北朝鮮には税金がない、その代わり‥‥2024/02/18

 岩波書店『世界』2024年3月号に、蓮池薫さんの「『拉致問題』風化に抗して―日本人被害者への思想教育(その1)」という投稿があり、読んでみて次のようなくだりがありました。

指導員が「わが国は世界で初めて税金のない国になった。 これでわが人民は、歴史上初めて搾取から完全に解放された人民になった」と誇らしげに言うので、私が日本のシステムと比較して「税金がないのなら国家予算は一体何で賄われているのか」と聞いたことがあった。 これに対しての指導員の回答は「勤労者が国への感謝の気持ちから、自発的に時間外労働を行ない、そこから生まれた余剰利益が国家予算に回される」だった。 とうてい納得がいくものではなかった。 (207頁上段)

 そういえば1970年代前半に朝鮮総連の方から、「わが共和国(北朝鮮のこと)に税金はありません」と教わったことを思い出しました。 その後、小田実が北朝鮮の訪問記みたいなものをどこかに書いていて、「北朝鮮ではあの悪魔のごとき税金などというものを廃止した」とありました。 私は、“へー!社会主義国になれば税金はなくなるんだ”と感心したものでした。 

 そのころの大学ではマルクス主義の講義があり、教官が「国家が国民を搾取し‥‥」と言ったので、ある学生が「税金は搾取なんですか?」と質問しました。 そうしたら「そうです、税金は国民を搾取するものです」と答えて、その場のみんなから「えー!?」と驚きの声が上がったという話がありました。 この話はその体験者から私が直接聞いたので、確かな話です。

 その頃の私は社会主義に対する幻想があったので、社会主義国では税金がないと信じ、確定申告で税金に苦労している人を見ると、社会主義になればそんな苦労をしなくて済むのに、なんて考えたものでした。 しかし、周囲の人に“北朝鮮には税金がない”と言うと、“北朝鮮はどうやって国家を運営しているのか、役人に給料を払わないのか、同じ社会主義のソ連では税金があったぞ”などと問われて、答えられなかったものでした。

 ですから、どういう仕組みなのか分からないが、ともかく社会主義の先進国である北朝鮮では税金はなくなった、他の社会主義国はこれから社会主義をさらに発展させて税金をなくしていくのだと無理矢理信じたのでした。

 1989年に東欧の社会主義が崩壊し、続いてソ連も崩壊して、ようやく社会主義幻想から目が覚めました。 そして北朝鮮の実情を知りました。 北朝鮮には「税金」という名目で徴集するのではなく、人民には「募金(ただし強制)」「戦争準備金」とか、国営企業には「企業利益金」などとかの名目で強制徴収しているし、社会安全部や労働党幹部などでは賄賂を当然のごとく徴集して、それを給与の代わりとしていたのでした。 それ以外に人民・学生らには「田植え戦闘」とかの勤労奉仕の強制も多数あるのでした。

 いつのことだったか、私は北朝鮮について「北朝鮮には税金がないんですよ」と話すと、相手は驚いて「ほー!羨ましい!」と反応しました。 そこで北朝鮮の内実を知っていた私は、次に「代わりに租庸調がありますよ」と言いました。

 「歴史で習ったでしょう。 古代はお金というものがないので『税金』というものがありません。 その時代の税は“租庸調”というものでした。 これと同じです。 北朝鮮では農民では田畑で作物を収穫すれば全て国に納め、都市では農村に行けと言われたらそこに行って田植えや稲刈りをやり、そして建設現場に行けと言われたらそこに行って土木建築作業を無償労働奉仕でやります。 対価は何もありません。 交通費も作業服も食費も、費用はすべて自分持ちです。 労働災害があっても治療も補償もなくて 死んだら死に損です。 つまり古代の租庸調が今の北朝鮮にあるのですよ」と言いました。 そうしたら「うーん、なるほど!」と納得してもらえました。

 一度これを経験してから、「北朝鮮には税金はない、代わりに租庸調がある」と言うようにしています。 これが分かりやすいですねえ。

 25年ほど前に、“北朝鮮は古代国家である”と論じたことがあります。  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachidai  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuugodai 北朝鮮の知識のない人に北朝鮮という国を説明しようとすれば、これが一番理解されやすいのではないか、と思います。

コメント

_ 海苔訓六 ― 2024/02/22 22:34

先日のプライムニュース見ていたら北朝鮮の施政演説が全文とりあげられていて解説されていて、こちらのブログ記事の後追いか?と思ってしまいました。
施政演説の翻訳なんてなんの意味ががあるのか?よく分からなかったのですが、北朝鮮ウォッチャーからするとすごく興味深い内容だったようで、出演しているパネリストさんたちが施政演説を素材に色々議論してました。

_ 辻本 ― 2024/02/23 04:49

>北朝鮮の施政演説が全文とりあげられていて

 そうですか。私の翻訳は全体の三分の一ぐらいですから、全文となると大変な量です。
 全文が翻訳されて議論されているとは、すごいですねえ。

_ 竹並 ― 2024/02/23 05:22

7、8年前でしたか… 小生、生涯学習センターのバス=ツアー、南予(長浜の大橋、佐田岬半島の砲台跡)の戦時系遺跡を巡る、というのに参加したのですが… 案内役の県の学芸員(?)が、日本の戦前の(いわゆる)天皇制の儀式などが、戦後の北朝鮮に似ている(かのように…)説明を加えて、(小生には)彼が悦に入っているかのような印象を受けて、如何なもんか?と感じたものでした。
なので、リンク先の「第8題 現代に残る古代国家(アジア的古代国家)」「第45題 天皇制と首領制の比較(天皇・首領が法に反する命令を出したら…)」は、小生の個人的な疑念に答えてくれていて、感謝です。

ただ、バス=ツアーの時の疑念としては、「北朝鮮が、克服すべき敵であった日本の天皇制のマネをする分けないだろう? 少なくとも、それを誇るとは思えない…」、むしろ「北朝鮮の体制としては、キリスト教の『神秘体』の思想だろう」と直感しました(* 脚注)。

金日成の母についての南牛氏の指摘もあり、小生は、大いにあり得る仮説だと感じていますが、いかがでしょうか?

> 『100年前の北朝鮮経済』5(木村光彦教授を論じる-9) 2021-12-17
     ・・・・・
木村光彦教授は、まとめの4番目に「住民の食生活は非常にまずしく、米食は例外的であった。 教育の普及度も低かった。 しかし、南朝鮮よりは高かった」と記述している。

木村光彦教授はクリスチャンだとお聞きする。
南北の教育差を「両班」の存在に挙げている。
それはそれで一理あるが、北朝鮮での教育レベルを上げていたのは「キリスト教」の普及の度合いであった。
それを実証するのは、クリスチャンで日露戦役に従軍した兵士の日記である。
草風館から出ている。
その日記の記述者の縁戚、或いは本人が新義州の町を設計している。

その日記には(朝鮮)平安北道の民度、教育レベルの高さを記述している。
「聖書」の話が住民と出来た、という驚きが日記に書かれている。

金日成の父母だが、母親の方のレベルが高かったことが知られている。

金日成の母親は聖パウロ・康であった。
あの(古代ギリシャの)オリンピックを見学し、その模様を「聖書」に記述している聖パウロの名前を頂くお嬢さんだった。
https://ameblo.jp/abe-nangyu/entry-12716123932.html


(脚注)
>「一つとなってキリストの体となる」by 万代 栄嗣

『一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。』(新約聖書、ローマの信徒への手紙 12:4、5)
     ・・・・・
2. 一つの体としてのまとまりと機能!

それぞれに独自の働き、機能を与えられている一人一人が、一つの体としてまとめられるのです。 全員が一つの体として組み合わされ、結び合わされ、一つの命を共に分かち合い、それぞれに機能が与えられていることを感謝します。
個性を重んじれば重んじるほど、一つとなることを強く意識しなければなりません。 人間は一人で生きていくようには造られていないので、身勝手な生き方をしていると必ず孤独感に苛(さいな)まれてしまうのです。
一つにまとまると、自分の力を超えるものすごい力を人生に発揮できるようになります。 皆がそれぞれ違う役割を果たしていても、組み合わされて初めて、一つの体として機能を発揮できるということを心から感謝します。

キリストの体の一部として共に歩んでまいりましょう。 そして、司令塔はキリスト。 私たちの体の頭となるのは救い主イエス・キリストです。 イエスの御心、ご計画、御業が私たちの体を通して行われるので、そこにとてつもなく大きな恵みを体験できるのです。

教会にとって不必要な人は一人もいません。 愛と希望にあふれた場、それが教会なのです。
https://www.christiantoday.co.jp/articles/32435/20230619/eiji-mandai.htm

_ (未記入) ― 2024/02/23 11:48

租庸調とはうまいたとえですねえ
矛盾した言い回しかもしれませんが、古代社会の現代バージョンですね。

_ 辻本 ― 2024/02/23 11:54

今の北朝鮮を説明するのに、古代国家という言葉を使うと理解されやすい、というのが私の考えです。
「神秘体」あるいはカルト宗教団体と言っても、構わないと思います。
そう言った方が理解されるでしょうねえ。

 朝鮮研究者だった佐藤勝巳(故人)は昔、“北朝鮮から本を取り寄せたら表紙をめくって第一頁に金日成の写真があり、その保護のためにパラフィン紙が挟まれていた、これは戦前に本に天皇の御真影があってパラフィン紙が被っていたのと同じだった、北朝鮮は戦前の日本の天皇制をマネているようだ”と言っておられたことを思い出します。

 朝鮮半島におけるキリスト教は韓末~植民地時代に普及しましたが、平壌およびその周辺が一番成功したと言われています。
 金日成の母は、現在の平壌で、朝鮮イエス長老会の幹部の娘として生まれました。
 金日成は子供のころ、キリスト教環境下で育ったと言えます。
 ただ金日成の思想に、キリスト教がどのように影響を与えているかについて、浅学にして分かりません。

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