金時鐘氏は在日の公務員就職に反対していた ― 2026/07/30

 三重県が外国人の公務員採用取り止めを検討すると表明して以来、これに関する議論が活発なようです。 https://news.yahoo.co.jp/articles/997b8a9481c75e8f8c194ad087c5d78d88d2e42b 

 外国人の公務員就職について、2026年6月10日付けの『朝日新聞』に国士舘大学文学部の鈴木江理子教授さんのインタビュー記事が「外国籍公務員の採用 門戸開く自治体増えても、若者たち阻む『制限』」と題して掲載されました。 その中で、彼女は次のように述べておられます。

主に旧植民地出身者の権利獲得を目指す動きのなかで、73年、阪神地域の市町が地方公務員(一般事務職)の国籍要件を撤廃したことを皮切りに、同様の対応を行う自治体が徐々に増えていきました。 

 https://www.asahi.com/articles/ASV690DYFV69OIPE018M.html

 鈴木さんはおそらく知っていて語らなかったと思われますが、阪神地区での在日韓国・朝鮮人の公務員就職には意外なところからの反対があったのでした。 このことについて、公務員の労働組合である自治労兵庫県本部が次のように報告しています。

「兵庫県下の国籍条項撤廃について」 市町レベルの国籍条項撤廃は、1974年に、全国で初めて尼崎市、川西市など阪神地域の6市1町が撤廃しました。 ‥‥ そして、実際に6名が採用されましたが、その2年後に在日朝鮮人の民族団体からの「地方公務員への採用は同化政策に荷担している」との批判を受け、運動が一時後退をする時期もありました。 

https://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/report/rep_yamagata28/jichiken_hokoku/buraku05/buraku5.htm

 自治労は、反対したのは「在日朝鮮人の民族団体」としましたが、それは間違いです。 実は反対して「運動を一時後退」させたのは、在日生徒を公務員に送り込んだ当の高校教師たちだったのです。 ウッソ―!と思われるかも知れません。

 当時の高校では教師たちは、就職を希望する生徒たちのために情報を交換し時には企業等に働きかける「進路指導研究会」という会を作って、活動していました。 そしてそこが1973年に阪神間の公務員採用要綱にあった国籍条項を撤廃させて、翌年に実際に在日の教え子たちを就職させたのでした。 ところがその翌年度になってその研究会が在日の公務員就職を一転して反対し、「凍結」すると言い出しました。 玄善允さんという方が著書で、その時の「進路指導研究会」の機関誌からその主張を引用・紹介しています。 ここではそれを再引用します。

兵庫県進路指導研究会ニュース1976年3月『新しい出立のために』第18号に、「朝鮮人生徒の進路保障 在日朝鮮人生徒の公務員への就職―当面凍結する意味を進指研で討議―」が発表された。 そこには次のように記されている。

「在日朝鮮人生徒の公務員への就職については、私たちは今後これを凍結する。 在日朝鮮人生徒を公務員として送り込んだ阪神間の高校では、いま、彼らをすみやかに引き取り、積極的に転職をすすめていく方向で、当該生徒たちとの話し合いが続けられている。 在日外国人の門戸を開放し、地方公務員として受け入れてきた側の自治体の、民族問題に対する理解がまったくないことがその後明らかになってきており、このままでは在日朝鮮人法的地位に抵触する危険も生じる恐れがある。 また、このことで、私たち日本人が同化に手をかすことがあるとすれば、なおのこと見過ごすわけにはいかない」

「自治体当局ばかりではなく、労働組合もまた(在日に関する知識や認識に)乏しい‥‥公務員のストが禁じられているいま、(外国人公務員が)労働運動をすれば、生命に危険があることすら分かっておらず、在日朝鮮人を日本人の責任で守り切れる保障がない限り、彼らを労働組合に加入させるべきではない」

「(在日朝鮮人生徒の公務員就職は)凍結するが、<国籍条項>撤廃の要請は続ける。 そのわけは私企業が在日朝鮮人、中国人生徒を採用しない口実として、<公務員>も外国籍生徒を採用しないといったようにして就職差別を正当化しようとする風潮が現に存在するからである」  (以上、玄善允『金時鐘は「在日」をどう語ったか』同時代社2021年4月 157~158頁より再引)

 「在日朝鮮人生徒を公務員として送り込んだ阪神間の高校では、いま、彼らをすみやかに引き取り、積極的に転職をすすめていく」とは、公務員に就職したばっかりの在日の教え子たちを辞めさせるということに他なりません。

 この「進路指導研究会」の機関誌には、金時鐘さんが在日の公務員就職に反対する意見を投稿しています。 金宣吉さんという方の論文から再引用します。

「在日朝鮮人が日本の公務員になることは、日帝時代の夢を彷彿させる。 1945年8月15日まで、朝鮮人の青少年たちの夢は、町村の吏員になることがすべてだった。 いま、日本人化する風潮がつよく、帰化運動を推し進める動きが阪神間で起こっていることを合わせて考えるなら、官吏になることは同化の道行きだ。 言うまでもなく、在日朝鮮人の鉄則は、日本の内政に干渉しないことである。」

「公務員というなら、朝鮮語を教えることで公務員になっている私の場合のような、知識労働者としての面が開発されるべきだ。 公務員への就職を食えるからとか、金になるからというだけの、市民的権利の拡大だけに短絡させてはいけない。 そのような職場開拓は 問題がある。」 (以上、兵庫県高校進路指導研究会「在日朝鮮人諸団体の評価」にある金時鐘さんの投稿。 金宣吉「歴史をふまえた『異者』との共生」52~53頁より再引) 

https://miccskyoto.jp/miccskyoto_cms/wp-content/uploads/2023/07/intersection_01_04_interview.pdf

 また金時鐘さんは同じ頃に、在日の公務員就職に反対する理由を「民族教育の一私見」という論文でも明らかにしていました。 これは近年に出版された『金時鐘コレクション』にも再録されていますので、考えは変わっていないと思われます。 誤解されないために、ちょっと長くなりますが引用・紹介します。

兵庫県で推し進められている解放教育運動の中でも、在日朝鮮人子弟の進路保障の問題は大きな比重を占めている問題です。 それだけに、日本の教師達はほんとうに骨身を惜しまずこの進路保障、いい就職先を探して歩き回りますし、行政側とも関わって、在日朝鮮人でありながら地方行政の吏員、地方公務員になっているケースもままあるのです。 それが一昨年、公務員推挙、公務員になることを凍結するということが、兵庫解放研の集会で確認されまして、それが方々へ伝わっていくうちに、いろんな形の変わった受けとめ方ともなってしまっているようです。

在日朝鮮人が無権利状態を強いられていて、一切の就職口から閉め出されていることは、川崎におられる皆さん、特に日立の就職問題と深く関わった友人達が多いと聞いております川崎の皆さんには、在日朝鮮人の労働権の問題などよく知っておられることだと思います。 このような無権利状態の在日朝鮮人に、いい会社の門戸が押し開かれ、とりわけ、公務員、地方公務員としての役所勤めが出来るというというのは、破格な、破格と言っては語弊がありますが、絶対開けようのない戸口がこじ開けられた、もしくは、穴があいたということで、大きい意味を持つことはもちろんです。 社会的には大変なことだと思います。

それにも関わらずそのことを凍結するといったことの裏には、初めて兵庫県で地方公務員に採用されたのは県立尼崎工業高校の卒業生達でありましたが、その生徒たちの一部に、勤めに行っても続かなかった生徒がいたという実情があったからです。 または姫路の西播地区でも女生徒が一人、やはり地方行政に入っていますが、聞くところによると、その生徒は、入ったとたん日本人らしく振る舞っていると言います。 親までが加担してそうだといいます。 朝鮮人の痕跡をなくする側に立っていく、そういうことがあって、行政側に推挙することを凍結するというふうに兵庫の解放研では言ったのです。

日本の強大なシステムの中へ、大きい歯車の中に弧絶してひとりが入るというとき、それはよほどの意志力が働かない限り、よしんば少々強固であってもその大きな歯車にはどうしても噛みこまれていく。 周辺との調和を保つためにも、どうしても周辺の体質に合わせる自己になっていく。 そうならざるをえない要素の強い所に入るわけですから、どうしてもそうなるケースが多い。 だから地方行政などに入れるんだったら、入れるまでの学業保障と、そういう朝鮮人の自我確立みたいなものをもっと徹底して進めてからということが、凍結をするといったことの本質だったのです。

同じ地方公務員になるにしても、現業関係つまり土木関連の業務を担ったり、公園管理や環境衛生等の動く仕事をするような業務につくことは、私個人としても、そう不賛成ではありません。 ところが窓口業務にでも坐るとなると、どうしても私には寒ざむとします。

私の少年のころ、かつての日本に統治されていた植民地下の少年達の夢というのは、面事務所の書記、日本の行政からしますと町村役場の吏員になるということが夢の最大のものでありました。 下っ端というか、木っ端役人ですが、ともあれ行政権力から給料をもらえるということが一番の夢だったのです。 少年の夢として、青少年の描く夢として何と、わびしい限りではありませんか。

そのようなことが、在日朝鮮人の労働権の開発という正当な運動の闘い取る遺産の中で、在日世代のさもしい夢として育てられるのでしたら、これは何ともやりきれない話です。

一つの想定として、運動が進めた成果の一つに、ある生徒が地方行政の窓口に坐ったとします。 その窓口が外国人登録で係であったとしたら、同じ民族同士で取り仕切る側と取り仕切られる関係が現出する。 こういうことを作り上げてはならない。 兵庫解放研ではそのことを言っているのです。

私達が進路保障を言うとき、無権利状態に放置されている在日朝鮮人の子弟達に労働市場が解放されるということは、幾重にも大事なことであることは言をまちません。 ですが運動を進める人たちに、敢えてこういうことを朝鮮人として言いたいのです。

いい職場、大きい企業の門戸を開けるということは確かにすごい成果には違いないが、いい職場必ずしも朝鮮人の主体的な生き方とはなりえない。 観念的な言い方とはなりますが、いかにいい勤め口であってもノンといえるだけの選択をしうる子弟達があって、いい職場が開発されるべきだ。  大きいところへ勤められればいいとばかりに飛びつく子弟達ばかりでは“いい職場”は上昇志向ばかりをあおる毒花、仇花となるものである。

このような市民サイドの運動がない時でも朝鮮人は生きてきました。 朝鮮人の親は野放図にアッケラカンと生きてきたのです。 いい勤め口だけが進路保障のいい目標であるとき、これは厳しくも親の生きている生活実態を忌避する生理感覚を助長しないとも限らない。 いい職場が在日朝鮮人の夢ならば、いい職場などでなく、一家あげて手仕事をし、人のいやがる職種だけが仕事であった。 例えばドブロクを売り、残飯をかき集めて臭い豚を飼い、クズ鉄を集めて売ってきた親達は何と汚い存在であろうか。 そういう親達から切れたい若い子弟達が、いい会社いい職場に憧れてはいないか。 兵庫の解放教育で論議されなかったことが、今漸く論議されてくるとすれば、進路保障の問題におけるこの問題であります。

在日朝鮮人の展望の中では、親の生き来し、親の生きざまが誇りとして受け継がれる世代が創り出されることこそ、在日朝鮮人の教育であるべきものです。‥‥ よしんば(就職の)門戸が閉ざされたままであっても、朝鮮人の若い世代達は生きねばならない。 泥まみれになりながら、屈託なく笑っている親達にまともに目が向き、この親に誇りを持てる子どもにしてこそ本当の教育だと思うのです。   (「民族教育への一私見」関東民闘連主催・民族教育セミナー、川崎市、1977年3月6日 『金時鐘コレクション10』藤原書店 2020年6月に所収 202~206頁)

 これに対する意見には賛否両論があるでしょう。 私は一部賛成、一部疑問ですね。 しかし在日の有力言論人であり影響力を有しておられる金時鐘さんが、かつて在日の公務員就職に反対していたという事実だけは皆さまに知っておいてほしいと思います。 金さんは1973年に兵庫県の県立湊川高校に教師として赴任しました。 進路指導研究会が在日の公務員就職を凍結する方針を打ち出した時期と重なるところから、金さんがこの凍結方針を主導したのではないかと思われます。 つまり凍結方針は、金さんの考えが反映したものではないか、ということです。

 今三重県では外国人の公務員採用について議論があり、マスコミでも取り上げられていますが、かの有名な金時鐘さんが反対していた事実に誰も触れないのは果たしていかがなものかと考えます。

【関連拙稿】

岩波『世界』の論稿に抜け落ちた資料    https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/02/08/9835414

金時鐘氏への疑問(3)―教員免許・公務員就職 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/05/9766006

第100題「国籍条項撤廃運動」考       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakudai

 

【追記】

 三重県の外国人職員採用再検討問題について、マスコミではちょっとした話題になっているようです。  https://news.yahoo.co.jp/articles/485e3928cb8c274c58fe8fd32d587f7974c7153e

 拙ブログにあるように、1973年に阪神間の公務員採用要綱にあった国籍条項がなくなり、翌年に6名が採用されました。 毎日新聞は、このうち尼崎市役所と川西市役所に採用され定年まで勤めあげた在日職員を取材して記事にしています。   https://mainichi.jp/articles/20260506/ddl/k24/040/070000c    https://mainichi.jp/articles/20260206/k00/00m/040/295000c

 彼らは学校から推されて公務員になったのですが、その直後にその学校から「彼らをすみやかに引き取り、積極的に転職をすすめていく方向で、当該生徒たちとの話し合いが続けられている」とされたことになってしまいました。    しかし学校が実際に「転職をすすめた」こともなく、「話し合い」をした事実もありません。 つまり学校の「進路指導研究会」が言っていることは、ウソだったのです。

 その経緯について詳しくは分かりませんが、「進路指導研究会」という教師の公的な研究会が在日公務員就職凍結を打ち出し、すでに就職していた在日を辞めさせようとしたという事実は変わりません。 その研究会を動かしたのは金時鐘さんだろうというのは私の推測ですが、おそらく間違いないと思われます。

 なお拙ブログでは、尼崎市役所の黄光男さんについて取り上げたことがあります。 

  黄光男さんの思い出     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/06/11/9256337 

  黄光男さんの思い出(2)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/06/25/9261345