韓国の選挙風景―これは驚き2025/08/03

 韓国の週刊誌『週刊朝鮮』2865号(2025年6月30日)の「編集後記」(82頁)に、韓国の選挙風景が書かれていました。

 韓国の選挙は都市での様相が日本でもニュースに出てきます。 しかし田舎ではどのような選挙活動が繰り広げられているのか、韓国でもあまりニュースになっていないようです。 その一端を垣間見ることができ、なかなか興味深かったので訳してみました。

知人が慶尚北道のある地方自治体首長の選挙に出馬して落選したのであるが、その彼に会った時の話である。 それなりに成功した社会生活を終えて、故郷のために奉仕しようという気持ちで出馬を決めた彼に最初に連絡してきたのは、地方区選出の国会議員だったという。 この議員はお金を使う規模によって得票率が違ってくるのだと言い、お金を使わない場合に予想される得票率の数字をはっきりと言い切った。 議員はそう言ってさらに露骨に「選挙にはお金を使わねばならない」と言った。 知人はこれを拒絶したが、驚くべきことにお金を使わなかった彼の得票率は、この議員の言ったのとほとんど同じだった。

選挙戦の最中にあったことを聞いてみたら、さらに呆れたことがあったという。 他の候補の運動員は自転車に乗って回り、キャンディーのようなものを田んぼや畑にいるお年寄りたちに投げ与えていた。 後で聞いて見るとそれはキャンディーではなく5万ウォン(5千円ほど)紙幣という。 紙幣を五回折りたためばキャンディーの大きさになるが、これは年寄りが自分のポケットに入れるのにちょうどいいので、自転車に乗って投げて回っているというのだ。 選挙運動員が慣れた手つきで制球力を誇るかのように投げていく姿に、知人は「負けた」と呟いたという。 選挙管理員会でこれを摘発しないのかと問うてみると、返ってくる回答がなかなかのものだった。 遠くから写真を撮っても、これがキャンディーなのか紙幣なのか、区別が難しいというのだった。

選挙の終盤には、村の薬局のバッカス(韓国のエナジードリンク)の空瓶が売り切れるのだが、それはその空瓶の中に5万ウォン札を二枚入れて有権者に配るからだと言う。

企業に長く勤務した彼はその選挙を最後に、もう政治をしようという気持ちをなくした。 その選挙は2022年の選挙だった。

 韓国の田舎ではこのような選挙買収が今でも行なわれているのですねえ。 日本でも何十年か昔の田舎では選挙買収がよくありましたが、お札を小さく折りたたんで投げ回るなんてことはなかったですねえ。 地区には謹厳実直な駐在所の警察官がいましたから、買収は隠れてこそこそやっていたと記憶しています。 今はもう日本では買収なんてなくなってきているでしょう。 しかし韓国ではまだまだ行なわれているようです。 韓国の選挙報道を見る時は、背景にこのような買収の横行があることを知っておかなくてはなりませんね。

 いま韓国では若い男性が進歩(革新)から保守に傾いています。 ところが、保守政党は昔から年寄り(特に慶尚道地域)から支持されてきたのですが、その実情が今回書かれていたような選挙買収なのです。 『週刊朝鮮』の編集長は、韓国の若者たちはこんなトンデモ体質の保守政党を見切っているとして、今度の号で特集を組んだようです。 この週刊誌は『朝鮮日報』と同系列で保守派とされていますが、これでは保守政党の将来は暗いとして警鐘を鳴らしたかったのでしょう。

 韓国の政治世界は、保守派がこの体たらく、一方の進歩派は従北路線まっしぐら、といったところなのですかねえ。

韓国と日本の特殊詐欺(ボイスフィッシング)2025/08/09

 今の日本では特殊詐欺が猖獗を極めていますが、予防や取り締まりが難しいようで、なかなか減る気配がありません。 「特殊詐欺」は韓国では「ボイスフィッシング(보이스피싱)」といいまして、やはりここでも猛威を振るっています。 韓国の有力紙『朝鮮日報』2025年7月31日付けに、韓国と日本のボイスフィッシング(特殊詐欺)について解説する記事があり、興味深かったので翻訳してみました。   https://www.chosun.com/national/national_general/2025/07/31/G5YLFJU6VVFCVJFX6BDJRHHSJ4/

ボイスフィッシング被害額、「デジタル韓国」が「アナログ日本」の三倍

[ボイスフィッシングの「恐ろしい進化」] 日本を制して犯罪の標的となる。

韓国の一人当たりボイスフィッシング被害金額が日本の三倍を超えると昨30日に明らかになった。 ボイスフィッシング犯罪がAI(人工知能)などの先端技術と結合・進化し、デジタル文化が発達した韓国が多国籍犯罪組織の主要「ターゲット」と浮かび上がっている。

警察庁と日本の警視庁などによると、昨年韓日両国のボイスフィッシング発生件数は、韓国が2万800件、日本は2万1000件余りであった。 ところで韓国のボイスフィッシングの総被害額8545億ウォン、日本は719億円(約6730億ウォン)で、韓国が1815億ウォンも多かった。 人口と経済規模(GDP)がすべて二倍以上である日本より、韓国のボイスフィッシング被害規模がもっと大きいのである。 わが国の国民一人当たりのボイスフィッシング被害金額は1万6500ウォンで、日本(5400ウォン)の三倍を超えるものと推算される。

日本は台湾とともにボイスフィッシングの元祖ともいえる国家の一つである。 高度経済成長期が終わり、バブル崩壊が始まった1990年代初め、不法な高利貸金業から派生したボイスフィッシング犯罪は2000年代に韓国にも伝わった。 それから20年余りが過ぎた今、二つの国家の状況が逆転した。

韓日におけるボイスフィッシングの総被害額は、毎年最高値を更新している。 ところで韓国の被害増加の勢いが激しいことは、ボイスフィッシング組織が韓国人を「くみしやすい対象」と見ているためだと分析されている。 日本よりソーシャルメディアの使用率が高い上に携帯電話番号などの個人情報がたやすく流出し公有化される韓国の状況が、ボイスフィッシングに脆弱であるというのだ。

あいつの声、「アナログの日本」ではなく「デジタルの韓国」を狙う

昨年末にソウルの名門大学を卒業した李某さん(24)は、「キン・ミンソク ソウル中央地検 検事」から電話を受けた。 受話器越しの人物は李さんの名前、大学学部学科まで知っていた。 「○○さんの名前で開設された架空名義通帳が金融詐欺に使われていました。 すぐに取り調べに応じなければ、逮捕されることになります。」 1分に一回ぐらい急き立てる電話が来た。 「資金洗浄があったかどうかを確認せねばならないので、仮想通貨に換金して入金せよ」というトンデモない要求だったが、就職に不利益になるか心配になった。 結局彼は10年蓄えてきた貯金3000万ウォンを失った。

同じ頃、海の向こうの日本の福岡で一人暮らしをしているAさん(76)は、大阪にいる20代の孫から電話がかかってきた。 孫は差し迫った声で「友達にお金を貸したのが、返してくれなくて生活費がない」と言って、お金を貸してくれと言った。 ずっと貯めてきた年金100万円(約930万ウォン)を引き出して、ATM(現金自動引き出し機)を通して孫が言っていた口座に送金した。 しかし孫ではなくボイスフィッシング犯だった。

 今では日本よりも韓国の方が特殊詐欺の被害が大きいのですねえ。 その要因が〝韓国ではデジタル化が進んでいて、日本はまだアナログに留まっているから”というのは、なるほどと思いました。 ちょっと以前ですが、来日した韓国人が現金社会の日本を体験して、「デジタルの時代なのに、日本は遅れている」とか「あの店は脱税しているんじゃないか」とか言うのをよく聞いたものでした。 それが今では、特殊詐欺のあり方の差になっているのですねえ。 しかし日本でもキャッシュレスが多くなってきているので、これから韓国のような特殊詐欺が増えるのかも知れません。

 

韓日両国のボイスフィッシング犯罪は、被害者の年齢はもちろん被害額や手口などすべての点で顕著な違いを見せている。 韓国では、検察や警察、金融監督院のような機関を詐称した犯罪が60%を超える。 一方日本は70代以上の高齢層を狙った「家族・親戚」を詐称した「おれおれ」型が中心をなしている。 

韓国ではハッキングなどを通してあらかじめ確保した個人情報を使って20代を狙った詐欺が速い速度で増えている。 今年の上半期(1~6月)、20代のボイスフィッシング被害者の割合は23.9%で、60代(25.6%)に続いて二番目に多かった。 4年前よりも20代被害者が6.3%ポイント増えた。 携帯電話を遠隔操作する悪性アプリ、海外送金が容易な仮想通貨での送金を強要するなどの手口も20代30代に合わせて進化している。

一方日本では70代以上の高齢層を対象にした詐欺が猛威をふるっている。 お年寄りに電話をかけて、「おれおれ」と言って息子か知人であるかのように装ってお金を送ってくれというオレオレの手口が大部分だ。 昨年基準で、日本のボイスフィッシング犯罪のなかで、被害者のうちで45%が75歳以上の老人で、被害額の63.8%がオレオレ型であった。 2018年の韓日間のボイスフィッシング被害額の違いは454億ウォンだったが、6年経った昨年は1815億ウォンと四倍くらいに広がった。

韓国のボイスフィッシング被害が急増するのは、韓国がにほんよりソーシャルメディアを多く利用するなど、デジタル文化により馴染んでいるからという分析だ。 警察関係者は「犯罪組織はソーシャルメディアなどに流出した個人情報をうまく活用する」と言い、「韓国の20~30代はオンラインに自分の情報を露出することに日本よりも慣れている」と言った。 グローバルデーター分析企業であるデーターリポータルによれば、今年初めを基準にして、わが国のソーシャルメディア使用率は、人口の94.7%で、日本(78.6%)をリードしている。

携帯電話番号などの個人情報を取り扱う両国間の文化の違いも影響を及ぼしている。 保坂祐二世宗大学教授は「韓国では駐車車両にも個人電話番号を書いておくが、日本では個人の携帯電話番号は名刺にも書かず、親しい人でなければEメール住所も公開しない」と言った。 近い仲でなければ個人の電話番号を知ることが難しい文化のために、日本では家族・親戚を詐称する犯罪のパターンが多いのだ。

日本よりも活発な仮想通貨取引も、国際組織の「犯罪インフラ」に悪用されている。 最近大邱では未登録不法仮想通貨取引所でボイスフィッシング資金6億ウォンを洗浄した一党が検挙された。 今年初めを基準にして、韓国の取引所に上場したコインの種類は、日本に比べて七倍以上多く、一つ一つの取引量は十二倍以上だ。 国内総生産(GDP)と対比して流通現金(紙幣と硬貨)の割合も日本は20%で、韓国(8%)の二倍以上だ。 日本は現金に馴染んでいる高齢層が多いので、ボイスフィッシングの送金さえもATM機器を利用した現金振り込みが多い。

雇用市場が比較的安定している日本と違って、韓国の激しい就職難も影響を与えている。 日本の厚生労働省が昨5月に発表した、今年の日本の大卒者就職率は98.1%で、1997年の調査以降、最高値だった。 しかし韓国の昨4月の青年層(15~29歳)の雇用率45.3%で、12ヶ月連続で下降している。 パク・サンジュン早稲田大学国際学術院教授は「日本の大卒者は望みさえすれば正規職入社が可能であるところから、投資詐欺や海外就職のようなボイスフィッシング詐欺に惑わされる可能性がさらに低い」と言い、「一方、韓国の青年たちが就職難でボイスフィッシング被害を受けたり、犯罪に加担したりする場合が増えている」と語った。

 日本と韓国の特殊詐欺(ボイスフィッシング)は、日本では「家族・親戚を詐称する型」で被害者が高齢の場合が多いが、韓国では「政府機関を詐称する型」で被害者には若者が多いと分析しています。 なお日本では今年になって警察を詐称するものが急増しており、若者の被害者も目立つようです。 ですから特殊詐欺は日本も韓国のような「政府機関詐称型」が多くなってきていると言えるかも知れません。

 また韓国では日本よりも仮想通貨の利用が多いことや韓国の若者の就職率の悪いことが、特殊詐欺のあり方の差に繋がっているという分析にも、関心が行きます。 日本でも仮想通貨の話が周辺でも聞くようになっており、また「受け子」など特殊詐欺末端役の犯人が無職とかアルバイトとかの若者だったというニュースが多いですね。 この点でも、日本は〝韓国の後追い”をしているのかなあと思います。 言ってみれば、〝日本の韓国化”ですね。

 これ以外に、日本ではいわゆる「ロマンス詐欺」が急増しているそうですが、韓国ではニュースに出てきませんねえ。 日本も韓国も独り身の高齢者が増えていますが、韓国の高齢者は生活に余裕がない方が多く「ロマンス」なんて程遠いのかも知れません。

  【韓国の特殊詐欺に関する拙稿】

韓国の特殊詐欺        https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/08/31/9290686

韓国の特殊詐欺ニュース     https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/01/9300924

朴一さん『在日という病』を読む(1)2025/08/15

 2年ほど前に発行された朴一さんの『在日という病 ―生きづらさの当事者研究』(明石書店 2023年10月)を読む。 世の評判にはあまりならなかったようですが、これまでの朴さんの著書には参考になるところがあり、下記のように拙ブログでも時々取り上げることがありましたので、読んでみました。 

朴一さん              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/05/14/364473

水野・文『在日朝鮮人』(21)―同化  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/23/8197450

1950~60年代の大阪紡績王―徐甲虎(阪本栄一)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/19/9762010

 朴さんの『在日という病』は、「私の65年にわたる在日生活史を通じて、私が体験したエスニック・コンフリクトを事例に、在日コリアンをめぐる諸問題について考察したもの」(9頁)とあります。 また朴さん自身が在日問題の専門家であり大学教授ですから、参考になるような新しい事実や鋭い分析があるものと期待しつつ、私が読んで疑問に感じたところを書きます。

 

父親は特高の観察下にあった

父が残した自伝には、1936年秋に治安維持法違反で逮捕され、2年半にわたって独房に入ったという武勇伝が記録されています。 釈放後も父は特高警察から「要注意人物」として保護観察下に置かれ続けた、筋金入りの民族運動家です。 (16~17頁)

 治安維持法は最高刑が死刑ですから、「2年半」は軽い方です。 そして「特高の保護観察下に置かれた」とありますから、失礼ながら私は特高の協力者(悪い言葉を使えばスパイ)となって在日朝鮮人たちの動向を探っていたのではないか、と思いました。 というのは共産党の古参党員だった人に戦前の話を聞いたことがあるのですが、仲間が逮捕された後に釈放されてきた場合、〝スパイになったのでは”と先ずは疑うものだったということでした。

 朴さんの父親も「釈放後も特高の保護観察下に置かれ続けた」とあり、特高とは連絡を取り合っていたのですから、ひょっとしたらと思ったのです。 そして特高から「要注意人物」とされたとあります。 私が想像するには、特高は父親が民族運動と接触する可能性が高い「要注意人物」と判断して、さらに父親には〝在日社会における民族運動の動き(海外の独立運動組織との関係など)を観察し報告する”ことを求めていたのではないかということです。 しかし朴さんは「筋金入りの民族運動家」と書いておられますので、ちょっとビックリです。 父親が〝特高から保護観察されるほどの筋金入りだった”と誇りたかったのでしょうが、私には疑問です。

 

本名問題

 朴さんは高校時代に本名を名乗り始めました。

私も小学校では本名の朴一(パクイル)ではなく、日本名の新井一(あらいはじめ)という通名を使っていましたが、内心は日本人の友人に、いつ韓国人ということがばれてしまうのか、はらはらしながら学校に通っていました。‥‥当時、一般的な日本人の在日コリアンに対するまなざしは明らかに差別的なものがありました。 (18頁)

(高校で本名宣言して自分が韓国人であることを明らかにした後) つきあっていた彼女が友だちと二人と一緒に近づいてきて、こういいました。

新井くんが何人(なにじん)でも関係ないよ。 私は新井くんの人間性がすきやから。

このときの「何人でも関係ない」という彼女の言葉は、私の心に突き刺さりました。 しかし、その一方で、なんともいえない違和感につつまれました。 国がなくなれば、何人も関係なくなるかもしれませんが、国家は存在し、国家に帰属する国民が存在するわけです。 この国で国民として認められない人々が、この国で排除されないため、懸命に日本人の仮面をつけて生きてきた民族的葛藤を、「何人でも関係ない」という言葉で簡単に片づけてほしくないと、思ったのです。 (以上 30~31頁)

差別されることを恐れて、今も多くのアジア系住民が日本名を名乗らざるをえない日本の現状をどこから、どのように変えていけばいいのか。 日本人のアジア系住民に対するまなざしが問われていると思います。 (32頁)

 「今も多くのアジア系住民が日本名を名乗らざるをえない日本の現状」というのは、そのようなデータがあるのでしょうかねえ。 私の経験では、在日華僑の方は大体みんな民族名でしたし、近年来日したアジア系外国人もほぼみんなが日本名ではなく民族名です。 ニュースで出てくる事件報道でも、アジア系外国人の名前も民族名ですね。 日本名を名乗るのは日本人男性と結婚した外国人女性か、昔から居住するオールドカマーの在日韓国・朝鮮人(特別永住者)ぐらいでした。 従って「今も多くのアジア系住民が日本名を名乗らざるをえない」という朴一さんの主張には、私には大きな違和感があります。

 なお1980年前後にベトナムから約1万人の難民(ボートピープル)が来日した際、日本語の分からない子供が学校に通う時に日本名を使っていたというニュースがありましたが、私の身近なことではなかったので詳細が分からないです。

 続けて朴一さんは名前の問題に関係して、「日本人の在日コリアンに対するまなざしは明らかに差別的」とか「日本人のアジア系住民に対するまなざしが問われている」と書いているように、〝在日やアジア系に通名(日本名)を強制する日本が差別的で悪い”〝先ずは日本人が改めよ”という考え方です。 これは民族差別と闘う活動家たちの主張と同じですね。 〝私が本名を名乗れないのは日本のせいだ”〝日本人は在日が本名を名乗れる社会を作れ”というような言い方になります。

 しかし自分の名前をどう名乗るかは昔も今も本人の問題であって、外部の人間が強制するものではありません。 そもそも在日や外国人が通名を使うかそれとも本名を使うかは、本人の自由な判断に任せるべきものです。 周囲の日本人は〝名前をどうするかはあなた自身が主体的に選択してください”と言うものです。 もし本名を名乗るというなら〝はい、分かりました、そうしましょう”とせねばならないし、もし通名を名乗るというなら〝はい、その名前を使いましょう、しかし必要な時は本名を使いますよ”とすればいいだけです。 そして昔も今も、これで十分な対応なのです。 日本に「在日が本名を名乗ることのできる社会を作れ」と要求することに対しては、“とうの昔に実現していますよ”という事実で答えるしかないでしょう。

 朴さんが高校時代に本名を名乗り始めたのは、本名を使おうが通名を使おうが構わないという社会の中で、ご自分が本名を名乗ることを決意し実践したということです。 おそらく家族・親戚みんなが通名で生活してきて、ご本人も生まれてからずっと通名だったのが、それこそ一大決心で本名を名乗ったということだろうと思われます。 本人は大変な思いだったでしょうが、日本社会は通名も本名もずっと許容してきたのです。

 なお、いま日本では在特会とかネットウヨとか呼ばれるレイシストたちが跳梁跋扈していて、〝在日の通名を禁止して本名を使え”と主張します。 そこには在日を晒し者にしたいという差別目的があります。 一方朴さんらは自分たちの民族主体性運動として、〝在日は通名を止めて本名を呼び名乗ろう”と呼び掛けます。 両者は目的が違いますが、中身(通名ではなく本名を使う)が同じであることに関心が行きます。  (続く)

 

【在日の本名についての拙稿】

第21題「本名を呼び名乗る運動」 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

第85題(続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

第84題 「通名と本名」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

「部落民宣言」と「本名を呼び名乗る」運動 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/10/28/9435562

大阪の民族学級―本名とは何か  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271

在日誌『抗路』への違和感(1)―趙博「本名を奪還する」 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/27/9381682

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

「左」が担った「通名禁止」運動(3)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710

二つの名前を持つこと       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072

在日の本名とは?         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

通名を本名と自称する在日     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

日本名を本名とする在日朝鮮人   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657

在日の通名使用の歴史は古い    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526

ある在日の通名騒動記       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

外国人が通名で銀行口座を設ける場合  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/13/6945717

外国人の名前           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/16/6948002

在日の通名は特権ではない     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

通名登録制度を悪用した事件    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887

本名強要は人格権侵害―判決    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561

外国と日本の文化の違い―卑猥語(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/18/9358120

「左」が担った「通名禁止」運動(3)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710

金義晴さんの思い出―本名について https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/04/17/9676429

朴一さん『在日という病』を読む(2)2025/08/21

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/15/9796104 の続きです。

在日犯罪者の報道は本名ですべきか通名ですべきか

 朴さんはあるテレビ番組で、〝事件報道では在日の犯罪者は通名で呼ぶべきであって本名を使ってはならない”と主張しました。 具体的には「聖神中央教会事件」のことで、この教会の主管牧師が在日であり、信者の少女らを次々と強姦したという事件でした。 詳しくは検索してみてください。 この凶悪犯の在日牧師について、『朝日』など一部の新聞は通名の「永田保」だけを報道し、本名の「金保」を隠しました。 このことについて、朴さんは〝通名での報道をすべき”と主張したのでした。

在日韓国人の多くは日本名(通名)を名乗っていますが、犯罪に手をそめると、日本のマスコミはその人物の韓国名(本名)と国籍を暴くことが多いのですが、『朝日新聞』は「犯罪と出自、国籍に因果関係が見られない場合、在日韓国人の民族名(本名)を暴くことはプライバシーを侵害する可能性がある」という報道指針から、この事件のときも、容疑者の名前を日本名で報じていました。 私のコメントは、こうした『朝日新聞』の報道指針にそったものでした。 (170頁)

 犯人の金保(永田保)は在日であり、韓国のキリスト教神学校で学んだ後、日本に戻ってきて聖神中央教会の主管牧師となり、その牧師の地位を利用して凶悪犯罪を繰り返しました。 この牧師はそれより以前にも性犯罪傾向が指摘されていて、その時は韓国に一時逃亡して事なきを得ていたようです。 ですからこの犯人である牧師は、「犯罪と出自、国籍に因果関係」が確かにあります。 しかし『朝日』は本名も国籍も報道せず、朴さんもそれに賛成したのです。

 ところで『朝日』の犯罪報道では、一般的に犯人の名前や年齢、住所、所属などの個人情報を出しています。 犯罪報道には犯人のこのような個人情報が必要というのなら、本名や国籍も必要でしょう。 『朝日』はなぜ本名と国籍に限って出さないという報道指針を打ち出したのか、疑問です。

 朴さんは、それから20年経った今度の著書でもこの事件について記しているのですから、在日が犯罪者の場合、その本名も国籍も隠すべきだとする考え方を今も維持していることになります。 その理由について、彼はテレビ番組で「ああいう犯罪をした時に在日コリアンの出自を暴くというマスコミのね。 やり方っていうものはいかがなものかと私は思うんですよ」と発言しています。 〝在日はいいことをすれば本名で、悪いことをすれば通名で”という考え方なのだろうと思われます。

 金保は懲役20年の実刑判決が下り、罪質があまりに悪いので仮釈放はないでしょう。 逮捕されたのが2005年4月で61歳とされていますから、今は80歳を越えて出所して社会に出ているものと思われます。 なお金が特別永住者なら、強制送還はありません。

 

指紋押捺拒否

 朴さんは1980年代に指紋押捺拒否運動に参加します。

大学院時代、研究以外に私が多くの時間をさいたのが指紋押捺拒否運動でした。‥‥日本人には犯罪者だけに強制される指紋押捺をすべての在日外国人に義務づけることは、民族差別であり人権侵害にあたるという韓さんの主張に、私も共鳴したのです。 (73頁)

 実際に朴さんは、1986年の外国人登録切り替え日に指紋押捺を拒否しました。 そんな朴さんですが、私が気になるのは〝彼の本国である韓国での指紋押捺制度をどう考えておられるのか”です。 

 韓国では国民すべてが住民登録をせねばならず、その際に指紋が強制されます。 このことを朴さんが知らない訳がありません。 彼が指紋拒否運動をした当時、韓国では犯罪者どころか国民みんなが指紋押捺させられているという事実が報道されていました。 また彼の大学には韓国から留学生が多く来ており、彼らは指紋が捺された韓国住民登録証を所持しています。 朴さんは教授ですから、これを見る機会は多くあったはずです。 あるいはまた、1999年に無期懲役囚の金嬉老が仮釈放されて韓国に引き取られて晴れて韓国の国民になった時、韓国の住民登録をする際にマスコミの前で指紋押捺した姿が広く報道されました。 もし朴さんの主張のように〝指紋押捺は人権侵害である”というのなら、韓国では全ての国民の人権が侵害されていることになります。

 朴さんは韓国で指紋を強制されて人権侵害を受けている本国韓国人と、日本で指紋を強制されずに人権侵害を受けない権利を有している在日韓国人について、どう記述しているのかに私は注目しました。 しかし結果は全く記述がありませんでした。 ということは、朴さんは自分たち在日の人権侵害には敏感で押捺拒否までしたのに、本国である韓国では全国民が受けている人権侵害には関心がなく指紋押捺を容認にしていることになります。 専門家である朴さんがこのような一貫性のない主張をするのはいかがなものか、と疑問を持ちます。   (続く)

指紋押捺拒否運動への疑問  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuunanadai

朴一さん『在日という病』を読む(3)2025/08/27

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/21/9797365 の続きです。

外登証の常時携帯義務

 次に外国人登録証(外登証)の常時携帯義務ですが、朴さんはこれに違反して逮捕されます。 ちょっと長くなりますが、引用・紹介します。

1984年6月、事件が起こりました。 車を運転中に名神高速道路尼崎インターチェンジ入り口で飲酒検問があり、私は外国人登録証(以下、外登証)を携帯していないという理由で、警察に拘束され、尼崎西署に連行されたのです。 外国人登録法(以下、外登法)で「外登証の不携帯」という罰則規定があると聞いていましたが、実際に外登証を24時間携帯するのは不可能で、紛失を恐れていた私はいつも自宅の机の中にしまっていたのです。

その日も、外登証を自宅に置いたまま、車で外出し、たまたま高速入口で行なわれていた飲酒検問で、飲酒ではなく、外登証の不携帯で捕まったわけです。 尼崎西警察署に連れていかれると、二人の警察官から取り調べを受けることになりました。 数時間にわたり、名前、住所、職業などの個人情報だけでなく、姉や妹の配偶者の国籍や職業まで聞かれ疲れていた私は、警察官の質問につっけんどんに答えていたところ、突然、質問していた若い警官がキレて、私にこう言ったのです。

「日本の法律を守らんのやったら、さっさと自分の国に帰れ」

この警察官の一言で、私もアンガ-コントロールできなくなり、こう言い返しました。

「外登証の常時携帯って言いますけど、街の銭湯に行くとき、どうすればいいんですかね。 服脱いで、裸になったとき、ビニール袋にこの外登証を入れて、首からぶら下げて入れるんですか。 あなたも、一度やってみてくださいよ」

この一言で、取り調べは終わり、私の外登法違反事件は裁判所送りになり、数日後、裁判所から次のような略式命令が下されました。

「被告人を罰金8000円に処する。 罰金を完納することができないときは、金2000円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する」

外登証を常時携帯することなど、そもそも不可能なことなのに、それを罪に四日間も労役場留置するとは。 指紋押捺だけでなく、外登証の常時携帯も外国人に対する人権侵害以外の何ものでもない。 指紋押捺拒否運動の方針に、押捺制度の廃止と同時に、外登証の常時携帯制度の廃止を盛り込んだのは、この不条理な判決からです。 (以上、75~77頁)

 私は〝何とアホな人だろう!”と思いました。 外登証をうっかり所持しないで外出することは在日の誰でもよくあることですが、警察の検問や不審尋問などの際に見つかったならば、すぐに家に電話して家人に持ってきてもらえばそれで済んだ話です。 しかし、もし家にもなくて今すぐ提示できないとなれば、外登証の番号を言うとか、誰かに身分を証明してもらうとかしなければなりません。

 1980年代ですから韓国からの密入国者が多かった時代で 密入国者数は数万人などと言われていて、ある人は10万人を越えるなんて言っていましたね。 それ以外に北朝鮮からの工作員潜入もありました。 ですから警察は韓国・朝鮮人だと分かれば、すぐにその身分を確認するために外登証の提示を求めていました。 もし提示しなければ、密入国などの疑いをかけられることになります。 朴さんはそれを人権侵害だとして、おそらく学生運動のノリでイキがって警察に抵抗したのでしょう。 そんなことをすれば、警察はさらに怪しんで徹底した調査をすることになります。

 数時間も取り調べられ、「姉や妹の配偶者の国籍や職業まで聞かれた」といいますから、家人(姉や妹の配偶者)に外登証を持ってきてもらおうとしたのでしょうか。 おそらく朴さんの態度から怪しんだ警察はさらに〝その人は誰だ?”と追及したのでしょう。

 ところが朴さんは逮捕されました(後述)。 逮捕されたとなると、家にあるはずの外登証が見つからず、警察官に外登証の実物を呈示できなかったと考えられます。 おそらくは在留資格(当時は協定永住、126-2-6、4-1-16-2など)を確認するまでの間、逃亡の恐れありとして拘束されたものと思われます。 結局、外登証常時携帯義務違反で罰金8000円。 前科がつきました。

 当時、在日は免許証の本籍欄に「韓国(あるいは朝鮮)」と書かれていましたから、車を運転していて警察の検問にあって免許証を呈示すると、必ず「外登は?」と聞かれました。 だから在日は免許証と外登証をセットで持っているものでした。 しかし朴さんは持っていなかったし、しかもそれをネタに警察とケンカしたというのですから、おそらく最初から反権力思想の実践をしてやろうと身構えていた、つまり確信犯ではないかと思いました。 こんな些細でくだらないことで警察に抵抗しても、相手は最末端の警官ですから何の意味もなく、本人が時間とお金を損するだけです。 まあ、学生運動の仲間うちで〝武勇伝”の自慢話をするくらいの意味はあったでしょうが‥‥。

 ところで朴さんは警察官に「街の銭湯に行く時どうすればいいのか、首にぶら下げて風呂に入れというのか」と聞いたといいます。 これは昔から在日社会で、外登証の常時携帯義務を揶揄する話として語られてきたものです。 これ以外に、在日は相撲力士になったら外登証をまわしに入れておくのか、とかのバージョンがありました。 私がこの話を聞いたのは1970年代初めでしたから、ずっと語り続けられてきたようです。 こんなバカ話を取り調べ中の警察官相手にしたとは、“ほんまにアホ”としか言いようがないですねえ。 また、そんなしょうもない昔の話を数十年経った今度の著書に書き残すなんて、やっぱり〝いちびり大阪人やなあ‥”と思いました。

 なお朴さんは「逮捕」されたと書きましたが、これは次の記述によるものです。

1986年7月8日、ついに尼崎市役所の市民課で指紋押捺を拒否‥‥ もし告発されて裁判になれば、二度目の逮捕もありうるわけで (80頁)

と、過去に逮捕歴があったことを明かしています。 それは今回の外登証常時携帯義務違反ですね。

 なお念のために申しますと、在日の外登証は1991年の特別永住制度の発足時に「特別永住者証明書」となり、その常時携帯義務がなくなりました。 今回記事のような常時携帯義務違反事件は、それより以前のことになります。     (続く)

朴一さん『在日という病』を読む(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/15/9796104

朴一さん『在日という病』を読む(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/21/9797365

 

【在日に関する拙論(2021年以降分)】

『在日コリアンが韓国に留学したら』を読む(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/06/9737449

『在日コリアンが韓国に留学したら』を読む(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/11/9738817

在日韓国・朝鮮人自然消滅論(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/26/9734747

在日韓国・朝鮮人自然消滅論(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/01/9736094

在日の「国籍剥奪論」はあり得ない https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/19/9732903

玄善允ブログ(2)―在日の錦衣還鄕がトラブルに https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/04/04/9673005

在日韓国人と本国韓国人間の障壁  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/12/12/9641974

在日の定義は歴史意識にある―『抗路11』 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/03/24/9670017

在日のアイデンティティは被差別なのか―尹健次 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/12/9387023

『抗路』への違和感(2)―趙博「外国人身分に貶められた」 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/02/9383666

李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013

李青若(2)―「あなたは同化しているね」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013

李青若(3)―1990年代の在日問題 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/11/9547102