在日の特別永住制度2013/06/14

 在日の特別永住制度は、在日が不当に獲得した「特権」だとして否定する人がかなりいます。これは間違いだということは、これまで何遍も繰り返してきました。

 おさらいすると、特別永住制度は複雑化し不安定化していく在日の法的処遇を安定化させたものです。

 在日の法的地位は1952年の法律126号に始まりますが、この法律は「別に法律を定めるまで」の間の臨時的なものでした。しかしこの「別の法律」が長年作られることなく、その場しのぎで過ごしてきたため、在日の法的地位は複雑化・不安定化していったのです。つまり日本側の怠慢だったのです。

 これを解決したのが1991年の「特別永住制度」です。つまり1952年に「別に法律が定めるまで」と明記していたのが、1991年になってようやく定めたのです。

 従ってこの制度は在日の要求によってできたのでなく、日本の都合に よるものなのです。126系列の在日には、特別永住資格を「自動付与」 つまり本人の意思を確認することなく、強制的に付与したのです。

 これを「特権」だとして否定する人が本ブログに投稿することがありましたが、彼らはインターネットに出てくる、自分に都合のいい情報だけをひたすら集めて信じているようです。こうなると、もはや狂信者と変わりないものです。

【特別永住資格に関する拙論】

在日特権 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/01/12/2556636

特別永住の経過 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/08/25/1750381

特別永住制度の変更は非現実的 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/01/1762857

在日の法的問題は解決済み http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/08/1781500

米国籍などの特別永住者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285

永住資格はいつから始まったか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/07/28/464650

コメント

_ 三河屋彦衛門 ― 2013/06/14 07:57

特別永住者制度を、全て日本の都合とするからおかしくなるのでは?
 
戦後、戦前から居住している平和条約国籍離脱者(主に朝鮮人と台湾人)について、関係国への送還をGHQや韓国政府などと調整していた経緯があります。当初はGHQ指令による非日本人の送還をしていましたが、済州島四・三事件や麗水・順天事件(韓国政府による韓国人虐殺事件)が生じ、済州島や全羅南道から韓国人が日本に流入しました。その後、朝鮮戦争が勃発し、1952年、サンフランシスコ講和条約発効します。朝鮮戦争による国土の荒廃・社会体制の不足を理由に、韓国政府は在日韓国・朝鮮人の送還を拒否しました。
 
1950年の産業経済新聞新聞では「終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめている」としてます。1959年の朝日新聞によれば、日本に残ったのは、日本政府や連合国の手配を拒んで自ら残留したものと犯罪者だけです。マルハンの韓昌祐会長は戦後の密航者であり、俳優チョウ・ソンハは祖父は戦後留学に来たと自ら述べています(戦後の混乱に紛れて特別永住資格を不正取得したのです)。
 
1965年、日韓基本条約締結に伴い締結された日韓法的地位協定で、国外退去に該当する事由が他の外国人と比べて大幅に緩和された協定永住資格は2代目までとされました(在日特権といわれる部分です)。1977年からは在日本大韓民国民団(民団)主導で「差別撤廃・権益擁護運動」が開始されました(3代目以降も、在日特権を寄越せという運動とも言えます)。1991年、入管特例法により3代目以降にも同様の永住許可を行いつつ、同時に韓国人のみが対象となっていた協定永住が朝鮮籍、台湾籍の永住者も合わせて特別永住許可として一本化されました(在日の運動に負けた日本政府の苦渋の選択とも言えます。朝鮮人だけに許可を出す法律を作るわけにはいきません)。 
 
また特別永住者は、退去強制となる条件が他の外国人よりも限定されます(特例法第9条)。特別永住者以外の外国人の退去強制手続が出入国管理及び難民認定法第24条に規定される退去強制事由(20項目以上)に基づくのに対し、特別永住者は日本国の治安・利益にかかわる重大な事件を起こさない限り退去強制となることがありません(在日特権と言われる部分です)。
 
ちなみに1991年入管特例法は、1965年の日韓法的地位協定において3代目以降については25年後に再協議するとしていたことが直接の原因です。しかし再協議であって、日本政府が一方的に付与したわけではありません。また、その間に民団による「差別撤廃・権益擁護運動」も始まっていたのであり、その影響が皆無と言えるはずもありません。
 
それから特権という定義の問題もあると考えます。3代目以降は不要であるとの立場からすれば、行き過ぎた権利(特権)と言えます。また外国人は全て同じ扱いで良いとする立場からすれば、やはり特権と言えます。特権ではなく過剰な権利だから、減らそうという主張しているだけだと考えます。またツジモトさんの立場であっても、戦後の混乱に紛れて特別永住資格を不正取得した者について、永住資格に切り替えることは当然のことでしょう(この不正取得も、特権と言われる部分です)。
 
特権とみなすこともできます(逆に特権ではないとも言えます)。しかし日本が一方的に付与したとは言えません。だからといって特別永住資格をどうすれば良いのか考えがまとまりませんけれど。

_ 辻本 ― 2013/06/14 12:46

〉戦後の混乱に紛れて特別永住資格を不正取得したのです

 特別永住資格は1991年ですので、「戦後の混乱に紛れて取得」出来るものではありません。インターネットのデタラメ情報をそのまま信じておられるようですねえ。

〉在日特権と言われる部分

 特権とは、国会議員や外交官などのように、特定の身分地位を有する者だけが有し、一般日本人が有していない権利を意味します。

 特別在留資格は、外国人の在留資格のうちで最も恵まれたものですが、それでも日本国籍者には及びません。提示されたものは「特権」と言えるものではないと考えます。

〉日本が一方的に付与したとは言えません

 1991年時点で法律に基づく「自動付与」です。各個人の意思確認は行なっていません。

_ 辻本 ― 2013/06/14 13:08

〉この制度は在日の要求によってできたのでなく、日本の都合によるものなのです

 これはちょっと誤解を与える表現だったようです。在日の運動団体は、自分たちの権利拡大に力を入れていたのであって、在留資格の法律そのものについては大きな関心を持たなかったということです。

 法126で法律を作る義務は日本側にあり、もし作られたとしても、内容については今以上に処遇が悪くなることはあり得ませんでした。そういう趨勢のなかで、特別在留制度が出来たのです。

_ 大森 ― 2013/06/14 16:08

>しかしこの「別の法律」が長年作られることなく、その場しのぎで過ごしてきたため、在日の法的地位は複雑化・不安定化していったのです。つまり日本側の怠慢だったのです。

これは言い過ぎなのでは。
在日は長い間「いずれ帰国する」という建前にこだわり日本における自らの権利の安定には無関心だった。
在日の処遇の方針に多大の影響を与えた坂中英徳氏が1975年に書いたいわゆる「坂中論文」は在日の定住化を踏まえて彼らの法的地位の安定を訴えたものだったが在日側から「同化主義」として叩かれた。
このような状況で日本側が積極的に動くことは考えられないわけで1991年まで持ち越されたのは多分に在日側の自業自得だと思う。

他国の場合、植民地系の移民に対しては早期に国籍選択権を認めている。これが王道だと思う。しかし日本の場合、当の在日がそれを求めないところが在日問題の難しい所。

_ 辻本 ― 2013/06/14 16:58

〉在日は長い間「いずれ帰国する」という建前にこだわり日本における自らの権利の安定には無関心だった。

 この建て前と無関心は朝鮮総連ですねえ。

〉「坂中論文」は在日の定住化を踏まえて彼らの法的地位の安定を訴えたものだったが在日側から「同化主義」として叩かれた。

 在日の活動家から叩かれたのは事実ですが、よくぞ言ってくれたとか、本来は我々が言わねばならないのに日本人に先に言われてしまったという在日もいましたねえ。
 在日社会では活動家の主張と、実際に生活する在日一般人との間に意識の齟齬が明らかになり始めたのが1970年代でしたねえ。だからこそ活動家諸君は危機意識を募らせ、「同化」に反対する声を大きくしていた時代です。
 そういう時代に「坂中論文」が出たのです。

〉このような状況で日本側が積極的に動くことは考えられないわけで1991年まで持ち越されたのは多分に在日側の自業自得だと思う。

 在日の在留資格そのものが複雑化していって、このままではどうしようもない段階に来ていました。在日の活動家で、この複雑な在留資格を正確に説明できる人はほとんどいなかったですねえ。
 新たな法律を作ってすっきり整理されたと思います。これは在日の動向とは関係ありません。

_ 辻本 ― 2013/06/15 06:45

2013/06/14 12:46付け、及び2013/06/14 13:08の拙コメントに間違いがありました。

〉 特別在留資格は、外国人の在留資格のうちで最も恵まれたものですが

〉 そういう趨勢のなかで、特別在留制度が出来たのです。

 これは「特別在留資格」「特別在留制度」ではなく、「特別永住資格」「特別永住制度」です。訂正します。

_ 三河屋彦衛門 ― 2013/06/16 21:30

特権か否かは、定義の問題です。辻本さんの立場と、特権だと主張する立場とで、定義が違います。辻本さんも、「「特権」と言えるものではないと考えます」と言っていますよね。特権ではないと主張したところで、スレ違うだけです。特権とは言われないような形で、上手く着地点を模索する方が良いのでは?
 
1965年の「日韓法的地位協定」において、3代目以降については25年後に再協議するとしていましたよね? それが1991年の入管特例法になるわけですよね? 日本政府は、日韓の協定の再協議について、一体誰と再協議したのですか? 当然、韓国政府ですよね? つまり日本と韓国の再協議に基づいて、1991年の入管特例法が成立したのであれば、日本が一方的に付与したことにはならないのではないでしょうか? それとも日韓の再協議がなかったのでしょうか?
 
ちなみに私の根拠は、全てWikipediaです。インターネットのデタラメ情報ではありませんよ(Wikipediaがデタラメなら仕方ありませんけれど)。で、Wikipedia(日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定)の記述は次です。
 
>協定発効後5年経過以降の新たな協定永住の許可が既得者の子の世代に限られ、孫以降の世代(協定3世等)は入管法に基づく通常の永住許可しか受けられないなど世代間での不均衡な事態が1980年代後半に顕在化した(以前から不備は懸念されていたがこの時期になって実例が散見されるようになった)ため、日韓政府間で新たに協議が行われ、日本の法務省内でも制度の拡充について検討が行われた。孫以降の世代に関する協定の不備の解消のため、さらには、類似の境遇にありながら制度面で差が生じていたいわゆる朝鮮籍、台湾籍の永住者等の処遇の改善を含めた抜本的な永住制度を構築するため、1991年11月1日に対象を韓国籍者に限定しない「特別永住者」制度が施行された。協定永住及びそれら類似の永住者の在留の資格は法令の一斉適用によりこの「特別永住者」に一本化され、協定永住の制度はその役割を終えた。
 
このように日韓政府で協議をし、その内容を踏まえて法務省で制度の拡充の検討がなされ、その結果として「協定永住」制度に代えて、「特別永住者」制度が施行されたとありますよ。
 
また日本政府の怠慢ではありません。2世までは協定永住資格が付与されていました(日韓の協定が根拠です)。また3世以降については、日韓政府で再協議するというのが当初の約束です。在日韓国人・朝鮮人は、当初は帰国が前提だったわけで、2世まで十分と考えるのは当然だし、長期化した場合には3世以降について再協議するとしたのも当然ではないでしょうか? 実際に日韓で再協議しているわけですからね。そもそも怠慢というなら、在日韓国人の権利を保護するのは韓国であり、したがって韓国の怠慢です。 
 
それと在日韓国人の運動が在留資格には向いていなかったというのは、情報がないので、そうなのかなと思います(差し当たり、それで構いません)。でもそれなら在日韓国人が自らの在留資格に無関心だったわけですよね? なら日本が再協議を約束していたとしても、当の韓国政府も在日韓国人も何も言ってこないわけで、日本政府が問題なしと判断することに何の問題があるのでしょうか?(法律126号が臨時のものだからと主張していますが、臨時であっても不都合がなければ、そのまま運用し続けても問題ありません) 不都合があれば、不都合を感じた側から訴えるべきであり、それが再協議となるのです。韓国政府や在日韓国人の怠慢ではないでしょうか? 
 
それから在留資格の複雑化ではなく、3世以降が通常の永住資格になることの理解不足では? それとも例えば、2世と3世が結婚した場合にどうなるのかということについて複雑化と言っているのでしょうか? それなら言わんとすることはわかります。
 
それと正確には「戦後の混乱に紛れて不正に協定永住資格を取得した」ですね。それが後に、特別永住資格の取得に繋がりました。当の在日韓国人の証言であって、否定する必要はないでしょう。 また最初の資格が不正取得なのだから、それに基づく後の資格も不正取得となると思います。
 
最後に私のスタンスは、日本政府と在日韓国人という枠組みで考えるのではなく、日本政府と韓国政府という枠組みで在日韓国人を考えるものです(まだまだ不完全ですが)。端的に言えば、韓国政府は在日韓国人に無関心だなという思いがします(インターネットのデタラメ情報では、在日韓国人を棄民扱いしていますが、感覚としては的を得ているかもという気がします。戦後に不正に来日した韓国人は、韓国政府の大量虐殺から逃れてきたわけですしね)。

_ 辻本 ― 2013/06/17 03:47

長文のご投稿、ありがとうございます。

〉つまり日本と韓国の再協議に基づいて、1991年の入管特例法が成立したのであれば、日本が一方的に付与したことにはならないのではないでしょうか? 

 こういう見方もあるんですねえ。日韓条約ですから、そこに関係する「在日」は韓国の国民になりますが、特別在留は韓国籍関係なく自動付与されました。このことを言っております。

〉また日本政府の怠慢ではありません

 法126-2-6では
「別に法律で定めるところによりその者の在留資格および在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」
とあります。
 この「別に法律で定めるまでの間」が、1991年の入管特例法までの間で、その40年間は定めてこなかったということです。これを「怠慢」と表現しました。

〉それと正確には「戦後の混乱に紛れて不正に協定永住資格を取得した」ですね

 協定永住は1965年です。1965年は「戦後の混乱」の時期なんですかねえ。

〉 また最初の資格が不正取得なのだから、それに基づく後の資格も不正取得となると思います。

 これは密航者のことを言っているのですかねえ。今密航者を名乗っている人の場合、当局に出頭して取り調べを受け、その後合法的に在留資格(126系列ではなく、別の資格)を得た場合がほとんどです。これは「不正取得」になるのですかねえ。

_ 辻本 ― 2013/06/17 04:25

〉特別在留は韓国籍関係なく自動付与されました

 また間違えましたねえ。特別在留ではなく、特別永住です。
 入管関係の法律用語は表現が似ている場合が多く、しかしそれが実際の法適用では大きな違いになります。気を付けているつもりなのですが、キーボードではうっかり打ってしまいます。

_ 三河屋彦衛門 ― 2013/06/23 23:15

「別に法律で定めるところによりその者の在留資格および在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」
 
つまるところは、ここをどう考えるかです。そもそも「協定永住」制度は、再協議が前提なので、再協議によって在留資格の変更がありうることを記したものではないでしょうか? 私は、この立場から、韓国政府の怠慢と判断しました(日本政府からすれば、当初の予定通り、帰国してしまえば、不要なものとなります)。

>今密航者を名乗っている人の場合、当局に出頭して取り調べを受け、その後合法的に在留資格(126系列ではなく、別の資格)を得た
 
なるほど。密航を前提に、合法的に在留資格を得たわけですね? この場合であれば、さしあたって、日本当局の判断なので、合法と言わざるをえませんね。

_ 辻本 ― 2013/06/24 02:45

 韓国の怠慢はありません。日本の怠慢です。理由はこれまでの拙論で書いております。よくお読みください。

_ 前田五郎 ― 2013/06/29 19:26

>特権とは、国会議員や外交官などのように、特定の身分地位を有する者だけが有し、一般日本人が有していない権利を意味します。

これは違いのではないか。
在日朝鮮人の比較対照者は日本人ではなく日本国内に住む外国籍の人でしょう。

日本国内に住む外国籍の人には認めてられいないが在日朝鮮人には認められている権利。

_ 辻本 ― 2013/06/29 20:56

〉日本国内に住む外国籍の人には認めてられいないが在日朝鮮人には認められている権利。

 特別永住者は在日朝鮮人だけとは限りません。中国、米国、英国等々いろいろな国籍があります。特別永住者はこれらの国籍関係なしに権利を有します。
 拙論をよくお読みください。

_ 三河屋彦衛門 ― 2013/06/29 21:25

>韓国の怠慢はありません。日本の怠慢です。理由はこれまでの拙論で書いております。よくお読みください。
 
それぞれ違う立場なのだから、結論が違うのも当然です。私は、日韓政府の再協議が前提にあると考えているので、不都合が生じた側から再協議を申し出るべきだと考えています。だから韓国政府の怠慢(韓国政府に訴えなかった在日韓国人の怠慢)とします。
 
辻本さんは、再協議は前提ではないと考えていて、あくまでも日本の法律の枠組みだけで考えるという立場と思われます。だから立法過程が重要であり、日本の法律は日本の国会で制定するものであるのだから、日本の怠慢だするのでしょう。
 
上記の流れになっているのだから、「日本の怠慢です。よく読みなさい」などといわれても、どうにもならないんじゃないでしょうか?

_ 辻本 ― 2013/06/29 21:55

 再度言いますが、「別に法律のできる前での間」と明記されきたのを、実際に法律を作って来なかったのは日本です。

_ 多田 ― 2013/08/07 14:04

はじめまして。 「特別永住者」の定義に疑問を持ちましたので書かせていただきます。

>特別永住者は在日朝鮮人だけとは限りません。中国、米国、英国等々いろいろな国籍があります。

とのご指摘ですが、「特別永住者」とは、いわゆる「特例入管法」(正式名称: 日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法)の第2条にいうところの「平和条約国籍離脱者」及びその「子孫」のことであり、日本の主権回復(1947年4月28日)によりかつて日本の統治下にあった台湾や朝鮮の人々のみが対象なのではありませんか?

外国人として日本に入国した人たちではなく、日本人として入国したにもかかわらず、平和条約発効によって日本国籍を失った人たち(および、台湾・朝鮮半島出身の不正入国者もおまけで)が「特別永住者」の対象なのだと理解していいのでは?

_ 辻本 ― 2013/08/07 19:43

 下記の拙稿をすでに明示しています。

米国籍などの特別永住者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285

_ 辻本 ― 2013/08/08 05:59

 法務省の 「国籍(出身地)別  在留資格(在留目的)別  外国人登録者 (平成14年度)」の統計表によれば、特別永住資格には様々な国籍があります。
http://www.moj.go.jp/content/000007609.pdf

 主なところを挙げると、アメリカ324人、カナダ39人、オーストラリア29人、ブラジル15人、英国34人、フィリピン29人、イラン10人です。

_ PublicComment ― 2013/08/09 13:09

特別永住者への特権(と表現していいかどうかは判断を保留しますが)の比較対象としては私も前田五郎さんや多田さんと同意見で外国人として日本に入国した人達との比較だと思います。

そのような質問に対して

>特別永住者は在日朝鮮人だけとは限りません。中国、米国、英国等々いろいろな国籍があります。特別永住者はこれらの国籍関係なしに権利を有します。

という回答はちょっと不親切というかミスリードをされているなぁという印象を受けますね。

外国籍の特別永住者も元をたどれば100%朝鮮(韓国)籍か中国(台湾)籍の人が外国人と結婚して生まれた子供たちであり 現在の国籍がどこかということは深い意味を持ちません。ただ、そういう方々に対してまで特別永住資格を引き継いでいくのは、もはや本来の意義や意味を喪失しているような気がするのですがその点いかがお考えでしょうか?

_ 辻本 ― 2013/08/10 04:12

〉外国人として日本に入国した人達との比較だと思います。

 外国人の来日事由は様々で、だからそれに応じて在留資格が違っています。在留資格によって、権利が大きく違うのは当たり前です。
 特別永住資格も、様々ある在留資格の一つです。特定の在留資格を取り上げて、「特権」云々の議論は適切ではありません。

〉不親切というかミスリードをされているなぁという印象を受けますね

 特別永住制度に関して、間違った知識を有する人があまりにも多いです。その間違いの一つを指摘したまで。

〉本来の意義や意味を喪失しているような気がするのですがその点いかがお考えでしょうか?

 現行法で不都合は生じておりません。法律の通りに解釈するのが正解です。

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