35年前における日韓の認識差(1)2017/11/20

 1980年代の日韓関係がどんなものだったのか、ちょっと関心があって、当時の雑誌などを読み返しています。 『朝日ジャーナル 1983年4月15日号』に朝日新聞ソウル支局の小林慶二記者が書いた「訪日ジャーナリスト報告に『相互認識の落差を見る』 韓国と日本―『貧しい武士』と『金持ちの商人』」と題する記事は、当時の日韓の認識差について割と簡潔に記されており、参考になりました。 主要部分を紹介します。

(1983年)2月末から3月初めにかけて、韓国の新聞、放送各社の経済部長らが約1週間、日本を訪問した。‥‥その「訪問記」は3月中旬、各紙に掲載され、多くの反響を呼んだ。「日本の警戒心は過剰」「(韓国の)期待と(日本の)反応に大きな差」などの見出しがつけられ、日本に対する批判、苦情が盛られたこれらの記事に対するソウル在住の日本人の反応は反発、当惑が半ばしたものだった。

 韓国側の「日本に対する批判、苦情」とは、対日貿易赤字と技術移転問題についての日本側の反応のことです。 35年前の日韓の間ではこれが問題となっていました。 小林記者はこの問題について、韓国側の質問に日本側が回答する形式で書かれた『中央日報』の記事を引用しています。

韓国側- 韓日間の貿易不均衡があまりにも深刻になっている。日本はこの是正のため誠意を示さねばならないのではないか。

日本側- ‥‥貿易不均衡は産業構造と関連した問題であるから短期間で解決されるものではない。根本的には韓国が産業競争力を高めるべきであり、長期的な観点から解決しなければならない。

 韓国は1960年代後半からいわゆる輸出主導型経済開発政策を進めてきました。 これは日本や米国から技術や資本を導入して韓国内で製造し、この製品を世界に輸出して経済を成長させるというものです。 これが大成功を収めて、韓国の経済は大きく発展しました。

 当時の韓国の産業構造をもう少し分かり易く言うと、日本から部品を輸入して韓国で組み立てて製品を作り、この製品を世界各国に売って儲けるというものです。 従って韓国が儲ければ儲けるほど日本からの輸入が増えることになりますから、日韓の貿易だけを取り上げると韓国側の一方的な赤字です。 つまり韓国の産業構造自体が日本に対しては赤字、世界に対しては黒字なわけです。

 しかし韓国側は、日本との貿易が赤字と聞いただけで搾取されているという発想になるようです。 そこで「韓日間の貿易不均衡は深刻」であるから日本に対しその是正に「誠意を示せ」と要求するのです。 

 それに対し日本側は、それは韓国の産業構造の問題であって日本がどうこう出来るものではない、赤字を減らしたければ韓国自身が努力して産業競争力をつけなさい、という常識的で当たり前の回答になります。

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