「同化」は悪だとされた時代2016/02/15

 38年も前のものですが、『朝鮮研究174』(1978年1月号)に、加藤晴子「日本人と‘同じだから‥‥’」という小文があります。 在日外国人の「同化」を考えるにおいて興味深いものなので、紹介します。

かつて「朴君を囲む会」は、日立に対する訴状の中で「‥‥日本人と全く同じ環境に育ち、労働能力も日本人と全く異ならず‥‥」と書き、それが「同化政策」的発想に基づいた「無意識の差別意識」であったと気付き、自ら問題にして文面を訂正した 。日立に勝ったこと以上に運動の担い手の自己変革の過程として、「囲む会」の運動から教えられることは多い。    しかし、同化を志向し、あるいは肯定するような、「囲む会」発足当時と同じ過ちが繰り返し見られるのはどうしたことだろう。 運動というものは継承されにくいものなのだろうか。担い手も、具体的目標も変るのだから当たり前かもしれないが、新しい運動が、それまでの運動が到達した地点から始まるとは言えないようだ。

金敬得氏に対する司法修習生採用拒否事件で、原告側が最高裁に提出した意見書のなかに「金敬得君は在日朝鮮人の子として日本に生まれ、日本で育ち、日本の小・中・高校・大学の過程をへて、日本文化については相当の教養を身につけている者であり‥‥『外国人』とみなして司法修習生から排除するのは違憲・違法といわざるをえない」というくだりがある。

また民団の『差別白書』では、「在日韓国人の青年たちは、日本の青年と全く変りのないものである。 その素質、才能、道徳観、風習などで変りはないのである。 これをよくもし、悪くもするのは、要するに日本社会の対応如何にある」と、同化を肯定した主張を行っている。

さらに、この度の、金鉉釣氏の国民年金被保険者資格取消事件で、「社会保険審査会」に提出された再審請求申立理由書でも、「審査会」当日、当事者によって訂正されたが、「社会的にも、経済的にも定着化の傾向を示し、実質上国民と等しい状況にあるといえよう」というくだりがあった。

要するにこれらは、“日本人と同じだから同じ処遇をしろ”ということであり、共通しているのは、暗黙の日本社会の肯定的評価である。 われわれは、無意識のうちに「同化政策」的発想に立っていないだろうか。 在日朝鮮人の若い世代の日本人との異なるアイデンティティの必要が叫ばれながら、依然それが不明確のまま、具体的運動の中で、自分たちを差別している日本人と“同じだから‥‥”という考えがあとを絶たない。 それを見過ごしてしまうことが何につながるのか。私を含めて危険な思想状況に陥っているような気がしてならない。 (加藤晴子) 

 在日朝鮮人に対する差別をしてはいけないと呼びかける時、その理由として「日本人と同じだから」というのは自然なことです。 日本人と違いはないのに何故差別するのか、という主張はそれなりに理解できるものだからです。 しかし加藤さんは、この主張は在日朝鮮人を日本人に同化させるものだとして、激しく反対します。 だったら在日と日本人との関係をどのようにすべきなのかが疑問となります。 すなわち、差別をなくすということは在日を日本人と同様に扱うことではないのか、これを同化だと反対することは在日が日本人と違うことを際立たせることではないのか、これは在日を差別しろということと同じではないか、という疑問です。

 民族差別に反対する運動には日本人と同じだから差別するなという主張が、同時に在日を同化させるものとして反対する考えも根強くあったことに注意が必要です。 そしてこの相矛盾する考え方が批判し合うことなく何故か共存していたのです。 上記に紹介した加藤さんの考えは当時としては珍しく表に出たものですが、民族差別と闘う運動体内ではあまり議論にならなかったですね。 同一人あるいは同一組織が、ある時は日本人と同じように扱われないのは差別だと主張し、また別のある時は日本人と同じだというのは在日の民族性を否定するもので差別だと主張しているのです。 ところが本人はこれを矛盾とは思っていなかったということです。

 この矛盾は差別に反対する運動団体によく見られた傾向で、10年以上前に拙論で論じたことがあります。     http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuhachidai

 差別をなくすのが目的ではなく、権力と闘うことが目的であったから矛盾とは思われなかった、ということですね。

 逆に、政府自民党が倒れて社会主義国になれば差別問題は解決するという考えにもなります。実際、こういう主張をしていた人はたくさんいました。

【拙稿参照】

第40題 在日朝鮮人は外国人である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuudai

第41題(続)在日朝鮮人は外国人である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuichidai

第49題 合理的な外国人差別は正当である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuukyuudai

第54題 「差別・同化政策」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuuyondai

第19題 消える「在日韓国・朝鮮人」  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuukyuudai

コメント

_ 日本国公民 ― 2016/02/24 14:25

日本との同化を認めたら、国籍を維持する理由がなくなりますね。それを恐れたのではないですか?韓国国民のまま、日本人と同等の権利を獲得していくというのが、民族差別運動の狙いなのでしょう。国籍を維持するために、国籍を問題にしない民族問題、すなわち日本国内の問題になるという逆説的なシロモノになってしまったわけですね。この裁判に最も強硬に反対したのが、北朝鮮系の在日1世というのは、象徴的ですね。

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