松岡徹さん2006/05/26

 松岡徹氏(現参議院議員 民主党・部落解放同盟中央書記長)の経歴の疑問

 解放運動で活躍されている松岡氏の経歴に疑問なところがある。彼の公式ウェブサイトでは、その経歴は下記のようになっている。

・プロフィール 「1951年11月26日、大阪市西成区生まれ。 1970年、初芝高校卒業。 1972年から89年まで大阪市職員。 1991年、大阪市会議員に当選、3期 12年、人権課題の集中した西成で住民とともに「福祉と人権のまちづくり」に取り組む。」 http://www.matsuoka-toru.jp/profile.html

・私の歩んできた道 「●1975年 部落解放運動に飛び込んだ 青年部に入り大阪府連の専従になった。徹夜の交渉が連日続いたこともあった。体はきつかったが、住民とのふれあいで部落解放運動の虜になった。このころ参議院では松本英一さんががんばっていた。上杉佐一郎さんの指導力、迫力にはあこがれた。が、私は20年あまり裏方の日々だった」 http://www.matsuoka-toru.jp/history.html

  「プロフィール」によれば、1972年から89年までの17年間は大阪市の地方公務員であった。ところが「私の歩んできた道」では、公務員採用後3年経った1975年から部落解放同盟大阪府連青年部の専従職員となっているのである。  つまり1975年から89年までの14年間は、公務員でありながら何ら公的機関でない解放同盟の専従であったのである。この期間、彼はどこから給与をもらっていたのか。

 もし市からであれば、いわゆる闇専従である。  またもし同盟からであれば、彼は地方公務員法上どのような位置づけで同盟の職員となっていたのか。出向・派遣であれば公務員は休職であるが、14年間も休職することが可能だったのか。また公益法人でもない団体への出向・派遣は可能だったのか。

 解放同盟飛鳥支部長の事件では、市職員が支部長の秘書役となってウソの報告書を作成し、また何人かの市職員が勤務中であるはずの時間帯に支部長関係の売店で働いていたことが暴露されている。  聞いた話であるがこの市では、出勤簿に毎日「職免(職務専念義務免除のこと)」の印が押され、同僚たちは顔も見たことがないという職員がかなりいたとのことであった。

 松岡氏もこういった職員と同様だったのではないか、という疑問を抱かざるを得ない。 国会議員という公職にあるのだから、市職員時代の勤務部署、勤務実態、同盟専従になった経緯、給与、昇給・昇格等々すべてを明らかにすべきであろう。

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