ラムザイヤー部落論(5)―反社に行く者,地区から出る者2022/01/15

さらに皮肉なことに、この事業は部落民の男性が合法的な仕事から離れるのを助長した。若い部落民にとって同和事業は、相対的に収益源を合法な職業と違法な職業の間で転換させた。 新たに生じた犯罪収益を考慮にいれたところ、多くの若い男性は、日本の主流派に加わるために不可欠な教育投資よりも、違法な活動を選択した。 多くの部落民が暴力団に加わったので、主流派の日本人は恐怖のため彼らを避けた。 すなわち、暴力団の関与自体が差別を引き起こしたのである。

 同和事業によって、部落民の少なからずが「合法的な仕事から離れる」「不可欠な教育投資よりも、違法な活動を選択した」「暴力団に加わった」というのは事実です。 

 私自身、1970年代に同和地区の同和企業でアルバイトをしていた時、地区には現役の複数のヤクザが住んでおり、それに誰も違和感を持たない地区の雰囲気を実感しました。 これは実際に体験した人でなければ分からないでしょうねえ。

 1980年代に、同推校(同和教育推進校)の教師を長年していた方から聞いた話ですが、街で偶然に卒業生に会って「真面目にやっているか?」と聞いたら、「真面目にヤクザをやっています」と答えられてビックリしたと言ってましたねえ。 「ヤクザって、真面目にやるものなのか?」と嘆いていました。 

 なお全ての部落民がヤクザに行ったということではありません。 ちゃんと勉強して、まともな市民生活をしている人もいました。 ただそういう人は、大抵が同和地区に残らずに出ていきましたねえ。

 1980年頃ですが、解放同盟の方から私が大学を出ていると聞いて、「俺は大学出というのは嫌いやねん。 うちのムラ(同和地区のこと)でも、大学出た奴はみんなムラから出ていきよる。 一人も帰って来ん。」と言ったことをはっきりと覚えています。

 もう資料は捨ててしまいましたが、ある同和地区部落民の職業調査表がありました。 1980年と90年の調査だったと記憶しています。 1980年のそれを見ると、20代で「教育関係」というのが10数%でした。 当然それなりの勉強しそれなりの学歴を得た人たちでしょう。 ところが10年後の1990年には、30代の「教育関係」者はわずか数%ほどになっていたのです。 つまり20代に教育関係の仕事をしていた若い部落民は、10年後に四分の一に減っていたのです。 これを見て、やはりそうだろうなあ、ちゃんと勉強している人は部落から出ていくのだなあと思いましたねえ。

【拙稿参照】

解放運動に入り込むヤクザ    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/04/1482616

差別とヤクザ         http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuyondai

【ラムザイヤー教授論文】

https://jigensha.info/2021/10/16/ramseyer2018-1/

https://jigensha.info/2021/10/23/ramseyer2018-2/

https://jigensha.info/2021/10/30/ramseyer2018-3/

https://jigensha.info/2021/11/06/ramseyer2018-4/

コメント

_ 昔昔の話 ― 2022/01/17 08:44

山本信太郎著 東京アンダーナイト という本があります。 中古本で今でも売っているようです。赤坂のニューラテンクオーターの店長をしていた人の手記です。 児玉誉士夫の懐刀・大蔵部だった吉田機関の人たちのことがなるほど と分かります。 その他にも力道山を刺した村田某氏の表向きの理由が 真実を隠すためのものであること が推測できます。 面白い本です

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