水野・文『在日朝鮮人』(8)―戦前の強制送還者数2016/05/19

 水野・文『在日朝鮮人』では、戦前にたとえ不法で摘発されようが、それでも日本に行きたいと思っていた朝鮮人がどれほど多かったかを記しています。 これについては先に紹介しました。

連絡船乗船の際の(渡航)証明書のチェックが厳格になされ、朝鮮南部や西日本の海岸地方では「密航船」の摘発が強化された。「密航」を摘発されたものは、内地側だけで38年(昭和13)に約4,300名、39年には約7,400名に上った。摘発されたもののほとんどは朝鮮に送還された。(50頁)

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/17/8072649

 戦前・戦中に日本に不正渡航して摘発され、強制送還された朝鮮人の人数について、もう少し詳しい資料がありましたので紹介します。 ここでは1933年からの10年間の数字を挙げます。なお1943年以降の数字はありません。

       「不正渡航」発見     うち朝鮮へ送還

 1933年     1,560人         1,339人

 1934年     2,297人         1,801人

 1935年     1,781人         1,652人

 1936年     1,887人         1,691人

 1937年     2,322人         2,050人

 1938年     4,357人         4,090人

 1939年     7,400人         6,895人

 1940年     5,885人         4,870人

 1941年     4,705人         3,784人

 1942年     4,810人         3,701人

    森田芳夫『数字が語る在日韓国・朝鮮人の数字』(明石書店 1996年6月)75頁

 正規の手続きを取らずに日本に渡航して摘発された朝鮮人は、1938年から急増しています。 当時日本に行きたいと思っていた朝鮮人が、この1938年から非常に多くなったことが分かります。 ところがこの本では一方において日本に無理やり連れて行く「強制連行」がこの翌年の1939年から始まったとしています。 これを見れば、「強制連行」という歴史には整合性がないと言えます。

水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』(1)―渡日した階層 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/06/8066021

水野・文『在日朝鮮人』(2)―渡航証明と強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/11/8069125

水野・文『在日朝鮮人』(3)―強制連行と強制送還  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/17/8072649

水野・文『在日朝鮮人』(4)―矛盾した施策 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/25/8077594

水野・文『在日朝鮮人』(5)―強制連行と逃走  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/29/8080041

水野・文『在日朝鮮人』(6)―渡航の要因 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/09/8086320

水野・文『在日朝鮮人』(7)―人口の急増 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/14/8089137

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