金守珍さん2006/05/07

 最近出た『歴史のなかの「在日」』(藤原書店)のなかに、金守珍さんの「闇に光を」という短いエッセイがある。日本人=差別者=悪、朝鮮人=被差別者=善という図式の論者が多い中にあって、異色のものである。その冒頭のさわり部分を紹介したい。

 >「在日は差別されてきた」と、決り文句のように言われるが、実は僕らも日本人を差別してきた。「なんだ、ひどいことをしやがって」と、日本人に喧嘩も売ったし、事実僕も十代の頃は、おおいに暴れたものだ。今になると、そんな自分にちょっぴり罪悪感を抱いたりもする。  在日は決してきれい事で生きてはこなかった。闇金融、パチンコ産業、ヤクザなど、社会の闇の部分にも深くかかわっている。特に一世は、日本は仮の住まいでいずれ祖国に帰ると思っていたから、日本で好き放題やったという面もあると思う。‥  闇の部分も含めて、白日のもとにさらけ出すべきだ。誇れない、かっこ悪い部分があるのは当然だ。それが人間というものなのだから。その上で、恥ずべき点は反省すればいい。都合の悪いことは隠したままにしておくと、かえって差別を生むし、理解もしてもらえない。>

 彼は在日の実際の生活および在日と日本人との実際の関係をリアルにとらえている。しかし彼のような言説が少数なのは、寂しいことである。  きれい事ではない、在日の実の姿を議論したいものです。

コメント

_ 新井知真 ― 2006/05/11 02:29

はじめまして。
帰化した元在日三世の新井と言います。
辻本さんの「歴史と国家」雑考を拝読してきました。

世代の進行とともに、在日はこれから日本と同化していくと考えていますが、その前に在日のこういう闇を自らの原罪として抱えていく必要があるように感じます。先人の恥ずべき行為を他山の石とできるか、在日として生まれた人ならみな意識すべきだと思います。

_ Japanes Alpine Trout ― 2010/03/04 16:49

・近代史での日本と朝鮮の関わりは、民主主義と共産主義の勢力争いの創世期でもあった事が置き去りにされている本も多い。
 そのため、どちらかに結論を誘導したい場合、どちらかが必ず「悪」というストーリーで構成される。
・今の在日朝鮮に対する日本国内の論争は、まさしくその勢力のせめぎあいである。
 不幸なのは、在日朝鮮を利用し自らの主張、思想に利用を図って来た日本の政治活動家が多くいたことにあると思います。
 在日朝鮮も「待遇改善や地位向上」の手段として、これらの政治活動家を受け入れるうちに、史実から外れた事でも後に引けなくなり、日本国民と間に大きな溝を作ってしまった。
・旧日本の全てを美化、当然戦争を美化することも厳に慎むべきであるが、在日朝鮮及び朝鮮半島は史実を正面から捉えようとしないため、歴史問題は日本国民と必ず衝突する運命にある。
 相互理解は現状では到底進むとは全く思えない悲しい現実です。
・台湾と朝鮮半島は殆ど同じ進み方をしてきたが、国民感情の隔たりがあまりにも大きい。
 これは、一貫したその国の教育の問題に元凶があると思います。
 台湾は、明暗、功罪を踏まえた上で(史実に向き合い)進もうとしているが、朝鮮半島は事大主義、小中華思想から未だに脱する事が出来ない状態である。
 イ・ミョンバク大統領が「寛容」を求めるなら、自国内の現状を凝視し祖語理解への土台作りからやり直すべきでしょう。

_ ぼんぼちぼちぼち ― 2010/07/21 14:14

金守珍さん、映画や演劇で何度も観ていたので、とても興味深く読ませて頂きやした。

その、己れを客観視できる冷静な発言に、劇団を背負っていかれるに値するかただなぁ と思いやした。

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