総督府は「国家」2008/03/01

 ちょっと時間が経っていますが、2007年8月29日付けの韓国の新聞(朝鮮日報)に、視覚障害者団体の意見広告が掲載されました。

 >政府はもっと無資格按摩行為を防止せよ!>  >視覚障害者の生存権である按摩業を保障せよ!>

などのスローガンに続く解説のなかに、次のような一文があります。原文を忠実に訳します。

 >按摩業は視覚障害者の経済的自立のために、国家が1912年から視覚障害者に専門職種として教育させてきた生業次元の権利であります。>

 1912年と言えば、日韓併合後間もない時期です。それまでの視覚障害者がどのように生きていたのか資料が見当たりませんが、朝鮮総督府は彼らを自立させようと日本風の制度を導入したようです。そしてこれが現在の韓国に連綿と受け継がれてきたということのようです。

 ここで注目すべきことは、韓国の今の障害者団体がこの当時の総督府を「国家」と表現していることです。  この意見広告を見る限り、彼らには総督府という「国家」と現在の韓国という「国家」とは繋がっています。  つまり総督府施政(=植民地体制)を肯定していることになります。

 韓国人の歴史認識・国家意識を考える上で、ちょっと興味深く読みました。

コメント

_ 通りすがり ― 2008/03/01 12:41

イザベラ・バードの「朝鮮紀行」講談社版505Pにパンスという盲目の呪術師という生業があったことが記述されていました。パンスは李朝末期には社会的地位を落とされたとのことてすが、ギルドを構成していたとのことで、それなりの数がいたのだと類推できます。
それと、68Pにはソウル市内で盲人は、八時~十二時の女性のみが市中にいる時間帯に例外的に外出を許可されていたとありますので、それなりの生活は出来ていたようです。

_ barrett_hutter ― 2008/04/18 19:27

実は日本の民間療法の施術士(整体、按摩、針治療など)に関しても、戦前は日本政府はあまり積極的に資格保証などの国家管理をしてなかったのですが、終戦後GHQの指令により、これらの民間療法が非科学的であるとして禁止されそうになりました。それに対する施術士側(全国療術協同組合)からの働きかけもあり、国家による資格認定が昭和30年頃までに完備されるのです。

この点に於いて、同じように米国による間接的統治があった独立後の韓国で、どのような施策がされたか、個人的に興味深いものがあります。この辺りの資料をもしお持ちでしたら、お教え頂けると、大変有り難いのですが。もちろん、間接的な資料でも結構ですから、お教え頂ければ、幸甚です。

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