水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』 ― 2015/04/27
岩波新書『在日朝鮮人 歴史と現在』(水野直樹・文京洙著 2015年1月)を購読。
内容は、在日朝鮮人は日本から抑圧・弾圧、強制されてきたが、それに対して闘ったんだという歴史観に基づいて書かれた本です。 従って在日のネガティブな姿(負の存在)と、果敢に闘う栄光の姿を描いた歴史です。 後者の栄光を強調しようして、前者のネガティブ(被害ばかり)も強調するという関係になっているように感じました。
それはともかく、読み進むと所々で、へー!そんな事実があったのかと参考になるところもあったし、これは違うだろうと思えるところもあったし、明らかに間違いのところもありました。
明らかな間違いを一つ挙げてみます。
四〇年には、朝鮮で実施された創氏改名が日本在住朝鮮人にも適用された。 改正された朝鮮民事令では、戸主は「氏」(家の名称)を役所に届け出ることが義務づけられた。 ‥‥しかし在日朝鮮人の氏設定届の比率は朝鮮内に比べて低かった。 それは、世帯主ではあっても戸主ではない者が多かったこと(つまり朝鮮の故郷には戸主である父親や祖父がいる者が多かったこと)、内地では朝鮮に比べて届け出に対する圧力が弱かったことなどもあったが、何よりも創氏を忌避する考えが強かったからである。(75頁)
「(創氏は)役所に届け出ることが義務づけられた」というのは間違いです。 正解は、創氏そのものは義務であったが届け出るかどうかは任意だった、です。
つまり「創氏」というのは日本風の名前で氏を届け出てもいいし、届出も何もしなくてそのまま放っておいてもよかったのです。 前者を「設定創氏」、後者を「法定創氏」といいます。 例えば「金」さんという家の場合、戸主が「金本」と届け出れば家族全員が「金本」氏となり、届け出をしなかったら家族全員が「金」氏になります。
在日朝鮮人の場合「創氏を忌避する考えが強かった」のではなく、届け出しようと考えた人が少なかったから「氏設定届の比率は朝鮮内に比べて低かった」のです。 だいたい忌避しようがどうしようが「創氏」はしなければなりません。 しかし日本風の名前で創氏することもできたし、先祖伝来の民族風の名前で創氏することもできたというのが、創氏改名の実際でした。
創氏改名以後、在日朝鮮人も公的文書には日本的な名前で記されることになった。(76頁)
これが間違いであることを証明する資料は直ぐに見つかります。水野直樹さん自身が関係した本から探してみましょう。
『朝鮮侵略と強制連行』(解放出版社 1992年8月)の20頁には、昭和18年10月に九州の炭鉱で亡くなった朝鮮人の「死体検案書」の写真が掲載されています。 その氏名欄には「閔福仁」と記されています。この閔福仁は「日本的な名前」ではないでしょう。 また死体検案書は「公的文書」と言っていいでしょう。
『図録 植民地朝鮮に生きる』(岩波書店 2012年9月)の120頁上段には、「愛国婦人会 佩有功章 特別維持会員 李容淑」「愛国婦人会員 通常会員 高卜今」の表札が掲載されています。 同頁の下段には「大日本婦人会入会の勧め‥‥入会申込書‥本人氏名 鄭福純 右世帯主 鄭点龍」が掲載されています。 これらはキャプションに「1942年以降」とありますから、創氏改名の2年以上経ってからの資料です。 またこれらは「公文書」ではありませんが、「公的文書」でしょう。
なお最後の「本人氏名 鄭福純 右世帯主 鄭点龍」という資料ですが、世帯主とその女性家族(おそらく妻)は同じ「鄭」さんです。 これは創氏を届け出なかった「法定創氏」により家族全員が「鄭」氏となった例と思われます。
【拙稿参照】
創氏改名とは何か http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai
創氏改名の残滓 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai
創氏改名の手続き http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai
在日の通名使用の歴史は古い http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526
民族名で応召した朝鮮人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817
宮田節子の創氏改名論 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557
コメント
_ lio ― 2015/07/21 12:07
_ (未記入) ― 2015/07/21 20:07
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