金時鐘氏はどういう言葉を使ってきたのか?(3) ― 2024/08/09
https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/08/04/9706635 の続きです。
ところで金時鐘さんは韓国では南朝鮮労働党に加入し活動していましたから、共産主義者です。 日本に密入国しても、やはり共産主義活動を始めます。
なんとか在日朝鮮人の運動体につながらねば、と思っていたところへ、日本共産党への集団入党が地区単位でできるとの誘いが、生野区の朝連(在日本朝鮮人連盟)活動家からもたらされました。‥‥ (1950年)1月末、自己を奮い立たせるように日本共産党の党員の一人になりました。 (247~248頁)
密入国したのが1949年6月ですから、日本共産党入党までわずか7ヶ月しか経っていません。 日本の地を一度も踏んだこともない外国人が、しかも紹介状なども持たないで入国してたった7ヶ月で日本の政党に加入したというのですから驚きです。 紹介状がないというのはどこの馬の骨か分からぬ人物に他ならないのですが、共産党は加入を認めたのでした。 それだけ共産主義インターナショナルが進んでいたということになるのかも知れません。
そして金さんはこの共産党の力で、「林大造」名義の外国人登録証と米穀通帳を入手しました。 それでは彼はどのようにして周囲からの信頼を得たのか。 彼はこれについて記していませんので、ここは推測するしかありません。
金さんが密入国して生活を始めた猪飼野という土地で話される言葉は、朝鮮人同士なら朝鮮語の済州弁を使い、朝鮮人同士でも日本で生まれ育った若者や子供なら日本語でも大阪弁を使っていたはずです。 そして猪飼野の日本人も当然ながら大阪弁です。 しかもその大阪弁は、庶民が使うちょっと下品な大阪弁のはずです。 少なくとも船場言葉のような上品な大阪弁を使う人が猪飼野に住んでいたとは、とても考えられません。 つまり日本語といえば庶民的な大阪弁が、日本人はもちろん在日の間でも飛び交う町が猪飼野でした。
金さんは当初は周辺に飛び交う大阪弁が理解できなかったはずで、日本語といえば訛りのないきれいな標準語だけが使えるという生活で始まったのでした。 そして彼は韓国の南朝鮮労働党員でしたから、共産主義の知識は十分にあったでしょう。 としたら日本で生活する時に使った言葉は訛りのないきれいな日本標準語で、周囲で飛び交う庶民的で粗野な大阪弁とは違いを見せていたことになります。
普通こういう場合、大阪の下町では「何や! アホか! そんな言葉、使いよって! お前はなんぼのもんや!」とか言われて孤立するものです。 しかし金さんはそうならず、わずか7ヶ月で地元の日本共産党に入って活動したというのですから、きれいな日本標準語は障害にならず、むしろ活動の助けになったと考えられます。
つまり金さんは共産主義活動できれいな日本標準語を使うことによって孤立するのではなく、むしろ共産主義をよく知っている知識人として尊敬を集めたのではないでしょうか。 だから7ヶ月という短い期間で共産党に入党できたのではないでしょうか。 そして金さんは日本共産党入党直後に、その傘下の在日朝鮮人組織で働くようになります。
(1950年)2月いっぱいで石鹸工場も辞めて‥‥民戦大阪府本部臨時事務所に非常勤で詰めるようになりました。(248頁)
「民戦」とは在日朝鮮統一民主戦線のことで、当時の日本共産党傘下の朝鮮人組織です。 金さんはそこの非常勤専従職員となります。 彼は日本に入国してわずか7ヶ月で共産党に入党し、その朝鮮人組織の専従となるくらいに信頼を勝ち得たことになるのですが、それは日本標準語だけでなく、朝鮮標準語も流暢に話せたからではないかと考えます。 なぜなら、おそらく周辺の朝鮮人は朝鮮語を話すとしたら済州島の方言丸出しだっただろうし、また日本で生まれ育った若い朝鮮人たちは朝鮮語を十分に話せなかったからです。 つまり彼はそういう在日社会にあって、きれいな朝鮮標準語を流暢にしゃべれる知識人であったことが朝鮮人組織の活動家としての信用を得て生活することを可能にしたのではないか、と推測します。
流暢な日本と朝鮮の標準語、この両方の言葉を上手に使えたことが日本での共産主義と民族主義活動家として生きていくことを可能にさせた‥‥。 このように推測したのですが、どうでしょうか。
さらに推測を重ねて想像してみます。 その後において、きれいな日本の標準語ばかりでは自らの民族的アイデンティティの危機と考え、朝鮮訛りのような日本語、しかも金さんだけのちょっと独特な日本語を使うようになったのではないか、それが講演なんかでしゃべっておられる言葉なのではないか‥‥。 他の在日一世が使うような朝鮮訛りと違う日本語は、このようにして作られたのではないか‥‥。
想像を膨らませるとキリがないことは分かっているのですが、金さんが講演などでしゃべっておられるちょっと異様に感じる日本語が気になって、どういう経緯であのようなしゃべり方になったのかを想像を交えながら探ってみたのが今回のブログです。
金さんの経歴から考えて、その時はこういう言葉を使っていたはずだという推測はかなり言い当てていると思っているのですが、どうでなんしょうかねえ。 (終わり)
金時鐘氏はどういう言葉を使ってきたのか?(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/07/30/9705285
金時鐘氏はどういう言葉を使ってきたのか?(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/08/04/9706635
【追記】 2019年6月8日付けの『ハンギョレ新聞』に、「在日70年は“4・3への痛恨”胸に秘めて生きてきた抵抗の歳月だった」と題する金時鐘氏取材記事があります。 https://japan.hani.co.kr/arti/politics/33623.html
この記事の冒頭で、金さんは次のように発言しておられます。
「私の日本での“在日”暮らしは、流麗で巧みな日本語に背を向けることから始まりました。情感過多な日本語から抜け出ることを、自分を育て上げた日本語への私の報復に据えたのです」
次に、2024年7月27日付の『毎日新聞』に、「詩人 金時鐘さん/下 祖国、民族、在日 日本語で書く」と題する連載記事があります。 https://mainichi.jp/articles/20240728/ddm/014/040/005000c (ただし有料記事です) このなかで金時鐘さんは、自分のしゃべる日本語について次のようにおっしゃっています。
「植え付けられた抒情は日帝(大日本帝国)の後遺症だ。 小野さんの作品と出合い『流されない言葉』への執着が生まれ、自分は何者か、民族、祖国とは何か、問い直しました」。 詩こそ人間の生き方そのものと気づき、「問い直し」は自分の内に巣くう抒情的な日本語を洗い流すことでかなうと考えた。 「流ちょうでない私のいびつな日本語は、日本語への報復です」
以上の二つの記事から言えることは、金さんは元々「流麗で巧みな日本語」がしゃべれるのに「流ちょうでない私のいびつな日本語」をあえて使っており、それは「日本語への報復」だということです。 彼の口から出る日本語は一般的に在日一世がしゃべる朝鮮訛りの日本語と違っていたというのは、意図的に「いびつな日本語」を使っていたからなのですねえ。 しかもそれが「日本語への報復」だというのは、どういうことなのでしょうか。
日本という土地で、日本語ばかりの環境の中で、日本人(在日を含む)を相手に繰り広げる日本語作品の数々、そしてその作品を売って得る収入と生活。 それらの作品が毎日出版文化賞や大仏次郎賞などの日本の文学賞をいくつも受賞し、金さんは今の名声と地位を築いたのでした。
そうであるなら先ずは日本語への感謝から始まるべきだと思うのですが、そうではなく「日本語への報復」だとして「いびつな日本語」を敢えて使う‥‥。 私には理解できないところです。
【金時鐘氏に対する疑問】
金時鐘氏が正規教員?―教員免許はないはずだが‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/01/16/9651219
金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/07/9623500
金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/12/9624809
金時鐘氏は不法滞在者(3)―なぜ自首しなかったのか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/17/9626078
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/28/7718112
金時鐘さんの法的身分(続) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/13/7732281
金時鐘さんの法的身分(続々) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/26/7750143
金時鐘さんの法的身分(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951
本名は「金時鐘」か「林大造」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031
金時鐘さんは本名をなぜ語らないのか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/02/9110448
金時鐘さんは結局語らず http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/08/13/9140433
金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120
金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038