和田春樹『北朝鮮現代史』2012/04/29

 最近出た『北朝鮮現代史』(和田春樹著、岩波新書)を購読。

 著者の基本的考えは、

(この)本を書き上げようとしていたとき、金正日委員長が亡くなった。日朝国交正常化を願ってきた日本人の一人として、私は、この10年間(小泉首相の北朝鮮訪問以降のこと)その実現を切実にのぞんでいたであろう隣国の指導者の死に対して悲痛な感情を抱かずにはおれなかった。〉(237頁)

とあるように、極めて北朝鮮寄りです。内容は客観的に書こうとしたみたいですが、やはり奇妙というか、理解できないところが出てきます。これを少し紹介してみます。

(朝鮮戦争は)朝鮮を統一民族国家として再建した、という民族主義者の願望を実現しようとはじめられた戦争〉(69頁)

 この本では、一方で「金日成と朴憲永は(1949年)八月、シトゥイコフ大使(ソ連)との懇談において武力統一への意思を明確に表明した」(51頁)とあるように、朝鮮戦争は共産主義者が一貫して準備を行ない、始めたものと記述していますから、矛盾したものとなっています。

 1970年代の韓国の民主化運動については、次のように記述しています。

韓国の民主化運動は北朝鮮と無関係ではじまり、無関係で進んでいた。北朝鮮はこの運動に影響力を行使することをめざし、工作員を送り込もうとした〉(141頁)

 北朝鮮が国家を挙げて韓国の民主化運動に「影響力を行使しよう」としたのですから、北朝鮮と全く「無関係で進む」わけがありません。  韓国の民主化運動は、その理念からすると韓国だけでなく北朝鮮の民主化にも取り組むべきものでしたが、その気配が全くありませんでした。民主化運動に北朝鮮の影響があったと考えるには、十分と思います。

 次に、これまた矛盾した記述。

結局、金正日は自分がもっていた国防委員会委員長、党総秘書、党軍事委員会委員長、最高軍司令官という四つのポストのどれ一つも金正恩に譲らずに死んだ。それは明らかに金正日がそうすべきでないと考えたからにほかならない。‥‥一二月三〇日、労働党中央委員会政治局は会議を開き、金正恩を人民軍最高司令官として「高く奉ったことを宣布した」と発表した。〉(234頁~235頁)

 金正日は12月17日に亡くなり、28日に国葬されたのですが、そのわずか二日後の30日に金正恩は「最高軍司令官」になっています。金正日は「そうすべきでないと考えた」はずのポストの一つです。この本では、偉大な金正日将軍様のお考えを党政治局が簡単にひっくり返した、ということになります。うっかりミスなのでしょうが、ちょっとお粗末ですねえ。

 これ以外では、拉致問題にしろ、韓国の天安艦事件にしろ、北朝鮮の代弁人のような記述が目立ちます。

 ところで拙論で、金日成が国民に「白い米と肉のスープ」が食べられるようになると約束したのは1962年としたのですが、 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/02/14/5680393    この本によると、それはもっと古く1957年12月20日に金日成が行った演説 「朝鮮人民は遠からず、白米のご飯に肉のスープをとり、絹の服を着て、かわら屋根の家に住めるようになるでしょう。これは空想ではなく、明日の現実です」 であることが分かりました。(95頁)  これだけが、この本を読んだ成果でした。

コメント

_ 日本国公民 ― 2012/04/30 07:45

「お笑い北朝鮮研究」ですね。和田氏は朝鮮問題の名物男の類いですから、北朝鮮を信じたい人には、うってつけなんでしょう。なぜ、ロシア史が専門の和田氏が朝鮮史に打って出たのでしょうかね?朝鮮史なら門外漢でも大丈夫と高をくくったのでしょうか?小田実や梶村秀樹氏と同じく、日本人の朝鮮との関わりにおいて、恥ずべき先例を造ってしまいましたね。もっとも、もう日本でも世界でも影響力なんて皆無に等しいでしょうけどね。

_ 在特会 ― 2012/05/10 22:27

>ロシア史が専門の和田氏が朝鮮史に打って出たのでしょうかね?朝鮮史なら門外漢でも大丈夫と高をくくったのでしょうか?

和田氏は朝鮮語はできないそうです。
北の日本語で書かれたプロパガンダばかり読んで歴史書を書いたんでしょうね。

金正日が拉致事件を白状したとき、氏のHPに抗議文が殺到し、「拉致事件を否定したわけじゃない」と言い訳してました。

小田実、梶村秀樹、和田春樹、のほか、寺尾五郎は歴史に残るでしょう。

_ 河太郎 ― 2012/06/05 11:15

和田春樹の朝鮮語能力について、萩原遼は「朝鮮語の初歩も知らないことは一目瞭然」と書いている。

「和田春樹はこの方善柱の間違いだらけの資料をもとに『朝鮮戦争』を書いた。お笑いである。方善柱の文書の間違いに加えて和田が訳した朝鮮語が誤訳だらけであった。わずか五百字足らずの文章に七箇所もの誤訳がある。和田が朝鮮語の文法の初歩も知らないことは一目瞭然であった。」(月刊誌『諸君』平成15年8月号「和田春樹よ、北朝鮮よりさらに北へ去れ」P186)

これは萩原が和田春樹から自分に加えられた誹謗中傷に対して反駁したもので、和田を徹底的にコキ下ろした一編であることを考慮する必要があるが、「朝鮮語の初歩も知らないことは一目瞭然」だと決めつけられたことは朝鮮問題専門家を自認している和田にとっては屈辱であろう。それともこれに発奮して朝鮮語習得に邁進したのであろうか。

また1995年初版『朝鮮戦争』岩波書店刊について、萩原は「私の批判が、岩波書店の関係者の間でも大きな問題となった。結局、四千冊そこそこで印刷を止め、事実上の絶版となった」と書いているが、とすれば
今回の新刊の水準は、主張の内容への賛否は別にして、どうなのであろうか。

萩原遼は元赤旗の記者であるが、資料に基づく朝鮮戦争記述や北朝鮮の人権弾圧に対する批判は称賛に値すると思っている。

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