児童虐待の暴言「橋の下で拾ってきた子」は日韓共通だが‥2019/07/09

 まだ小学校にも行っていない幼い子に対し、親が「お前は橋の下で拾ってきた子だ」と言うのは風習と言っていいのか分かりませんが、よく聞く話です。武内徹『お前はうちの子ではない 橋の下から拾って来た子だ』(星和書店 1999年11月)によれば、昔から最近に至るまで全国的に広く分布し、男性の35%、女性の60%が親から言われた経験があります。 そんなことを言わなかった親も多数いますが、言ってしまった親も多く、内容は共通して「橋の下」が大半だということです。 また男性よりも女性にその経験が多いのですが、その理由がどうも分からないようです。

 言われた子供は大きな衝撃を受けるので、多くの場合忘れることができず、何十年経っても思い出します。 幼児の記憶は断片的であやふやな場合がほとんどですが、親からのこの言葉だけは鮮明に残っているものです。 親たちは何故こんな酷いことを言うのか、いろいろ説明(言い訳)があります。 一つは「躾け」であり、もう一つは「冗談・からかい」です。

 親からこれを言われると、子供は衝撃のあまりシュンとなってしばらくおとなしくなります。 親からしたら、子供をおとなしくさせるための効果的な言葉ですし、子供は親の言うことを聞くものだと教えようとしたかも知れません。 だから「躾けだ!」と言い張ることになります。

 冗談で言ったとしても、幼い子供には冗談というものが理解できませんし、一番に愛してくれているはずの親から発言ですから、衝撃のあまり号泣してしまいます。 それが面白いのか、近くの橋の名前を出して「あそこの橋の下の河原で見つけたんだぞ」と更にからかって追い打ちをかける親もいます。 親にとっては何かのストレス解消なのでしょうか。

 これは言葉の暴力であって、児童虐待と言ってもいいと思うのですが、問題化しませんねえ。 ところでこれは日本だけのことだと思っていたら、韓国でも全く同じ言い方があることを最近知りました。

 「넌, 다리 밑에서 주워온 아이야!」。 訳すと「お前は橋の下で拾ってきた子だ!」ですから、全く同じです。 親や祖父母が言うようで、子供はショックで泣きます。 そして本当の母親を探して家出をしたりしますが、幼子の家出ですから橋や近所を回って結局は家に帰ることになるようです。 このあたりまでは日韓共通と言えます。

 ところで韓国語では「橋」を「다리(タリ)」というのですが、これにはもう一つ「足」という意味もあります。 もう少し詳しく言いますと、「다리」は腰から下の足の意で、足首から先は「발」です。 漢字では「脚」と「足」の違いですね。 従って「다리 밑에서」は、「橋の下で」という意味と「足(脚)の下で」という二つの意味があります。 「股下・股ぐら」の意味にもなりますね。

 だから「다리는 다린데, 엄마 다리 밑에서 주웠단 말이야!」、つまり「タリはタリでも、お母ちゃんのタリ(足・股)の下で拾ったということだ!」と言い換えられて、「だからお母ちゃんの本当の子という意味なんだよ」と、フォローが可能なのです。 だからなのでしょうか、韓国では日本の場合のような衝撃は小さいように感じられます。

 この言い方が日本と韓国にあることは分かりましたが、世界中にあるのかどうか? インドではガンジス川から拾ってきた、或いはアフリカではサハラ砂漠で拾ってきたというのがあるようです。 ただしこれは‘桃太郎’伝説や‘かぐや姫’伝説のように、「子供は授かりもの」という考え方であるかも知れません。 ヨーロッパでの‘コウノトリが運んできた’伝説も同じでしょう。 こうならば「お前はうちの本当の子ではない」と言われても、衝撃は少ないと考えられます。

 やはり「橋の下で拾ってきた」は「橋の下」に薄汚いイメージがあって真実味もあるせいか、衝撃は非常に大きいと言えます。 韓国では上述のように言い換えて衝撃を和らげることが出来ますが、日本ではそれがありません。 そういう意味で、日本独特の残酷な児童虐待の暴言と言えるのではないかと思います。

 この言葉がその後の成長過程でどのような影響を与えるのかは、よく分かっていないようです。 しかし大人になって、うちの親は昔そんな馬鹿な冗談を言っていたと笑って振り返るような人でも、その時に親が喋った一字一句やその表情まで鮮明に記憶しているものなので、トラウマになっているのは確実でしょう。 ただしトラウマの度合いが個々人で違いがあるように思われます。

 なお本稿は日本では「橋の下」という暴言の衝撃が大きく、韓国では衝撃が小さいということだけです。

 ところで「橋の下」ではありませんが、自分の子供に対する暴言は韓国でも負けず劣らず激しいものがあります。 男尊女卑の厳しいお国柄ですから、特に女の子に対する暴言は甚だしいと思えます。 一例を挙げますと ‘너가 배 속에 있었을 때 딸인 줄 알았으면 지웠을텐데’(お前がお腹にいる時に娘だと分かっていたら堕ろしていたのに)というのがあります。 韓国では出生前診断で「女」と判定されると中絶する場合がよくあります。 特に1980~90年代、今でも第三子でかなり多いようです。 ですから親からのこの暴言は実に真実味があります。

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