『韓国はどれほど日本が嫌いか』 ― 2013/08/02
武貞秀士『韓国はどれほど日本が嫌いか』(PHP研究所 2013年8月)を購読。
著者は防衛研究所の研究官として長年勤め、退職後、韓国の延世大学で教授として教鞭をとった方です。そういう経歴のためか、内容は本の題名のように扇情的なものではなく、落ち着いた論調で、また説得力のあるものです。
朴槿恵政権は、中国と韓国の関係緊密化を急ぎ、米国との同盟強化で韓国の国防自主化を加速して、日本に対しては歴史認識を糺してゆくという選択をとることが鮮明になってきた。‥‥‥韓国では、1960年代以降の日韓関係の記憶をたどりながら日韓関係改善の糸口を見つけようなどという人は、一人もいなかった。経済力、国際的地位で自信をもった韓国は、70年代の記憶をたどるのではなく、19世紀にさかのぼって日韓関係を見つめ直すことにこだわる。‥‥‥(2~4頁)
朴槿恵大統領のこの演説(2013年3月1日)の、「加害者と被害者という歴史的立場は、千年の歴史が流れても変わらないでしょう」という部分に注目したい。これから900年以上も「加害者・日本」という立場は変わらないという話である。‥‥‥これから千年間、日本が韓国に謝罪しつづけ、補償を支払っていくことを求めている演説ではないか。歴代大統領のなかでも最も「過去志向」の大統領の登場ではないか‥‥‥朴大統領自身も、日韓関係を改善させたいとする一方、「何よりも日本は正しい歴史認識をもつべきだ」と述べて、関係改善の前提として、日本側が歴史認識を改めることが先決であるという立場を明確にした。その直後から “韓中協調” ひと筋である。‥‥‥朴政権のその後の発言や外交活動には、「日本が歴史認識を改めない限り、協調する国家とは認めない」という姿勢が鮮明になってきた。(15、31、114頁)
韓国の朴政権は、日本との関係で「歴史問題」に固執する姿勢が明らかになっています。さらに韓国は全世界に、「日本の非」を指摘する外交を広げることになります。そして、これは大統領の任期である5年間は変わらないものと予想できます。
武貞さんは「未来志向の国家との対話を先行するという方針を貫くのが、いまの日本である。我慢の外交が始まった。」(55頁)と言っておられます。
『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (2) ― 2013/08/04
韓国は日本を外して中国と協調する外交を進めることを決めました。このことについて、武貞さんは次のように解説しています。
2013年6月27日、朴槿恵大統領は国賓として中国を訪問、習近平国家主席と首脳会談を行なって、「韓中未来ビジョン共同声明」を発表した。韓国大統領政府は、国交21年が過ぎて、今後の20年を見すえた内容と説明する。 この会談で、中国との経済関係の発展が自国の経済にとって死活的である韓国は、中国への傾斜をいっそう鮮明にした。米韓同盟を維持しつつも中国との軍事交流に踏み出し、中韓共同で「歴史認識を変えない日本を外すこと」を確認するものとなった。‥‥‥防衛分野での日韓交流が停止状態のなかで、中韓が(軍事)交流拡大することで一致したことは特筆すべきことだろう。(161頁)
韓国のこのような外交がうまくいくのかどうかは分かりません。しかしこの外交姿勢は、大統領任期中の5年間は続くと見なければなりません。武貞さんは次のように分析しています。
韓国には「中国と一緒になって日本の過ちを糺しながら、領土問題への対処、首脳会談、軍事協力協定締結、輸出入増大を図る。中国との関係を最優先にしてゆくかぎり、韓国にとって怖いものはない」という自信があるのである。そう考えれば、韓国の政府高官の発言、一連の対中外交、長崎、広島の原爆に関する韓国の全国紙のコラム、日増しに高まる対日批判のトーンなど、全体として整合性がある‥‥‥ この韓国の壮大な構想は、日本経済が沈みつづけ、いまから10年後に「失われた40年を経験した日本」という評価が確定し、世界の三流国に日本が落ち込んだとき、日本の国際的役割が低下し日米関係が悪化してゆく場合のみ、正しかったということになる。(203~205頁)
これは成程そうだろうと思いました。韓国も中国も、もはや日本は無視してもよい存在だということを露骨に見せ始めたということです。
日韓・日中の友好は、今後当分は望めなくなりました。としたら、これまでの「友好」は一体何だったのだろうか?と思います。
朴大統領は、日本との加害被害関係は千年続くと言いましたから、日本側がただひたすら土下座を千年以上し続けて、やっと友好関係になるということになるのでしょうねえ。日本内にはそれを本気に考えている人がかなりいますから、笑い事ではありません。
『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (3) ― 2013/08/08
韓国の朴槿恵大統領は、2013年6月27日に国賓として中国を訪問、「韓中未来ビジョン共同声明」を発表しました。このなかで朝鮮半島の非核化に関して、武貞さんは次のように解説します。
朝鮮半島の「非核化」については、「朝鮮半島の非核化と朝鮮半島の平和と安定の維持が共同の利益に合致することを確認し、これにともの努力してゆく」とある。「北朝鮮の核を認めない」という表現はない。「朝鮮半島の非核化とは、北朝鮮の核放棄だけでない。米国も核を放棄すべき」という北朝鮮の立場を支持するニュアンスを含んでいる。 「朝鮮半島の平和と安定の維持」といおう文言も、北朝鮮の「平和と安定を恒久化するために休戦協定を平和協定に換える」という主張に通ずるものがあり、中国が巧みに北朝鮮の立場を守った内容となっている。(162頁)
なるほど共同声明というような国家間の共同意志発表文は、このように読まなければならないということです。中国は北朝鮮側の立場になることを崩していないということです。 しかし韓国のマスコミはこの韓中共同声明について「韓中が北朝鮮の核放棄に向けて一致を見た」と報道しており、まるで中国が北朝鮮の核放棄を説得してくれるかのようです。 武貞さんの分析とは全く違います。
『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (4) ― 2013/08/09
北朝鮮の長けた心理戦
武貞さんは、北朝鮮が心理戦に長けていることを強調します。「心理戦」とは、「相手の心理を利用して、外交における交渉を有利にもっていくことや、軍事のおける優劣を逆転して勝利をおさめること」をいいます。
北朝鮮は2012年12月1日「十日から二十二日のあいだに人工衛星を打ち上げる」と通知をした。12月8日、朝鮮宇宙空間技術委員会報道官が「一連の事情が生じ、発射時期を調整する問題を慎重に検討」と述べたとき、「一連の事情」という正直な報道に世界は驚いた。北朝鮮が国威をかけて打ち上げるつもりのミサイルに故障が生じたかもしれないと、外部の人々は驚いた。 12月10日になると「打ち上げ予定日を12月29日まで延長する」と発表した。「東倉里(トンチャンリ)発射場でミサイル修理作業中」「発射台を幕で隠している」と、報道が極めたとき、12日、三段のミサイルが飛び、発射は成功した。国際社会では「裏をかかれた」との声さえ上がった。 ‥‥韓国では「北朝鮮のミサイル発射は延期したようだ」と説明していた政府幹部の情報収集能力に批判が集中した。北朝鮮は心理戦を敢行して、韓国側の情報処理のミスを引き出したのである。(166頁)
2013年1月になると、核実験準備の動きが活発になった。北朝鮮国防委員会は1月24日、「長距離ロケットも高い水準の核実験も、米国を狙うようになる」と報道し、核実験を示唆した。しかし2月9日、韓国との窓口の祖国平和統一委員会のサイト「わが民族同士」は、「米国などは北朝鮮が三回目の核実験をすると早合点している」と書いた。祖国平和統一委員会は統一戦線部傘下の機関であり、北朝鮮では北朝鮮の公式機関と発表している。「早合点」という言葉を聞いて、国際社会は核実験が遠のいたのではないかと報道した。その直後の2月12日に北朝鮮は核実験を実行したのである。‥‥韓国政府、韓国社会を熟知しているのが北朝鮮なのである。(166~167頁)
このように「外部が誤った判断をしそうなネタを北朝鮮が準備し、日米韓の情報収集機関のミスを誘うのは心理戦の一つ」(167頁)です。北朝鮮の心理戦は最近のことではなく、かなり以前から行われています。
金日成主席時代の1986年、「主席が死去した」という噂が飛び交った。北からは特異な放送が聞こえ、三八度線の北に「弔旗」が」見えた。「死去情報」は世界を駆け巡り、」韓国軍が正式発表した。一週間後、モンゴルのバトムンフ書記長が北朝鮮を公式訪問し、空港で金日成主席と抱き合う映像が、このときに限ってその日のうちに世界に配信された。韓国国防軍の失点となった。八〇年代の心理戦である。(170頁)
これまで北朝鮮に何度も煮え湯を飲まされた韓国が、北朝鮮の心理戦になぜ引っかかるのか? 武貞さんは次のように分析します。
韓国軍当局は詳細な北朝鮮情報をもっており、「ミサイル発射を延期したが、年内に発射する考えだ」と北の担当者の「心づもり」にまで言及したことがある。韓国軍が北の内部の話をなぜ知っているのだろうか。言い換えれば、韓国は北朝鮮の偽情報作戦にかかりやすいのである。(169頁)
北朝鮮をよく知っていると思い込んでいるし、実際にある程度は知っているから、逆に北の心理戦に引っかかりやすいことのようです。このように韓国は北朝鮮の心理戦に完敗しているのですが、困ったことに韓国がこれに危機意識を持たず、むしろ北朝鮮への同情が広がっていると武貞さんは論じます。
問題は、このような北朝鮮の韓国に対するあの手この手の戦術を、韓国ではあまり問題にしていないことだ。北朝鮮の韓国社会に対する揺さぶりは、長期的な北朝鮮の戦略に基づいたものであることを、韓国の人々は認めようとはしない。 経済が困窮し、疲弊した指導部が、三八度線の北だけでも何とか温存したいと汲々とし、心理戦を展開していると、韓国政府は見ている。やさしい手を北朝鮮に差し伸べれば、北朝鮮は一挙に和解に向けて、心を開くにちがいないと韓国人は考える。 ‥‥北朝鮮主導の統一という戦略に立って、韓国社会に懐柔策を繰り出していることには、韓国人は無関心である。‥‥北朝鮮に対する同情論が広がりつつある。(170~171頁)
韓国は北朝鮮への警戒心をなくしつつあるのです。そのせいでしょうか、韓国軍の綱紀の緩みがかなり進行しているようです。艦艇に乗り込んだ兵士や北の最前線の哨所で哨戒に立つ兵士が携帯電話を持ち込み、家族や恋人と通話していたという話にはもうビックリ。あるいは国防広報支援隊(別名 芸能兵士)が、公務中に飲酒・買春・恋人とのデートをしたことが発覚し、芸能兵士制度が廃止されるという報道にもビックリ。
韓国は一方では「歴史を反省しない」日本への警戒心を高めています。最も警戒しなければならない北朝鮮に対しては武装解除状態になりながら、むしろ軍事交流を深めねばならない日本への警戒ばかりが高まるという極めて困った状況になっています。
ひょっとしたら、これが北朝鮮の心理戦の最大成果と言えるのかもしれません。
『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (5) ― 2013/08/10
北朝鮮が韓国に対する路線は、当初より今まで一貫して「自主的、民主的、平和的統一」(=南朝鮮解放路線・赤化統一)であることは、拙論で繰り返し説明してきました。
http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/04/22/6421457 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/03/30/6762019
武貞さんはこのことについて、次のように書いています。
2012年4月15日、金正恩第一書記は、重要な演説を行なっている。「国の統一を願い、民族の平和繁栄を願う人であるなら誰とでも手を取って進む」と。米国との関係正常化交渉と、韓国との自主的平和統一に向けての協議を想定している部分だ。 北朝鮮の最終目標は「自主的平和統一」であり、具体的には米国の介入を阻止し、南北が話し合いで、戦争をしないで、北朝鮮主導で統一することである。そのための朝鮮人民軍であり核戦力であり、その核戦略の最終目標は「北朝鮮主導の統一」であることが、金正恩第一書記体制の下でも鮮明になりつつある。 (156頁)
この武貞さんの論では、「民主的」が抜けているのが気になります。民主的とは、韓国に親北民主政権(いわゆる人民革命政権)を樹立することです。北はこの政権とのみ統一協議すると言っているのです。
つまり、アメリカの介入阻止(自主的)、親北民主政権の樹立(民主的)、北朝鮮主導で統一(平和的)の三本柱の一つなのです。北は「自主的」のために核武装して米国を退け、「民主的」のために韓国の民主勢力(いわゆる従北)を支援・指示し、最終的には戦争などせずに「平和的」に統一することを目指しているのです。
北朝鮮が目指す自主的・民主的・平和的統一(=南朝鮮解放路線)には、祖父の金日成以来、今の金正恩に至るまで一貫しており、変化はありません。しかし近年の韓国では、北朝鮮に対する警戒心を失っているとしか言い様のない状況が続いています。
北は変わらず、南だけが変化しているのです。北朝鮮の南朝鮮解放路線は、少なくとも「民主的」の点については成功しつつあると思っています。
『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (6) ― 2013/08/11
北朝鮮は核を手放さない
北朝鮮の核兵器開発の意図について、武貞さんは次のように解説します。
2012年4月、北朝鮮は憲法改正を行ない、序文に「(金正日同志は)われわれの祖国を不敗の政治思想強国、核保有国、無敵の軍事強国に変えた」との文言を入れて、核保有国であることを明記した。‥‥‥正式に国際社会に向けて核保有宣言をしたことになる。‥‥‥軍事パレードでは新しいタイプの大陸間弾道ミサイルに見えるものを行進させ、核兵器運搬手段をもっていることを外国のメディアにアピールした。‥‥2012年4月13日、ミサイル実験した狙いは何か。‥‥米国本土を射程に入れる大陸間弾道ミサイルを開発していることになる。北朝鮮のミサイル開発はいよいよ米国本土を射程に入れるという目標があることがはっきりしてきた。米国に対する核抑止力の獲得をめざしているという言葉どおりである。(178~179頁)
2012年4月15日、の演説で金正恩第一書記は、何を訴えようとしたのか。‥‥「軍事技術的優位はもはや帝国主義者の独占物ではなく、敵が原爆でわれわれを威嚇、恐喝していた時代は永遠に過ぎ去りました。本日の荘厳な武力展示が、これを明白に実証するでしょう」というのは、北が「核兵器のない世界をめざす」という意味ではない。「北朝鮮は米国の心臓部である首都を破壊することができる大量破壊兵器をもつにいたったので、米国は北の首都を破壊できない。すなわち核抑止が成立している」意味であり、北の「核抑止力」を語ったのである。‥‥‥核兵器を有したので、戦争することなく、平和的に自主的に統一に向かう交渉に入りましょうという意味である。(179~180頁)
そうすると「偉大な金日成同志と金正日同志が開いた自首の道、先軍の道、社会主義の道に沿って真っすぐに進む。それはわが革命の百年大計の戦略であり、終局的勝利があるのです」という部分の意味が明らかになる。「終局的勝利」とは、「軍事境界線北側の防衛体制確立」ではなく、「チュチェ思想によって韓国を併呑すること」ということになる。金正恩第一書記は、「米国の心臓部が脅威にさらされる時代がきた。核抑止力が確立しており、米国が朝鮮半島に軍事介入する余地はない」という祖父伝来の核戦略を語ったといえよう。北朝鮮は核兵器を片手に、統一を語っている。(181頁)
このように北朝鮮は自分たちによる祖国統一(=赤化統一)を最終目標として、そのために必要なものが核兵器という位置づけです。しかし韓国はそうは見ません。北の核開発は自国の体制維持が目的と考えているのです。
「崩壊のシナリオ」が見えてきた北朝鮮が、国産の核兵器で米軍を抑止するという事態は、韓国人は想像していなかった‥‥韓国は一貫して、体制維持のために北朝鮮は核兵器を開発している、と見ている。「体制の維持のため」という狙いには、朝鮮半島の南を解放するという意味を含めているのが北朝鮮であるが、韓国人にとっては、それは90年代までの(昔の)議論なのだ。(181、187頁)
韓国は、崩壊の崖っぷちに立っている北があえて核兵器を開発するのはそれを誇示することによって国内体制の維持を図っているのだ、と考えているのです。北による統一(=南朝鮮解放路線)はあり得るはずがないと考えているのが韓国です
『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (7) ― 2013/08/12
北朝鮮は朴槿恵候補が当選すると、朴槿恵政権への期待を高めた。そして、韓国への軍事的圧力を高めた。‥‥対話を期待して、軍事圧力を強めるのだろうか、という疑問が当然出てくる。北朝鮮の脅威に直面すれば、韓国は対話をする気持ちがなくなるではないか、と。 そうではない。北朝鮮の脅威を韓国社会が感じるとき、韓国社会は南北対話に期待するようになってきた。この傾向は過去三年間目立ってきている。‥‥2011年10月、韓国現代経済研究院は世論調査を実施し、‥‥‥この調査結果は、北朝鮮が韓国に対して軍事力行使すると、韓国では「だから北とは対話をしておくべきだった」という世論が多数を占めるという結果をもたらすことを示している。北朝鮮から見ると、韓国世論を北朝鮮との対話支持に変えるために、限定的軍事行使も有効だということになる。朝鮮半島の南北朝鮮の関係は、このように、われわれのもつ「常識」とはほど遠いのである。(192~193頁)
北朝鮮が韓国に軍事行動を実際に仕掛けても、韓国内では「だからこそ北と対話しよう」という反応になります。いくら殴られても「話せば分かってくれる」というのが、今の韓国が北に見せる態度なのです。
北朝鮮の論理は、核実験やミサイル実験と米朝関係改善、中朝同盟維持、南北対話再開は、同じコインの裏表の関係にある。強力な抑止力を完成して米朝関係を正常化し、朝鮮半島の問題は南北間の交渉にまかせてもらい、「南半分の解放」を完結したい。これが北朝鮮の大戦略なのである。(193頁)
北のこの「大戦略」が成功するのかどうか分かりません。しかし肝心の韓国が、お隣の北朝鮮が自分たちを解放(=併呑)しようとする意思を変えていないにも拘わらず、能天気に構えているのが現状だろうと思います。この能天気は、自分たち韓国は世界に影響を及ぼすほどの大国になった、それに比べ北は極貧国に留まっている、だから北の「大戦略」はあり得ない、という「自信感」から出てくるのでしょう。
お隣さんが自分の家を乗っ取るつもりで着実に事を進めているのに、自分の家では対策を練るどころか、お隣さんともっと話し合いしましょう、と言っているのと同じです。
外国人が通名で銀行口座を設ける場合 ― 2013/08/13
在日の通名が「特権」だとする主張がありますが、その根拠の一つに在日は通名で銀行口座が開けるのに日本人はできない、というのがあります。
まず日本人は通名で銀行口座を開けるかの点につきましては、10年前の2003年までは可能でした。これを「架空口座」とか「仮名口座」とか言っていましたが、通名どころかこの世には存在しない人の名義、あるいは飼い犬の名前でも口座を開くことができたのです。この目的は脱税であったり違法商品取引であったりしますが、当時は架空口座・仮名口座を取り締まる法律がありませんでした。従って野放し状態だったのです。それが2003年にようやく法律(本人確認法)ができて、架空口座や仮名口座は作れなくなりました。
次に在日外国人の場合も日本人同様に、2003年までは通名であろうが架空名であろうが何でも可能でした。それが2003年以降はこれも日本人同様に、本人確認書類が必要になりました。外国人の場合は外国人登録済証、あるいは今でしたら住民票になるでしょう。この外国人が通名を登録していたら、この通名が外国人登録済証・住民票に併記されていますから、本人確認できることになり通名での口座を開設できます。銀行には通名の裏付けとなる本名も当然ながら把握されていることになります。
これは私のかなり以前の体験ですが、アフリカ出身の留学生がアルバイトに来ました。賃金振込の銀行口座通帳を見ると、名義と印鑑の名前が違っていました。聞いてみると、当初本名で印鑑を作ったのだが、本名をカタカナ通りに日本語風のイントネーションで発音されると、かなり違和感がある(どうやら本国では卑猥語か悪口のようでした)とのことで、通名を登録してこれで通帳を作り直した、印鑑は新たに作るのが勿体ないのでそのままにした、とのことでした。それはともかく名義と印鑑の名前が違うことを銀行が認めており、振り込まれた賃金は本人の手に届くからとして、そのまま通しました。その時に外国人の通名は各自によって様々な事情があるんだなあと思いました。
外国人の登録通名は本名とともに把握され本人確認されていますので、架空口座・仮名口座ではありません。従って犯罪・不正行為に利用することは困難です。またこの登録通名の任意変更は、それを疎明する資料が必要です。
【拙稿参照】
外国人の名前が日本文化に馴染まない例 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/17/6662794
外国人の名前 ― 2013/08/16
どうして通名が必要なのでしょうか?
外国と日本とでは文化が違いますので、名前に対する感覚も違ったりします。日本では本名=戸籍名=日常生活で使う名前、となるのがほとんどですが、そうでない国も少なくありません。
通常外国人はパスポートに記載される名前が「本名」となります。ところが本国ではパスポートにある本名よりも通名に馴染んでいる外国人がいます。おそらく、諱=本名忌避の習慣が残っていて、本名は特別な儀式以外には使わない国のようです。こういう外国人が日本で生活する場合、本名より通名を希望する場合があります。
また日本人男性と結婚した外国人女性の場合、すぐには帰化できませんから、日本風に男性側の名前を名乗ろうとすると、通名を使うことになります。
外国人の本名はカタカナ書きするのが普通ですが、このカタカナを日本語の発音とイントネーションで言うと、本国では悪口もしくは卑猥語となる場合があります。日本では本名はそういうように呼ばれるのですから、本人は嫌な気分になるようです。こういう時は、通名は便利なものです。
外国人の本名が日本では馴染まない場合もあります。本名が日本では卑猥語あった場合、日本で暮らすとからかわれることになります。
韓国人の女性で時々、名前の中に「男」が入る場合があります。この本名のまま日本で生活するとなると男性と間違われることになります。この時は「南」という日本語でもハングルでも同音の漢字で通名を使う人がいます。
日本でも有名人の「呉善花」さんは、韓国では親に付けられた名前が男性風の名前であったため、幼い時から「善花」という女性風の名前を名乗り、親戚や近所もこれを使っていたようです。彼女はこの名前に馴染んでしまっているので、来日してもこれを通名としたとのことです。ただしこれ未確認情報ですが、あり得る話です。
外国人にとって、異文化の日本で生活する場合、本名そのままでは不都合あるいは違和感を持つことがあります。希望すれば通名登録できますよ、は悪い制度ではないと考えます。
外国人の名前が日本文化に馴染まない例 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/17/6662794
外国人の通称名はワガママか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/09/09/516945
問題と成っているのは、2つ以上の名前を自由自在に使える事に問題があると思われませんか?
普通、通名というのは日本人でも外国人でも、自由にいくらでも付けられます。ペンネームや芸名があり、また婚姻後も旧名を通名として使っている人も多いです。現役の日本政治家にも、通名で立候補し当選する方がいます。これらは「2つ以上の名前を自由自在に使える」事例でしょうが、特に問題になったことはないでしょう。
外国人の場合、通名を登録することが出来ますが、これは一つだけであり、変更する場合には疎明資料や身分行為資料等が必要です。登録通名は公権力により管理されています。
日本人の場合、通名登録制度はありません。
高句麗広開土王碑は全世界人民のもの ― 2013/08/22
まずは標題と直接関係ない「任那」。5~6世紀ごろ、朝鮮半島南部にあったとされる「任那」という国がありました。『日本書紀』には、この任那に関する記事がすこぶる多いですが、朝鮮側資料には僅かに出てくるのみで、韓国の歴史学ではほとんど全くといっていい程に無視されています。 しかし僅かとはいえ朝鮮側資料に出てきます。調べてみると、それは次の三例のみであるとされています。(田中俊明、井上秀雄など日本の朝鮮史研究者による)
① 高句麗広開土王碑文(414)
② 真鏡大師宝月凌空塔碑(924)
③ 『三国史記』列伝「強首伝」(1145)
このうち①の広開土王碑については、私も「朝鮮側資料」だと思っていました。ところが最近になって、岩波書店『日本書紀 上』(日本古典文学大系67 1967年3月)の587頁にある「任那」の補注では、「朝鮮資料」としては②と③の二例のみを挙げており、①は最古例資料として中国の史書『宋書』と一緒に並べて挙げられていることを発見しました。
つまり広開土王碑は朝鮮側史料ではなく、中国側資料の中に入れているのです。ということは、広開土王碑は日本の歴史学界では中国側資料に入れる考え方と、朝鮮側資料に入れる考え方の二つがあることになります。
現在広開土王碑は中国領内にありますから、中国が保存・管理の責任を負っており、実際にその責を果たしています。これから考えると、広開土王碑は中国側資料と言えます。
一方韓国では、高句麗はわが民族の国であるからその遺跡・遺物もわが民族のもの、高句麗が支配していた土地もわが民族のものとする考え方が根強くあります。従って広開土王碑を中国側資料だと言えば、韓国から総スカンを食うことでしょう。逆に日本人研究者が広開土王碑を「朝鮮側資料」に入れるのは、韓国側のナショナリズムに肩入れすることになります。
しかしこちらは日本ですから、高句麗が韓国・朝鮮かそれとも中国かなんて、関係ないものです。韓国側の「高句麗の故地である満州は我が領土」というナショナリズムに巻き込まれてはいけません。高句麗は高句麗であって韓国でも中国でもないと答えるだけでしょう。あるいは、高句麗は北半部が中華人民共和国領、南半部が朝鮮民主主義人民共和国領、そして大韓民国の領内には高句麗はわずかな痕跡しかないと答えるぐらいでしょう。だから広開土王碑は中国人のものでも韓国・朝鮮人のものでもない、全世界人民の財産だと答えるのが一番いいのかなと思います。
【拙稿参照】
高句麗は韓国か、中国か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/22/1812668
高句麗―韓国か中国か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/09/28/3787613
『韓国・朝鮮史の系譜』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/05/07/6803186
『韓国・朝鮮史の系譜』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/05/10/6805823