の正当性を認めるということは、韓国の建国さらにはその存在そのものをも否定していることになります。

 政府自身が自国を否定するということになるので理解し難いのですが、韓国の国民たちは矛盾とは感じていないようです。

【拙稿参照】

「韓」という国号について(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/09/7630067

「韓」という国号について(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/14/7633517

「韓」という国号について(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/19/7636889

「韓」という国号について(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/24/7645246

「韓」という国号について(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/29/7657652

韓国建国の原点となる建物  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/07/26/3651951

韓国映画『チスル』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/06/01/7332806

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/06/03/7661140/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。