漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(3) ― 2014/01/15
(漢字を廃止した韓国では)新聞や雑誌や書物のなかに、意味不明の言葉(漢字語をハングル表記したもの)がたくさん出てくることになる。ハングル専用世代はしかたなくそこを読み飛ばす。そのため、実にいいかげんな読み方しかできないのが実状である。‥‥恐ろしいのは、意味不明の言葉を読み飛ばすことが習慣になること、そして自分の知らない漢字語がちょくちょく出てくるような書物や雑誌を読まなくなってしまうことである。たとえば、政治・経済を専攻しなかった者には、時事評論雑誌などを読むのはとてもつらいことになる。‥‥ジャーナリズムのほうも読者に合わせて語彙を選択するようになり、その悪循環から、概念語や専門語にきわめて乏しいまことに通俗的な文章ばかりが蔓延していくのである。(呉善花『漢字廃止で韓国は何が起きたか』59~60頁)
これは漢字を使っている日本でも同じでしょう。日本人でも関心のない分野の漢字言葉はあまりに難しくて何のことやら分からず、端から読もうとしないものです。私なんかも全く興味のない分野の記事は、漢字は入っていますが読んでもチンプンカンプン。漢字を知っているはずの日本人でも漢字があっても読まない、或いは読もうともしない人はたくさんいます。関心のある人が理解して読むものです。
韓国でもそれなりに勉強して関心のある人は、漢字語はハングルで書かれていても意味が分かっていますから、ちゃんと読んでいます。だから堅い新聞雑誌が会社倒産もせずに発行されているのです。「概念語や専門語にきわめて乏しいまことに通俗的な文章ばかりが蔓延」しているのは、漢字廃止とは関係ないことでしょう。
大衆に分かり易くしようと思えば通俗的な文章にならざるを得ないし、資料を検証しながら論理立てて書こうとしたら概念語や専門語ばかりとなって多くの人が敬遠する文章となります。この概念語や専門語が、日本でも韓国でも漢字語となる場合が多いのは同じです。その漢字語が一方では漢字そのままを使い、他方はハングルで書き表しているのです。
専門家であれば、数十年前の漢字ハングル混じりの資料は十分に読めます。いわば古文書史料と同様ですから、読めなければ専門家ではありません。学生が指導教授の昔の論文が読めないとか言われていますが、それは単なる勉強不足です。勉強不足の学生が多いのは嘆かわしいことですが‥。
漢字廃止のために、普通の韓国人が昔の文献を読めなくなっているのはその通りですが、それは日本人が問題にすることではありません。漢字が無くなって韓国が困ろうがどうなろうが、こちらには関係のないことです。韓国語を勉強していない日本人が韓国の漢字廃止に反対意見を言う場合が多いのには、苦笑するしかありません。
コメント
_ ヒデ ― 2014/01/15 09:15
_ かい ― 2014/01/16 08:36
> 資料は十分に読めます。いわば古文書史料と同様で
> すから、読めなければ専門家ではありません。
数十年前の文献が専門家でなければ読めないようになってしまうということは、漢字ハングル混じりの資料は、欧米で言えばラテン語資料みたいになってしまうということですかね。
日本では、一般人でも、源氏物語、平家物語を原文で読めます。もちろん、多少の古語の知識は必要ですがね。
韓国では、昔の文学など、一般人には用がないということか?
> 漢字廃止のために、普通の韓国人が昔の文献を読
> めなくなっているのはその通りですが、それは日本
> 人が問題にすることではありません。漢字が無くな
> って韓国が困ろうがどうなろうが、こちらには関係の
> ないことです。
この点はまったく同意です。
_ 仮分数 ― 2014/02/11 12:21
問題は漢字をどのように読むかということです。日本では古くから漢文というテクニックを使って、中国語の文章を直接日本語で読んでいました。たとえば「愚公移山」に出会った時には、「移」と「山」の間に「レ」記号を書き入れて、直接日本語にして「愚公山を移す」と読みました。そして「愚公(ふつうの人)ですら(努力をすれば)山を移すことができる」と理解しました。これを音読みだけでカナにしたらどうでしょう。「グコウイサン」または、漢文式に「グコウサン(ヲ)イ(ス)」。これでも慣れの問題と片づけられるでしょうか。
私は漢文がすべてとは申しませんが、漢字という意表文字を受容して文明を築き上げてきたという、先人が残してくれた遺産とその知恵を尊敬をもって受け入れています。同時に、類似の発展を遂げた文明を参考にして、あるいは取り入れて、より優れた自国の文明を築くのも民族の誇りだと思います。
中国には電脳(コンピュータ)、電視台(テレビ)なとという優れた単語があります。ところが聞くところによりますと、これは電話、電視、電報など日本人語を手本して生まれた単語だそうです。文化・文明というものはこうして影響し合いながら育つのです。
◎ 韓国の人が漢字を読めなくて困っても、日本人が心配することこととではない
その通りですが、その通りとも言えません。呉善花さんが指摘するとおり、これによって日本理解が曲げられるのであれば、やはり日本人が憂慮すべき問題です。
_ K ― 2021/05/17 23:37
現役外交官時代、私は若手外交官の教育係を担当していた。そして、若手外交官にこれらの古典を読むことをすすめた。そこで、驚くべきことに気づいた。1982年に高校入学した以下の世代のほとんどの外交官が、古文、漢文を読み進めることができないのである。この年から実施された学習指導要領の改訂で、古典の学習時間が減り、大学入試でも古典(特に漢文)が課されない大学が増えたので、基礎学力がまったく身についていないからである。日本を専門とするロシア人外交官で、平家物語を原文ですらすら読みこなしたり、平安時代の王朝文学に詳しい連中は結構いる。古典を読解することで、日本人の心理を掴むという教育がロシアのインテリジェンス(情報)に組み入れられているのである。(『知の教室』佐藤優著 文春文庫P118~119)
外交官という知的エリートですら、日本の教育内容が変わった途端、かつては読めたものが読めなくなっている人間が増えるという現象が起こっていることがわかります。
韓国の専門家、知的エリート学生の間でも同様の問題がおこっていることはじゅうぶん考えられます。
また、『知的再武装60のヒント』という池上彰との共著ではこう言っています。
文語調のものが読めるのは、きわめて重要なことでもあるんです。ロシア革命のあと、ロシア語の文字を三つ変えるだけで、革命以前の文章が読めなくなった。中国も簡体字を導入したことによって、昔の文章が読めなくなった。それと同じで、GHQがやった文字改革というものが、いかにタチの悪いものだったか。新字新仮名にすることによって、戦前のものが読めなくなってしまいました。(文集新書 P60)
そう、まさしくこれは漢字を使っている日本でも同じなのです。そのせいで多くの日本人は戦前の思想にアクセスしにくくなっている。だから戦前の思想をよく知らないし、戦前の危険思想の劣化版ともいうべき思想が現代に流布していても、それに気づけないのです。
ただ日本は韓国(あるいは中国、ベトナム)と比べるとだいぶましで、少し旧字体や文語文を勉強すればなんとか読めるようになります。その程度の乖離で済んだのはラッキーでした。韓国では30年前の新聞すら読めなくなっているでしょう。事の重大さが全然違います。読めない本は売れませんから資本主義の社会では出版されなくなります。いよいよかつての思想を読み解くことが絶望的になってしまうのです。
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