李孝石は親日作家だったのか2023/06/24

「緑旗73号」1942年3月

 「李孝石」を知っている日本人は、朝鮮文学史研究者を除けば、韓流ブームの契機となった「冬のソナタ」の韓国語台詞を全て覚えたような韓流の熱烈ファンでしょう。 韓国ドラマ「冬のソナタ」の第二話に、ユジン(チェ・ジウ)とジュンサン(ペ・ヨンジュン)が授業を抜け出した罰として校庭にある焼却場の掃除をする場面があります。 その時の台詞に、ユジンは次のように言います。

이 냄새구나! 이효석의 낙엽을 태우면서 그거 배울 때, 낙엽을 태우는 냄새가 뭔지 늘 궁금했었어.

 訳しますと、

この匂いなのねえ! 李孝石の『落ち葉を燃やしながら』、それを勉強していた時、落ち葉を焼く匂いってどんなのか、ずっと気になっていたの。

となります。 なお「李孝石の『落ち葉を燃やしながら』、それを勉強していた時」の部分は、ドラマの日本語字幕では「ある詩に落ち葉を燃やす場面があって」となっていました。

 李孝石の「落ち葉を燃やしながら」は韓国の国語の教科書に出てくる随筆ですから、ほとんどの韓国人が知っていると言っていいです。 しかし日本では目にすることが難しく、「李孝石」という作家名は知っていても「落ち葉を燃やしながら」を読んだ人はちょっとした研究者しかいないでしょうねえ。 だから字幕ではそんな日本人のために「李孝石」「落ち葉を燃やしながら」を出さなかったのでしょう。

 李孝石は太平洋戦争中の1942年5月に35歳で病死するのですが、その直前に『緑旗73号』(1942年3月)という雑誌に、↑のような一文を投稿しているのを見つけました。 『緑旗』は朝鮮総督府の御用団体といわれる「緑旗連盟」が発行していた雑誌です。 真珠湾攻撃によって太平洋戦争が始まった時期に、朝鮮人の文学者らに「私が国語で文学を書くについての信念」をテーマに原稿を集めたところ、李がこれに応じて、いの一番に寄稿したものです。

 李孝石は1940年の創氏改名によって法定創氏したので、「李孝石」という民族名をそのまま継続して使っていました。 ですからこの寄稿文も「李孝石」の名前です。

 李孝石の一文↑を現代文に書き直してみました。

日本語が世界語に   李孝石

国語が世界語としての権威をもち、国語で書く文学が世界的な認識を得るようになる日を念じたのも、単なる夢ではなかったようです。 大東亜の主国語となり、やがては西邦にまでその威勢が延びたとき、国語による文学ももはや世界的なものとならざるを得なくなるでしょう。 その時、文学の内容となろう朝鮮的な素材は、単に日本文学にばかりではなく、世界文学に特異なプラスを寄与することになりましょう。

 当時は日本の植民地下でしたから、「国語」とは日本語のことです。 李孝石は二十代前半の若き頃から日本語を書き始め、三十の頃からは日本語小説等の作品を発表します。 そしてその時の彼は、日本(当時は「内地」)でも作家として有名になりつつあったのでした。 それだけ彼の日本語作品は、日本の文壇でも評価されるほどになっていたのです。 

 今回見つけた一文↑を読めば、李が日本語で作品を発表するのは「朝鮮的な素材」すなわち自分たち朝鮮民族の文化や風情といったものを、日本語を通して世界に広めて認めてもらおうという意があったことが分かります。

 そこには皇民化政策=内鮮一体化を進める朝鮮総督府に対し抵抗するような「反日」は全くなく、むしろ世界に勇躍する大日本帝国に乗っかろうとしています。 「親日派=民族の裏切り者」と言ってしまえばその通りなのでしょうが、当時の朝鮮の知識人がどのような気持ちであったのかを垣間見せる一文だと思います。

 こんな李孝石が書いた随筆が、解放後の韓国の教科書に長年にわたって採用されたのでした。 李の親日的言動について、韓国では知られていないようです。

 ところで参考として、韓国の裴相美という研究者は李孝石について次のように評しています。  

李孝石の日本語創作が、総督府が皇国臣民化政策の脈絡で行っていた内鮮一体政策の時代的雰囲気の中で創作された‥‥ 「朝鮮的なもの」と「世界的なもの」が共存する李孝石の日本語小説‥‥ 李孝石の日本語小説が素材と形式の側面では総督府の政策と共存しつつも、全的に従属はしない奇異な様相‥‥ 厳しい時代の現実の中でも独自の作家精神を失わず、作品を創作していこうとする朝鮮文人の精神的苦闘  

http://hatano.world.coocan.jp/kaken2/sassi/%EF%BC%91%EF%BC%91%EF%BC%88%EF%BC%92%EF%BC%89.pdf

 拙ブログでは、李孝石は以前に取り上げたことがありますので、ご笑読くだされば幸甚。

【拙稿参照】

李孝石「落葉を燃やしながら」   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/03/15/8049349