水平社宣言 ― 2007/07/07
2006年12月10日(日)のテレビ番組、サンデープロジェクトで同和問題の討論がありました。 そのなかで、藤田敬一さんが「勦(いたわ)る人もダメになり、勦(いたわ)れる人もダメになる」という発言をされました。 これは水平社宣言のなかにある一節
「そしてこれ等の人間を勦るかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集團運動を起こせるは、寧ろ必然である。」 http://www13.ocn.ne.jp/~seimi/142suihei.htm
から出てきたものです。それは、安易な同情をする周囲の人たち及びそれを受け入れる自分たちは堕落するものである、ということです。差別問題における「勦(いたわ)る」「勦(いたわ)れる」関係とは、そういうことなのです。
80年以上も前の「宣言」は、現在の解放運動の問題点を的確に指摘していると考えます。 水平社運動を継承したと自称する解放運動は、この宣言の精神を全く忘れて、「勦(いたわ)る」ことを過激に要求して実現させました。 しかしそのためにまさに「堕落」し、「人間の尊敬」から程遠くなったと言っていいでしょう。 ここ数年の間に次々と露見した同和関係の事件を見れば、こう考えざるを得ません。
サンプロでの藤田さんの発言を聞いて、久しぶりに水平社宣言を読み直した次第です。
部落(同和)問題は西日本特有の問題 ― 2007/07/14
『週間金曜日』の第17回ルポ大賞に和賀正樹「新大阪・被差別ブルース」が佳作を受賞しました。この作品には、解放運動に関わったヤクザについて触れられています。 http://www.kinyobi.co.jp/MiscPages/rupo17th_5
ここに記される「山本次郎(仮名・69歳)」という人が、解放運動に関わった時に本当にヤクザから足を洗ったのか疑問なのですが、それはともかく最後の結論部分で大賀正行氏の次の言葉を紹介しています。
>正行は、飛鳥会事件で報道各社から取材を受け、「ヤクザを真人間にするのも解放運動の使命」と言い切った。>
しかし飛鳥会事件では、支部長という要職に現役ヤクザ(山口組系金田組)が就いていたこと、そして解放運動は彼を何ら真人間にすることなく放置してきたことが明らかになっています。
解放運動にかなりのヤクザが入り込んでいることは、よく知られた事実です。 『同和利権の真相①』宝島社 2003年 169頁 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/04/1482616 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuyondai
解放運動はこのようなヤクザに接することとなった市民に対し、どのように対処したらいいかを全く教えることがありませんでした。こんな人を何とかしてくださいと解放運動に訴えても、何の対応もしません。かえってお前は差別者だ!と糾弾するのが解放運動です。 同和研修・同和教育を受けた企業・役所の担当者たちは、差別の故にヤクザになった可哀想な人だからとして、その不当な要求を受け入れざるを得ないこととなります。
このような話は西日本では実感する人は多いのですが、東日本の人にはなかなか理解してもらえないものです。 部落問題は日本全体の問題ではなく、西日本特有の問題と考えています。
重村智計さん ― 2007/07/21
重村さんは北朝鮮の専門家としてテレビにもよく出演し、最近は『朝鮮半島「核」外交』(講談社現代新書)を出版されている著名な方です。 よく研究されており、なかなか参考になることが多いものです。しかも自信たっぷりに話をされますので、説得力を感じます。
ところで彼は10年前に『北朝鮮崩壊せず』(光文社カッパブックス 1996年10月)を出しています。そこでは北のミサイルと核について、次のように論じています。
「“北朝鮮のミサイルは日本に飛んでくるのか”。答えは“ノー”である。‥‥北から日本にミサイルなど飛んでくるわけがない。‥‥つまり、日本に届くミサイルを北朝鮮は開発できなかったのである。」(29~30頁)
「中ソ両国は“北朝鮮に核兵器は開発できない”ことを読み切っていた」(62頁)
この本の発行は1996年ですが、2年後の1998年にテポドンが日本列島上空を飛び、2006年には核実験が実施されました。 揚げ足を取るつもりはないのですが、このように誤りが散見され、苦笑させられます。
彼のような専門家でも、北朝鮮の見通しを語るのは難しい、ということになりましょう。 北朝鮮に限りませんが、世界情勢の未来は予測し難いものです。
解放運動の「強姦神話」 ― 2007/07/28
小さな月刊誌『こぺる』(2007年2月号)に、解放運動に関わっておられる福岡さんの論考のなかに、次の一節があります。
「私の友人は、解放同盟の幹部から性暴力を受け告発した。でもその県連では彼への処分は軽微で、逆に彼女は非難を受け、孤立させられ、誹謗中傷が飛び交い、辞めざるを得なくなった。差別の苦しみを語るなら、他者の痛みにも共感できるはずと思うのは甘いのだ。“強姦神話”は大手を振って歩いていた。」 (福岡とも「“部落解放同盟は解散すべきとき”なのか」6頁)
詳しい状況は書かれていませんが、当時の雰囲気を知る私には、おそらく事実だろうと思われるものです。 解放運動でも在日の運動でも、この傾向がありました。この話、運動に関係しなかった人には、なかなか理解してもらえないのではないか、と思います。 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuunanadai