鄭在貞教授が見る日韓歴史共同研究(1)2014/01/01

 鄭在貞さんは韓国の典型的な歴史学者として、日本でも割とよく知られた人です。彼の著した歴史書が日本語に訳されており、また古田博司さんや鄭大均さんなどが彼のことを取り上げてきました。彼をインタビューした記事が『週刊朝鮮』2283号(2013年11月25日)にありました。まずはどのような人物なのかから訳します。

鄭在貞(62)ソウル市立大学教授(国史学)‥‥2009年から2012年まで東北アジア歴史財団で2期理事長を勤めた鄭教授は共同歴史教科書に立ち塞がる難関が何かを誰よりもよく知っている人物。2001年と2007年に出帆した1、2期韓・日歴史共同研究委員会にすべて幹事として参加し、日本の歴史学者たちと韓・日の歴史の争点について討論し、共同報告書を出した経験がある。(『週刊朝鮮』2283号 34頁)

 日韓歴史共同研究委員会が作られた経緯について、鄭さんから見ると次のようになります。

「1993年の河野談話以後、7種類の日本の中学校教科書がすべて慰安婦問題を記述し始めるや、安倍など自民党の強硬右派議員たちが‘歴史教科書が間違って書かれている’と声を高めて、これによって‘新しい歴史教科書の集い’のようなものが作られ、歴史歪曲の波紋を引き起こした扶桑社教科書に続いたということです。2001年、扶桑社の教科書が検定を通過するや、1998年に日本を訪問して小渕恵三総理と韓日パートナーシップを宣言した金大中大統領は非常に当惑しました。東アジアの平和のために努力したことがノーベル平和賞を受賞した理由であったという状況から、金前大統領はどうやってでも日本との歴史葛藤を解決しようとして、そこで出てきたアイデアが韓・日歴史共同研究委員会です。」(36頁)

 鄭さんはかつての日韓歴史共同研究員会の韓国側幹事を務めた方で、日本の歴史教科書問題を韓国の意向に沿って解決しようという意図がありました。その時はそれがうまくいかなかったのは周知の通りですが、それでも最近韓国の朴大統領が日韓中の三国で共同歴史教科書作成しようと提案したことに対し、鄭さんは高く評価しました。

鄭教授は韓・日関係が最悪の局面の状態を迎えている状態で、朴大統領が共同歴史教科書のイシューを取り上げたこと自体は望ましいことだと評価した。朴大統領は去る11月14日に開かれた国立外交院設立50周年の記念国際学術会議の開会式の祝辞で「私は東北アジアの平和協力のために先ず域内の国家が東北アジアの未来に対する認識を共有せねばならないと考えます。」と、韓・中・日の共同歴史教科書発刊を提案した。これに対して日本も去る11月15日、下村博文文部科学相の記者会見を通して「大歓迎」という立場を明らかにした。(34頁)

 このように朴大統領の提案を高く評価する理由は、鄭さん自身が日韓共同研究の再開に向けて、この1年の間に日韓両国間で動いていたからと思われます。

去る5月と7月に日本を訪問し、外務省と総理府の核心関係者に会って、3期韓・日歴史共同研究委員会再開の可能性を打診して帰ってきた鄭教授は「日本の雰囲気が変わった」と強調した。「韓・日歴史共同研究委員会1、2期の活動に参加していた日本の学者たちは大体に‘共同研究をしてみて何をするのか?’という反応が多かったです。韓国の学者たちに会ってみたら‘ケンカばかりして疲れる’という言葉だったと日本政府側に話しましたよ。しかし昨年の秋から雰囲気が変わりました。韓・日関係が悪化しながら、特に歴史問題で韓・日関係が膠着状態に陥いるや、歴史問題がこのように両国関係の足の引っ張り合いをするようになるのかという懐疑が日本でも起き始めました。その結果、歴史共同研究を始めて、出口を探そうという意見が台頭した状態です。」(34頁)

 「昨年の秋」は2012年のことですから、李明博大統領が8月に竹島を直接訪問したり、天皇の謝罪を求める発言をしたりして日韓関係がかなり緊張した直後で、日本国民の韓国に対する感情が急速に悪化し始めた頃です。その時に鄭さんが「歴史問題がこのように両国関係の足の引っ張り合いをするようになるのかという懐疑が日本でも起き始めました。その結果、歴史共同研究を始めて、出口を探そうという意見が台頭した状態です」と言います。こういった「懐疑」「出口を探そうという意見」を鄭さんに話した日本側の人物は誰なんでしょうねえ。

鄭在貞教授が見る日韓歴史共同研究(2)2014/01/04

 鄭さんはかつて行われた日韓歴史共同研究について、次のように振り返ります。

1、2期韓・日歴史共同研究委員会の最も大きな争点は教科書だったという。我々側は出発時から日本の右翼が挑発した教科書問題を、共同研究を通して解決あるいは緩和することを望んだが、日本側は教科書問題を扱うこと自体を避けたという。「1期の時は日本側が教科書問題を扱わないようにしようと強力に主張し、古代、中近世、近現代の三つの分科会だけで運営しました。しかし2期の時は我々が強力に要求し、教科書分科会を作ることにしました。しかし日本側は教科書執筆者たちの立場を考慮せねばならないといって、教科書の内容自体には触らないようにしようと言ったのですよ。(『週刊朝鮮』2283号 35頁)

「共同研究委員会の報告書を市販しないようにしようと言うぐらいに、日本の学者たちは歴史問題で間違いをしたら脅迫を受けることがあるという憂慮をします。だから日本側は2期共同研究委員会で教科書分科会を作ることはしましたが、両国の教科書制度のようなことだけを扱おうとしたんですよ。」(35頁)

2007年6月出帆した2期共同研究委員会では、両国の学者たちが激烈にケンカしたことも多かったという。教科書問題による葛藤もあったが、人的構成でも出発から難航が少なくなかったということだ。「2期は韓国の盧武鉉政権と日本の安倍1期政権の時に出帆したんですが、激しいケンカの様相でした。日本では盧武鉉政権が日本に批判的な民族主義性向や運動圏出身の学者を布陣させたという疑いを持っており、これに対抗して日本側も強硬な学者を布陣せねばならないという声が出てきました。特に歴史教科書に関心が多かった安倍総理の右派性向の‘新しい歴史教科書の集い’など、自分の気持ちに合う学者たちを共同研究委員会に入れようとしたりして、これに反発して日本側の委員長内定者が辞退する事態も起こりました。日本の学者たちも‘一言は言ってやろう’という雰囲気だから、最初から手続き上の問題などでケンカすることが多かったんですよ。」(35~36頁)

 教科書問題では、韓国側は日本の「右派」的教科書を排除させるという意図があり、一方日本側は両国の教科書を等しく取り上げようとしました。だから最初から意見が食い違い、かなり紛糾したようです。しかし鄭さんはこれまでの経験から、次回の共同研究では日本側を説得できるものと思っているようです。

鄭教授はこれから朴大統領の提案通りに共同歴史教科書を作るための作業が始まるとしても、韓・日歴史共同委員会1、2期の成果を引き継ぐ3期委員会が主軸となるのが望ましいと強調した。「2期まで積み上げた成果はこれから生産的議論が可能な土台です。これを簡単に無視して、再び原点から始めるならば、またケンカを繰り返す憂慮が大きいです。特に1、2期に参加して日本側を説得するノウハウを持った人たちが3期にも参加するのが望ましいです。」(36頁)

 次回の共同研究委員会は、韓国側は日本を説得できる方法を知っているとして、これまでと同じメンバーで臨むようです。おそらく鄭さんは、日本側がこれまでのようなズケズケ言うような歴史家は参加しないだろうと踏んでいるものと思われます。

 1、2期歴史共同研究で鄭さんが討論した相手の日本側の学者さんの一人が古田博司さんです。古田さんはこのごろ産経新聞だけでなく、いわゆる嫌韓雑誌にもよく投稿されていますが、そこに出てくる鄭さんに対する感情はなかなか厳しいものです。最近出た『WILL』2014年1月号に、古田博司さん「否韓三原則を貫け、安倍総理」と題する論考がありますが、そのなかで鄭さんについて次のように書いています。

真に不気味なのは、相手の腕を急にぎゅっと掴んで、はめている腕時計が自分より上か下かの価格の値踏みをすることである。ローレックスかオメガか何なのかを確かめようとする。日韓歴史共同委員会の韓国側幹事だった鄭在貞教授にこれをやられた時に戦慄が走り、総毛立った。ハイエナが屍肉を見分けるような舌なめずりの下品さである。こういうことを本当にする。   鄭在貞という人物は、のちに東北アジア歴史財団という韓国反日機関の理事長になり、国際交流基金から日韓のよき理解者として賞を与えられた。真に恥ずべきことである。(『WILL』2014年1月 42頁)

 古田さんはこれまでの共同委員会に参加してきました。その彼が、次回でもおそらく韓国側の幹事となるであろう人の具体名を挙げてこのように書いたのです。もはや古田さんは参加しないでしょう。おそらく古田さんだけでなく、他のメンバーも次回の共同委員会には参加しないでしょう。とすれば、次回は鄭さんが望むところの人たち、つまり鄭さんが考えている「日本側を説得するノウハウを持った人たち」の説得に応じやすい日本人学者たちが参加することになるのではないかと思われます。

 鄭さんには民間同士での共同歴史研究を行ない、共同歴史教材を出版するという大きな成果を得たという経験があります。

(鄭教授は)韓・日政府が支援したこの公式的な共同研究活動以外に、自分が所属しているソウル市立大学と日本の学芸大学との10年にわたる共同研究を通して、去る2007年‘韓・日交流の歴史’という歴史教材を韓国と日本で同時に出版したりもした。先史時代から現代まで扱ったこの教材は、両国の学者たちが討論を通して合意に至った内容だけを盛り込んだ韓・日民間歴史研究の模範として受け入れられた本である。(『週刊朝鮮』2283号 34頁)

 鄭さんは次回の共同研究委員会でも、このような民間共同研究を「模範」としていこうと考えていると思われます。彼は委員会の日本側には‘韓国に物分りのいい良心的日本人’が選ばれることを予想しているのでしょう。

 憶測もまじえて書いてきましたが、当たらずとも言えども遠からず、と考えています。

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(1)2014/01/10

 ちょっと前に出た雑誌の嫌韓・反韓記事のなかに、‘韓国は漢字を廃止したから知的荒廃が進んでいる’というものがありました。こういう雑誌は立ち読みしかしないので、どの雑誌だったか忘れましたが、手元にある本では1年前の『いよいよ、韓国経済が崩壊するこれだけの理由』という本の「ハングル文字が韓国の成長を阻害している」章のなかにありました。

‥現在、韓国国民のほとんどが漢字を読めません。 これによって韓国の知的荒廃が進んでしまいました。‥‥(三橋貴明『いよいよ、韓国経済が崩壊するこれだけの理由』ワック 2013年1月 96頁)

 「知的荒廃」なんて何を根拠に書くのかと思っていたら、それは呉善花さんの『漢字廃止で韓国は何が起きたか』(PHP 2008年10月)がネタ元のようです。三橋さんは呉さんが書いた内容だけでなく、表現まで含めてそっくりの文を書いています。つまり三橋さんの96頁の部分は自分で調べたのではなく、5年前の呉さんの文章を検証もせずになぞっただけの文章なのです。学生が宿題レポートでこんなものを出したら、赤点=不合格で返されることは間違いないレベルです。文筆を業とする人がこれではねえ‥‥。

 ところで呉さんのこの本、その小節の小見出しに「漢字廃止が戦後韓国の知的荒廃を推し進めた」「漢字廃止が国民の思考水準を低下させた」「言葉の概念の広がりと深さを失った韓国人」というものが並んでいます。この本の中身をちょっと検討してみます。

 韓国では漢字が廃止されていますから、漢字語は全てハングルで表記されます。例えば「精神」は「정신」、「運動」は「운동」となります。では韓国語のどの程度が漢字語かというと、呉さんによると

韓国語の語彙は、日本語以上に漢字語の影響が強く、一般の文書で使われている語彙の約70%が漢字語で、公文書となると90%以上が漢字語だといわれる。(呉善花『漢字廃止で韓国は何が起きたか』PHP 2008年10月 25頁)

 70%、90%という数字が出てきます。これが正しいかどうかは分かりませんが、書き言葉に漢字語が多いのは事実です。呉さんは更に次のように論じます。

漢字語を教えなければ韓国語のほとんどはわからなくなるから、音だけでたくさんの漢字語を教えることになる。しかしそれでは、表意文字としての漢字が歴史的に生み出している意味空間をとらえきることができない。つまり正確な概念規定をすることができないのである。‥‥‥高度な精神性と抽象的な事物に関する語彙、倫理、道徳、哲学、芸術、科学――いってみれば文明語彙のほとんどが、韓国の一般の人々にはもちろんのこと、かなりのインテリにも正確に理解されないまま、しだいに遠く無縁なものとなっていかざるを得ないのである。  いまの韓国語では深遠な哲学や思想の議論はまず成り立たない。いかに朱子学の伝統を誇っても、あの気学の概念展開をハングルだけで理解することはできない。ハングルだけで世界的な水準をもった哲学論文を書くこともほとんど不可能である。日本語か西洋語でやるしかない。(『漢字廃止で韓国は何が起きたか』41~42頁)

 韓国では漢字語もほぼすべてがハングルで表記されています。日本人なら漢字を見て大体の意味を取りますが、韓国人はそれができませんので、その単語自体の意味を覚えて解釈することになります。例えば「雨傘(あまがさ)」は日本では「雨(あめ)」と「傘(かさ)」二つに分けて、それぞれの漢字から言葉の意味を捉えます。一方の韓国人はハングルの「우산」とこの二文字で「雨の時に差す傘」の意味と捉えます。「우」と「산」とに分けることはありません。

関連して「傘下(산하)」という言葉を例にすると、日本人は「傘の下」だから何か一つの下に寄り集まっている状態を思い浮かべることができますが、韓国人はハングルの「산하」の二文字が「ある勢力・組織体の管轄のもと」という意味だと覚えており、これが元々は「傘の下」のことだという発想はありません。だから「우산(雨傘)」の「산」と「산하(傘下)」の「산」が同じ漢字であり且つ同じ意味だということがなかなか分かりません。

 日本人から見れば漢字を覚えておけば分かり易いのに‥‥となりますが、韓国人はこれで慣れているので、言葉の中身をいちいち分解して意味を考えることをしません。どちらがいいのかと問われれば、日本人は日本風に慣れているのだからそれがいいし、韓国人は韓国風に慣れているのであるからそれがいい、としか言いようがありません。

しかし呉善花さんは「いまの韓国語では深遠な哲学や思想の議論はまず成り立たない」と言います。その具体例を提示してくれていないので何とも言えませんが、韓国にはそれなりの哲学や思想の本がありますし、哲学辞典なんかもあります。果たして「哲学や思想の議論は成り立たない」と言えるのでしょうかねえ。

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(2)2014/01/12

 呉善花さんの所論の大きな問題点は、具体例を提示していないことです。「抽象度の高い思考を苦手とするようになった」(58頁)、「漢字廃止が戦後韓国の知的荒廃を推し進めた」(62頁)、「漢字廃止が国民の思考水準を低下させた」(69頁)と論じるのであれば、まずは韓国の「抽象度の高い思考を苦手とする」や「知的荒廃」、「思考水準の低下」の具体的事例を提示して、それが漢字廃止に原因があることを証明せねばなりません。

 この証明はそれほど難しくないでしょう。漢字廃止以前に書かれた高い水準を示す論文と、漢字廃止以降に同じテーマで書かれて水準が高いとされる論文とを比較して、水準の低下が見られるのかを検証すればいいわけです。しかし呉さんの本には、そういった論証が見当たらないのです。つまり呉さんの主張には‘抽象度や水準の高い思考’とはどういうものであり、それが漢字廃止によってどのように低下していったのかが跡付けられていません。

 もう一つは韓国よりもはるか以前に漢字を廃止した北朝鮮やベトナムとの比較がないことです。北朝鮮の「知的荒廃」は周知の通りですが、果たしてそれが漢字廃止によるものなのかどうか。私は社会主義体制や主体思想というところから起因するもので、漢字廃止とは関係ないと考えています。またベトナムも早くから漢字を廃止していますが、そこでも「知的荒廃」や「思考水準の低下」現象が起きているのかどうかという検証も必要でしょう。

 さらに呉さんは「ハングルだけで世界的な水準をもった哲学論文を書くこともほとんど不可能である。日本語か西洋語でやるしかない」(42頁)と書いているように、西洋語では「世界的な水準をもった哲学論文」が可能としています。西洋語はハングルと同様の表音文字(アルファベッド)で表記し、漢字のような表意文字はありません。つまり呉さんは西洋語の場合、表意文字(漢字)がなくても高度な精神性と抽象性は表現できるとしているのです。同じ表音文字を使いながら一方では水準の高い哲学論文は可能であり、他方では不可能だとしているので、そこは丁寧な論証が必要なところです。

 呉さんの本を読んで思うに、彼女の主張には「漢字の廃止」と「漢字語(=概念語・専門語)の廃止」とが混乱しているのではないかという思える節があります。漢字語には呉さんが言うように「高度な精神性と抽象的な事物に関する語彙」が多いので、これが無くなれば確かに「高度な精神性と抽象的な事物」の考察は困難になるでしょうが、漢字語はハングルの形で残っているのです。漢字の廃止によって漢字語がハングルで書き表されても、その言葉に「高い精神性と抽象性」が含まれていれば別に問題はないのではないかと思います。

 彼女は、例えば「内容」が「中の肌」というように漢字語が固有語に置き換わることになってしまうと「概念として必要な抽象度を獲得することができない」(35頁)と論じています。これは十分にあり得る話ですが、しかしこれでは「漢字の廃止」ではなく「漢字語(=概念語・専門語)の廃止」のことになりますので、彼女の本来の主張とは論点がずれています。

 呉善花さんの「知的荒廃」「思考水準の低下」論は嫌韓・反韓感情を持つ日本人には耳に入りやすいものですが、中身はいかがなものでしょうか。

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(3)2014/01/15

(漢字を廃止した韓国では)新聞や雑誌や書物のなかに、意味不明の言葉(漢字語をハングル表記したもの)がたくさん出てくることになる。ハングル専用世代はしかたなくそこを読み飛ばす。そのため、実にいいかげんな読み方しかできないのが実状である。‥‥恐ろしいのは、意味不明の言葉を読み飛ばすことが習慣になること、そして自分の知らない漢字語がちょくちょく出てくるような書物や雑誌を読まなくなってしまうことである。たとえば、政治・経済を専攻しなかった者には、時事評論雑誌などを読むのはとてもつらいことになる。‥‥ジャーナリズムのほうも読者に合わせて語彙を選択するようになり、その悪循環から、概念語や専門語にきわめて乏しいまことに通俗的な文章ばかりが蔓延していくのである。(呉善花『漢字廃止で韓国は何が起きたか』59~60頁)

 これは漢字を使っている日本でも同じでしょう。日本人でも関心のない分野の漢字言葉はあまりに難しくて何のことやら分からず、端から読もうとしないものです。私なんかも全く興味のない分野の記事は、漢字は入っていますが読んでもチンプンカンプン。漢字を知っているはずの日本人でも漢字があっても読まない、或いは読もうともしない人はたくさんいます。関心のある人が理解して読むものです。

 韓国でもそれなりに勉強して関心のある人は、漢字語はハングルで書かれていても意味が分かっていますから、ちゃんと読んでいます。だから堅い新聞雑誌が会社倒産もせずに発行されているのです。「概念語や専門語にきわめて乏しいまことに通俗的な文章ばかりが蔓延」しているのは、漢字廃止とは関係ないことでしょう。

 大衆に分かり易くしようと思えば通俗的な文章にならざるを得ないし、資料を検証しながら論理立てて書こうとしたら概念語や専門語ばかりとなって多くの人が敬遠する文章となります。この概念語や専門語が、日本でも韓国でも漢字語となる場合が多いのは同じです。その漢字語が一方では漢字そのままを使い、他方はハングルで書き表しているのです。

 専門家であれば、数十年前の漢字ハングル混じりの資料は十分に読めます。いわば古文書史料と同様ですから、読めなければ専門家ではありません。学生が指導教授の昔の論文が読めないとか言われていますが、それは単なる勉強不足です。勉強不足の学生が多いのは嘆かわしいことですが‥。

 漢字廃止のために、普通の韓国人が昔の文献を読めなくなっているのはその通りですが、それは日本人が問題にすることではありません。漢字が無くなって韓国が困ろうがどうなろうが、こちらには関係のないことです。韓国語を勉強していない日本人が韓国の漢字廃止に反対意見を言う場合が多いのには、苦笑するしかありません。

韓国の性犯罪が半減ーKBSニュース2014/01/17

 韓国のテレビKBSニュースが昨日1月16日付けで、韓国における性犯罪が3年の間に半減したと報道しました。性犯罪者に電子バッジを強制的に装着させたり、性犯罪者の住所氏名身分を出所後も公開したり、時には薬品による去勢を強制したりするという強硬な政策が効を得たようです。

 性犯罪にはこのような強硬な対策が一番いいのかも知れません。しかし日本では人権侵害だという主張が出てくるでしょうから、難しいと思われます。

性暴力の被害が最近3年の間に半分ほどに減少したという政府の調査結果が出ました。 性犯罪に対する処罰を大幅に厳しくしたことによる現象だという分析が出ています。 南スンウ記者が取材しました。

10代の女性を性暴行し殺害した後、遺体まで毀損した青少年。 同じアパートで暮らす障害者の女性を性暴行した隣人の男性たち。 繰り返される性暴力犯罪に市民たちは怒りを爆発させます。

<インタービュー>李キョンソン(ソウル市 クムホ洞):「そんな問題はこの地球上にまた再び起きてはいけない問題なんだ‥‥

 このような性暴力被害を経験した割合が最近3年の間に半分の水準に減少しました。 全国の成人男女3,500人に面接調査した結果です。    性犯罪者への電子バッジ装着や児童青少年を相手にした性犯罪者の身分公開、化学的去勢制度の導入など、大幅に厳しくした処罰の影響だと分析されます。

<インタビュー>崔チャン(女性家族部 権益政策課長):「加害者にたいする処罰を厳しくし、性暴力予防教育を通して性暴力に対する認識を改めさせてきたことが一因として作用したものと見ています。  実際に身分を公開された性犯罪者の再犯率は0.1%の水準に止まりました。  性暴力減少のために一番に必要な政策は加害者に対する加重処罰であるという意見が最も多かったです。

<インタビュー>姜ソンヨン(ソウル市 ヨンサン区):「この世で最も陰湿な犯罪じゃないですか。醜悪だし。そんな犯罪ですよ。だから処罰を厳しくせねば‥‥。」 

政策の実効性が立証されただけに、性犯罪に対する処罰を厳しくする基調は、これからも続くものと見られます。        KBSニュース、南スンウ記者でした。

성폭력 피해가 최근 3년 새 절반가량 감소했다는 정부의 조사 결과가 나왔습니다.    성범죄에 대한 처벌이 대폭 강화된 데 따른 현상이란 분석이 나오고 있습니다.    남승우 기자가 취재했습니다.

<리포트>   10대 여성을 성폭행하고 살해한 뒤 시신까지 훼손한 청소년.    같은 아파트에 사는 장애인 여성을 성폭행한 이웃 남성들.     잊을 만하면 터지는 성폭력 범죄에 시민들은 분노를 터뜨립니다.     <인터뷰> 이경선(서울 금호동) : "그런 문제가 이 지구상에 다시는 한 번이라도 더 일어나면 안 되는 문제이고..."     이런 성폭력 피해를 겪은 비율이 최근 3년 새 절반 수준으로 감소했습니다.    전국의 성인 남녀 3500명을 면접 조사한 결과입니다.      전자발찌와 아동·청소년 대상 성범죄자의 신상공개, 화학적 거세제 도입 등 대폭 강화된 처벌의 영향으로 분석됩니다.     <인터뷰> 최창(여성가족부 권익정책과장) : "가해자에 대한 처벌을 강화하고 성폭력 예방 교육을 통해서 성폭력에 대한 경각심이 높아진 것이 원인으로 작용한 것으로 보고 있습니다."     실제로 신상이 공개된 성범죄자의 재범률은 0.1% 수준에 그쳤습니다.      성폭력 감소를 위해 1순위로 필요한 정책도 가해자에 대한 가중 처벌이란 의견이 가장 많았습니다.      <인터뷰> 강선영(서울 용산구) : "세상에서 가장 어두운 범죄잖아요. 추악하고. 그런 범죄잖아요. 그러니까 (처벌을) 강화를 해야죠."      정책의 실효성이 입증된 만큼 성범죄에 대한 처벌 강화 기조는 앞으로도 이어질 것으로 보입니다.       KBS 뉴스 남승우입니다.

【拙稿参照】

韓国の性犯罪 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/08/31/6560292

『SAPIO』の間違い記事 「韓国の強姦は日本の40倍」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/09/6628993

韓国における強姦と強制わいせつ件数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/03/17/6748307

韓国の盗撮事件   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/02/6884663

韓国の盗撮事件(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/09/6895271

韓国の盗撮事件(3)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/29/6964341

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(4)2014/01/19

韓国語の語彙は、日本語以上に漢字語の影響が強く、一般の文書で使われている語彙の約70%が漢字語で、公文書となると90%以上が漢字語だといわれる。(呉善花『漢字廃止で韓国は何が起きたか』PHP 2008年10月 25頁)

 70%、90%という数字が出てきますが、果たしてこの数字は裏付けがあるのかどうかです。朝鮮語研究者の前田真彦さんは、韓国のニュースと韓国ドラマ「冬のソナタ」に出てくる語彙を調査し比較しています。

ニュースで使用される名詞のうち、3分の2程度が漢字語です。それに対して「冬のソナタ」は逆に3分の2程度が固有語です。‥‥ニュースの動詞の50%近くが漢字語で、「冬のソナタ」の動詞はほとんどが固有語だということがわかる(『韓国語 上級への道』白帝社 2009年3月 13頁)

 漢字語はほとんどが名詞に使われます。動詞・形容詞にも漢字語がありますが、これは名詞を動詞化・形容詞化したもの(例えば운동하다=運動する)ですから、元は名詞です。他には副詞に若干の漢字語があります。前田さんによると名詞のうち67%が漢字語ですから、呉さんの「70%」は間違いありません。しかしドラマで使われる言葉はほとんど日常語ですから、ここでは逆に漢字語でない固有語が67%、つまり漢字語は33%しか使われていません。

 これは日本語でも割合は違うと思いますが、傾向は同じです。日本語も韓国語も新聞や論文等で使われる言葉には漢字語が多く、日常会話では漢字言葉は少ないものです。従って通俗的な文章には、漢字語は少なくなります。

 日本でも韓国でも、検証や論理立てるような文章には漢字語が多くなります。その表現の仕方が一方では漢字をそのまま残し、他方ではハングルに置き換えたということです。

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(5)2014/01/22

 韓国では漢字語をハングルで書き表します。この弊害として指摘されるのは、同音異義語の区別ができないことです。

 ハングルだけで表現することは同音異義語の区別が難しくなります。例えば「防火」と「放火」、「陣痛」と「鎮痛」などはハングルで書くと同じですが、意味が正反対です。

 実際に起きた事件でよく取り上げられるのは「防水」と「放水」です。ハングルではどちらも「방수」で全く同じですが、意味は正反対です。KTX(韓国高速鉄道)工事に使う枕木の製造マニュアルに「방수」と書かれていたのを、製造担当者が逆の意味に解釈して、防水材を入れねばならないのに水を注入してしまったという事件です。

 また「義士」と「医師」はハングルでは同じですから伊藤博文を暗殺した安重根「義士」をお医者さんと間違う人がいたり、「神社」と「紳士」が同じですから日本の靖国「神社」を靖国さんという名前の紳士と勘違いする人もいます。これらの例は韓国の新聞で報道されていますので、実際に起きたことのようです。それ以外に「技能」と「機能」、「量子」と「陽子」などはその分野での本のなかに出てくるものですが、やはり混乱するようです。

 そしてハングルで書く漢字語は漢字という裏付けがない状態ですから、本来の意味から離れてトンデモない方向に行く場合が出てきます。

 韓国のある市役所の案内書に「住民の方から陳情を受け付ける際に ‘불편부당’ な応対や不親切なことがありましたら‥」とありました。‘불편부당’はどの辞典をみても「不偏不党」という以外にありません。しかしこの市役所では「不偏不党」のハングルを「不便・不当」の意味に解釈して使っているのです。ハングルでは同じになりますが、意味は全く違います。漢字を知っていればこんな間違いは起こり得ません。しかしハングルだけの漢字語ではあり得ることです。ただしこの間違いは今の韓国でかなり普及しているようなので、市役所だけを責めるわけにはいきません。

 今は漢字を廃止してそう時間が経っていませんので、ハングルで書かれた漢字語の間違いはまだ少ないです。しかし漢字を知らないのですから、漢字語の誤りを間違いとは意識されなくなります。だからこれからは間違いが多くなっていくものと思われます。

 余りに多くなってくると今度は間違いが間違いでなくなり、逆に本来の正しい使い方が間違いに扱われる時代が来ることになるでしょう。また同音異義の混乱は、別の言い方(外来語や別の漢字語など)に置き換わるなどによって解消していくかも知れません。

 そうなれば韓国語は今と全く違った様相を示すことになります。おそらく将来の韓国人は現在の韓国人の文章を、同じハングルであっても読めなくなっているのではないかと思われます。だからといって呉善花さんが予想するように‘抽象度の高い思考を苦手とする’‘思考水準の低下’という現象が現れるのかどうか、今は何とも言えない段階です。

 言語は人間の意識を外部に表現したものですから、意識自体に「高度の精神性と抽象性」があれば、それを表現する言葉もそれに相応するものとなります。だからハングルだけであっても、それを表現できるだけの言葉になっていれば問題はないだろう、というのが私の考えです。

 しかし呉さんは言葉が「高度の精神性と抽象性」を表現できない形になれば、意識自体の「高度の精神性と抽象性」が不可能になると考えています。分かりやすく言えば、私は意識→言語、呉さんは言語→意識という考え方の違いです。

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(6)2014/01/27

 次に漢字廃止の弊害としてもう一つ挙げられるのが、数十年前の文献が読めなくなることです。漢字を知らないのですから、漢字がたくさん入った文章を読むのが難しいのは当然です。かつての漢字ハングル混じり文章は古文となり、その時代の文学作品は古典扱い、その当時の資料は古文書史料扱いされることになっていきます。従って過去の韓国人と現在の韓国人では、断絶が生じることになります。現在その断絶が進行していると見ていいでしょう。

 さらに先に書きましたように、漢字語が漢字の裏付けがなくハングルだけで書き表されるために、言葉の中身がこれからもっと変質していくでしょう。従って将来の韓国人は現在の韓国の新聞や論文が同じハングルで書かれていても読めなくなっていくものと予想されます。つまり更に断絶していくことでしょう。

 しかしこれは弊害になるのでしょうかねえ。かつての日本人が普通に嗜んできた崩し文字を今の日本人が読めないのと同じでしょう。それなりの訓練をして、一端の専門家の卵ぐらいになってやっと読めるようになります。

 また戦前の文献は旧仮名遣い・旧漢字ですから今の日本人が読むにはちょっと難しいです。読み慣れるのに時間がかかります。夏目漱石は新仮名・新漢字に直されているから現在の日本人が容易く読めるのであって、明治時代に発行された本を読むのには骨が折れるものです。

 1000年前の源氏物語なんかでは現代仮名・漢字に改められた文でもなかなか読みこなせません。ましてや当時の人がすらすら読んでいたはずの原文は、現代人は何年も研鑽修業を積んでやっと読めるものです。

 1300年前になると、万葉仮名の世界になります。これも当時の人はすらすら読んでいたことでしょう。しかし現代の日本人にはまるで外国語を読むかのごとしです。

 そこには過去の日本人と現在の日本人との断絶があるのですが、時の流れとして当然のことと受け入れられています。

 韓国は漢字を廃止したから昔の文献が読めず、従軍慰安婦問題のような間違った歴史を信じるようになったという主張があります。しかし漢字を読み書きできる日本人でも間違った歴史を信じる人はたくさんいますので、漢字廃止と歴史問題は関係ないものと考えます。

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(7)2014/01/31

 呉善花さんは漢字廃止が「知的荒廃」に繋がっていると主張しています。彼女は

一般的に知的な関心が低く、国民一人当たり年間平均読書量0.9冊という惨憺たる知的荒廃が生み出されている(71頁)

と記しているのですが、この数字の根拠を示していません。そこで韓国の読書量について調べてみました。文化体育観光部(日本の文部科学省に相当)の調査では、韓国の成人の読書量は2009年15.3冊、2010年16.6冊という数字が出てきます。呉さんとは二十倍近くの違いを見せています。 http://kyoposhinmun.com/print_paper.php?number=5305 

 ちなみに日本の文化庁の平成20年(2008)の調査では、日本人の月平均読書量は0冊が46.1%、1~2冊が36.1%、3~4冊が10.7%、5~6冊が3.3%、7冊以上が3.3%です。一冊も本を読まない日本人が46%とは、ちょっとビックリしました。 http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/yoronchousa/h20/kekka.html  この数字から日本人の年間平均読書量を計算すると、(0×0.461+1.5×0.361+3.5×0.107+5.5×0.033+9×0.033)×12ヶ月≒15.6冊ぐらいになります(「7冊以上」を9冊として計算)。

 つまり韓国も日本も読書量はほとんど違いがないと言えます。実際に韓国の本屋さんでのお客さんの込み具合は、日本とさほど変わらないというのが私の経験です。漢字廃止のゆえに読書量が少ないとする呉さんの説は成り立たたず、「知的荒廃」説は疑問です。

 漢字に慣れている我々日本人には、漢字を廃止してハングルだけとなった韓国語はちょっと取っ付き難い言語になっています。しかし他民族がどのような言葉を使い、どのような文字を使うかはそれぞれの勝手ですから、とやかく言う必要はありません。呉善花さんが予想するような「知的荒廃」「思考水準の低下」が実際に起きるかも知れませんが、それはこちらには関係のないことです。

 ただ隣国の動きには関心をもち、研究対象としておかねばならないことだけです。