水野・文『在日朝鮮人』(21)―同化2016/09/23

在日の同化について、この本ではどう論じられているのだろうかと、「同化」という言葉の出てくるところを探しました。

一方で、日本政府は、「帰化」をめぐる裁量権を名目にして好ましい者、つまり日本に完全に同化した者のみを日本国民とする政策をその後も押し通した。(127頁)

日本側のこうした同化主義は、韓国側の在日に対する「棄民政策」と裏表の関係にあった。65年、李東元外務部長官は、「在日韓国人は日本に同化される運命にあり、在日韓国人に対して、そのような方向での日本国民の配慮を期待する」と語り、当時の韓国政府の認識を露わにした。(160頁)

戦後20年を経てもなお、日本社会は、自らの歴史が産み落とした民族的少数派の存在を、「禍根」や「異様」としてしか見なしえず、在日朝鮮人は弛まない差別や同化の圧力に直面していた。(165頁)

総連など既存の民族団体や在日の知識人・作家の多くは、この「市民運動」(日立就職差別裁判闘争のこと)に対して日本の大企業に就職することは「同化につながる」としてつよい警戒心を示した。‥‥日立闘争を支援する崔承久の行動や発言が「同化を助長」すると批判され、青年会会長職を解かれるという一幕もあった。(177・180頁)

佐藤勝巳は、80年代に入ると、在日の同化が「自然の流れ」であると主張するなど日立闘争を闘った時代から大きく変貌していくが(200頁)

飯沼は、その論旨を次のように要約している‥‥二世以下の人々は‥‥祖国とのきずなを堅持しなければならないし、もし、そのきずなを手離してしまったら、もはや日本社会のなかに同化されてしまうほかないだろう。(200頁)

在日朝鮮人は、相変わらず、地域社会の異物、もしくは部外者としての同化か異化かの二者択一の生を余儀なくされていたのである。(209頁)

在日朝鮮人に対してはそれまで同化か排除の姿勢で貫いてきた日本の入管行政(212頁)

民族名を維持したまま日本国籍を取得するケースも増えているが、日本社会の同化圧力は依然として強く、そうした事例は多いとはいえない。(214頁)

かつて理想郷とされた北朝鮮イメージの失墜は、在日二世や三世の帰化や同化を促す要因ともなっている。(222~223頁)

在日朝鮮人の同化や「帰化の雪崩現象」(229頁)

 以上のように、この本の基本的な考えは「同化」は悪いということです。 民族主義的観点からすると、同化は民族性を喪失することを意味しますから当然悪いことになります。しかしそんな観点から離れると、人間は生まれ育った場所に将来も生活して一生を終えると決心したならば、その社会に馴染もうとするものですから多かれ少なかれ同化していくのは当然です。

 今の在日社会はもう三・四・五世の時代なので、祖国とは切れている場合が非常に多いです。 ですから一日24時間・一年365日の生活なかで、祖国の人たちと共通する民族性はほとんどなくなっています。 祖国の人たちとはコミュニケーションが出来ず、また冠婚葬祭などの重要な家内行事に祖国の親戚と共に参加することもなくなってきています。 日本への同化現象は顕著で、もはや同化は終了したと言ってもいいでしょう。 従って在日の若者たちの同化を憂慮したり嘆く段階はとっくに過ぎたのです。 このあたりの事情について、朴一さんの『<在日>という生き方』(講談社 1999年11月)では、次のようにまとめています。

これ以上「同化」しようない    ‥‥在日の新しい世代の動向を「同化」という言葉ではくくれないことがわかるだろう。   そもそも「同化」とは、一世のようにもともと朝鮮人としての民族的属性を備えた人びとが少しずつその属性を失い、「日本人化」していくことを意味する。 東京大学の山内昌之は同化現象を「移民が保持していた出身国の文化や慣習を放棄して受入れ国の文化や慣習を取り入れて別の存在になること」と定義しているが、この定義に依拠するかぎり、国籍をのぞけば、最初から日本人とほとんど変わらない三世・四世が日本人に「同化」するというのは、かなり奇妙な表現である。‥‥彼らは、成長の過程で民族にめざめて、母国語を学習したり、民族文化にふれるなど、コリアンとしての民族的属性を獲得していくことはありえても、これ以上「同化」=「日本人化」しようがないというのが実際である。 というのも、国籍を除いて日本人と変わらない彼らは、「同化」の前提となる民族的素養を最初から身につけていないからである。」(26~27頁)

 朴一さんがこの部分で論じているように、在日の同化は終了したと言っていいでしょう。 従って同化を悪として、日本社会が在日に「同化圧力」をかけているというような言い方をそろそろ止めるべきです。  日本社会が何も「同化圧力」をかける努力は必要ないのです。 これまで在日の父母たちは家庭内で朝鮮語を使わず、子供たちの同化傾向を叱りつけることもなかったのですから。 子供がこの人と結婚しますと日本人を連れてきても、何十年か前は勘当でしたが、その後は仕方ないと認め、今は祝福する時代になっているのです。

 つまり在日社会はこれまで口先では同化は駄目だと言いながら同化を拒否する努力をせず、実際に同化を受け入れてきました。 日本社会からの「同化圧力」云々の主張は、責任を日本側に転嫁して日本社会に対して闘いたいという反日思想を表明しているに過ぎません。 今は在日の「同化」が終了したことを前提にして、ルーツを大事にしながらもこの日本社会にどのような寄与貢献が出来るのかが課題となるべきです。 「同化」には積極的な意味があることを、アピールされるべきではないでしょうか。

 また在日独自の文化(チェサやクッなどの民俗行事)は、日本文化の一つとして認められていくことになるでしょう。 それはまた、日本文化がそれだけ広がりを持つということになります。

【拙稿参照】

「差別・同化政策」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuuyondai

在日朝鮮人は外国人である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuudai

(続)在日朝鮮人は外国人である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuichidai

朝鮮語を知らない在日朝鮮人 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuhachidai

「同化教育」考      http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daikyuujuunidai

「同化」は悪だとされた時代  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/02/15/8018723

【これまでの拙稿】

水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』(1)―渡日した階層 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/06/8066021

水野・文『在日朝鮮人』(2)―渡航証明と強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/11/8069125

水野・文『在日朝鮮人』(3)―強制連行と強制送還  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/17/8072649

水野・文『在日朝鮮人』(4)―矛盾した施策 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/25/8077594

水野・文『在日朝鮮人』(5)―強制連行と逃走  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/29/8080041

水野・文『在日朝鮮人』(6)―渡航の要因 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/09/8086320

水野・文『在日朝鮮人』(7)―人口の急増 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/14/8089137

水野・文『在日朝鮮人』(8)―戦前の強制送還者数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/19/8092119

水野・文『在日朝鮮人』(9)―ハングル投票  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/19/8115076

水野・文『在日朝鮮人』(10)―子弟の教育 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/22/8116734

水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/26/8118773

水野・文『在日朝鮮人』(12)―財産を形成した在日 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/12/8129867

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

水野・文『在日朝鮮人』(14)―終戦直後の状況 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/22/8135824

水野・文『在日朝鮮人』(15)―外国人の地位 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/25/8138588

水野・文『在日朝鮮人』(16)―国籍剥奪論の矛盾  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/30/8142349

水野・文『在日朝鮮人』(17)―小松川事件 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/15/8152243

水野・文『在日朝鮮人』(18)―北朝鮮帰国事業  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/21/8156717

水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265

水野・文『在日朝鮮人』(20)―南朝鮮革命に参加する在日  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/08/8173965