『前進プロレス』対『解放実話』2012/07/14

 「前進プロレス」とか「解放実話」という言葉を知っている人は、おそらくほとんどいないでしょう。    『前進』とは過激派の一つ、中核派の機関紙です。『解放』とは中核派と対立する革マル派の機関紙です。

 1970年代は、ミニコミ誌を扱う書店があちこちにあって、『前進』や『解放』も置いていました。私は買うことはほとんどなく、立ち読みでしたが、知人がよく買っていました。

 『前進』の特徴は、何と言ってもその表現の極端なほどの過激さでした。実際はそんなに大したことがないのに、それこそ一帯が大量の血で染まったかのような表現が多かったものです。当時はプロレス全盛時代で、プロレス新聞がまさにそんな言葉を繰り返す新聞でした。『前進』も、これに負けず劣らずというもので、周囲は『前進プロレス』と揶揄したものでした。  最初のうちは言葉の遊びのような感覚で読んでいたのですが、革マルとのそれこそ悲惨で残忍極まりない内ゲバ殺人が本格化すると、過激な言葉をそのまま実践する中核派に戦慄を覚えたものでした。

 一方の『解放』。革マル派は情報収集能力に定評があります。10何年前でしたか、警察のデジタル無線を盗聴していたことが判明し、大きな話題になりました。1970年代も、敵対する中核派など、狙った人物を組織的に探偵し、その情報を『解放』に掲載していました。その情報にはスキャンダラスなものが多かったのです。当時のスキャンダル雑誌『週刊実話』をもじって、『解放実話』と揶揄されていました。  情報が確かなだけに、敵対する中核派を殺したというような話は、実にリアリティのある内容で、これもまた戦慄を覚えたものでした。

 日本の過激派は、以上だけでなく社青同や共産同等々、様々な党派が内部分裂・離合集散していました。どの機関紙の内容も似たり寄ったりでした。

 1980年頃でしたか、パレスティナ支援に行った過激派の人が、自分たちの機関紙を持っていって、忠実に訳して向こうの人に読んで貰ったら、あの平和で繁栄している日本がこんなに混乱しているのかとビックリして、よくよく聞いてみたら中身が全くないものと分かり、かえって信頼を失った、という話を聞いたことがありました。

 日本の過激派は歴史の藻屑に消え去るしかない存在です。彼らがいまだ生き残っていることに、生きた化石のような感想を持ちます。それでもその生きた化石が今の世の中でも時々悪さをするのは、困ったものです。