『図録 植民地朝鮮に生きる』(その2)2012/11/03

 岩波『図録 植民地朝鮮に生きる』では、1940年施行の創氏改名について、次のように解説しています。(86頁、127頁)

日本の家制度を朝鮮に導入して朝鮮社会を根本的に改編させるために、朝鮮人の姓を日本式の「氏」にかえるように実施されたのが、「創氏改名」である。総督府はこれを「天皇の恩恵」だと宣伝し、申請しないと社会的制裁を加えるなどとして申請するよう圧迫した。

1940 創氏改名の実施 朝鮮の家族・親族制度の解体・再編を目的に朝鮮人固有の姓や名を奪い、日本風の氏名に変えさせた

 創氏改名は、日本式の「氏」を新たに付け加えるものであって、朝鮮人古来の「姓」を変えるものではありません。朝鮮人の「姓」は戸籍に残っており、法的にも証明されるものでした。この本の89頁には、設定創氏(創氏を届け出たもの)の実際の戸籍が掲載されていますが、そのなかに「姓及本貫」欄があります。つまり姓は奪われたのでなく、残ったのでした。   従って、この本が「姓を氏に変えた」「姓を奪った」とする解説は不正確です。

 「名」の変更は、裁判所の許可が必要なもので、90%以上は改名をしませんでした。従って「名を奪い」は間違いです。

 また申請(届出)しないと「社会的制裁を加える」というのは、当時そういう噂があったのは確かですが、実際に総督当局が制裁することはありませんでした。

 この本に掲載されている戦時中の資料の中で、創氏改名後であるにもかかわらず、「黄聖集」という名前が記されており、日本風になっていないものがあります。(110頁) 朝鮮名を維持しても支障がなかったと言うことです。   この本が「姓や名を奪われた」「申請しないと社会的制裁される」とする解説と自己矛盾するものです。

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