尹東柱の国籍は?2021/03/13

 『朝鮮日報』3月8日付けに、「ソ・ギョンドク教授「中国人よ、私の家族を中傷すればキムチが中国のものになるのか」と題する記事がありました。 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/03/08/2021030880243.html

 この中に詩人の尹東柱のことが出てきます。

中国のネットユーザーから送られてきたメッセージには「尹東柱詩人は中国・吉林で生まれ育った中国人」‥‥と書かれていた。

ソ教授は、現在「中国」になっている尹東柱の国籍を訂正するよう求める抗議メールを中国のポータルサイト「百度(バイドゥ)」側に送った。

 2020年12月30日付けの聯合ニュースに、ソ教授の抗議がもう少し詳しく報道されています。 https://news.yahoo.co.jp/articles/3e64cd63c9d967cf45a84d282eaa17e87fd3c853

【ソウル聯合ニュース】韓国の広報活動などに取り組む誠信女子大の徐ギョン徳(ソ・ギョンドク)教授は30日、中国のインターネット検索大手、百度(バイドゥ)が詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ、1917~1945)の国籍を中国と歪曲(わいきょく)しているとして、誤りを指摘する電子メールを送ったと明らかにした。

尹東柱の生誕102年を迎える30日現在、オンライン百科事典「百度百科」は尹東柱の国籍を「中国」、民族を「朝鮮族」と表記している。

徐氏は、中国の吉林省・延辺朝鮮族自治州にある尹東柱の生家の標石に中国を愛した朝鮮族詩人という意味の「中国朝鮮族愛国詩人」と記されていることも大きな問題だと指摘。「中国の歴史歪曲に怒るだけでなく、何が誤っているかを正確に伝えて正しく修正されるよう努力することがより重要だ」と強調した。

 尹東柱について、中国側が中国国籍の朝鮮族だとしたことに対して、韓国のソ・キョンドク教授が‘いや違う!韓国国籍だ!’と抗議したということです。

 こんなことでカリカリと頭に来ることかな?と思います。 国籍というものは国家の所属を示すもので、その認定はその国家政府のみができる主権行為です。 ですから国籍はその時に存在した国家が定めるものなので、まず初めにこれを調べねばなりません。

 尹東柱は1917年に満州の間島(今の中国吉林省)に生まれ、1945年に日本の福岡刑務所で獄死した詩人です。 彼は1940年の創氏改名で「平沼東柱」となっていることから、朝鮮総督府が編成する朝鮮戸籍に登載されていたことが分かります。 つまり彼は日本国籍の朝鮮人だということになります。 生年は日韓併合後、没年は日本の敗戦前ですから、生まれてから死ぬまで日本国籍でした。

 なお1932年に「満州国」がつくられます。 だからその「満州国」領内で暮らしていた尹は日満の二重国籍の可能性があります。 しかし「満州国」は傀儡国家ですから、1932年に満州国籍を取得したと言えるかどうか、極めて疑問です。

 次に大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国は没後の1948年に樹立され、中華人民共和国は1949年に成立します。 尹東柱の生きていた時期にこれらの国家は存在しませんから 尹はこれらの国の国籍を有したことがありません。

 なお尹の時代の中国は中華民国でした。 しかし当時の中華民国政府は、尹が生まれ育った間島にまで支配が及んでいなかったのですから、尹はこの国の国籍を有していたとは言えないでしょう。

 以上により尹の国籍について、今の韓国と中国がそれぞれ自国民だと主張することには無理があると言わざるを得ません。 尹東柱は生まれてから死ぬまで、単一の日本国籍だったのです。

 いま中国と韓国では中国人か韓国人かで争っていますが、民族ではなく国籍ということに限ると、彼の生涯は単一日本国籍であった事実が忘れられているか、あるいは無視されていることになります。 これはいかがなものかと考えます。

 以下は想像の話をします。 もし尹東柱が獄死せずに戦後も日本で暮らしていたらどうなっていたか。 日本は彼を外国人登録し、その国籍欄に「朝鮮」と記載することになります。 なおこの「朝鮮」は国家の所属を示す国籍ではありません。

 一方韓国は朝鮮総督府が作成した朝鮮戸籍に登載された人を韓国籍としましたから、韓国政府は尹を自国の国籍者としたでしょう。 ただし韓国の国民登録をしなければ、韓国政府は自国籍者として認定しません。 つまり韓国の国籍だが、韓国政府はその国籍証明ができない状態になります。

 次にもし尹東柱が戦後に両親・親戚らが暮らす中国の満州に帰ったらどうなっていたか。 尹は中国朝鮮族の人となり中国政府の作成する戸籍に登載されますので、中国は尹を自国の国籍者と認定します。 そして韓国は1992年に中国と国交を結んだ際に、中国朝鮮族の国籍が中国であることを認めました。 従って尹が生きていたら1992年までは中韓の二重国籍(ただし韓国政府は国籍証明できない)、1992年以降は単一の中国国籍となります。 

 なお北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国籍はどうなるのかについて。 この国の国籍法の実態と運用が明らかでないので、何とも言えないところです。 ただし尹東柱が戦後も日本に残ったとしたら、北朝鮮は自国の国籍者とみなしたと思われます。

 以上は「もしも」の話ですが、当事者でないわれわれ日本人にとっては国籍を考えるのにちょっとした頭の体操になりますね。

尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000

『言葉のなかの日韓関係』(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/09/6772455

【尹東柱に関する拙稿】

『言葉のなかの日韓関係』(3)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/11/6774088

『言葉のなかの日韓関係』(4)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/13/6775685

尹東柱記事の間違い(産経新聞)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/09/7568265

尹東柱記事の間違い(毎日新聞)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/15/7572811

尹東柱記事の間違い(聯合ニュース) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/29/8339905

水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/26/8118773

尹東柱のハングル詩作は容認されていた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/11

尹東柱の創氏改名記事への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/16/8917954

尹東柱の創氏改名―ウィキペディアの間違い http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/11/8939110

尹東柱の言葉は「韓国語」か「朝鮮語」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/19/8945248

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック