北朝鮮の主体(チュチェ)思想とキリスト教(2) ― 2026/06/30
https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/06/23/9861457 の続きです。
元大統領で、長年日曜学校の教師も務めたジミー・カーター氏は、1994年に金日成氏と会談するために訪朝した際、北朝鮮が「ブランチ・ダビディアン」に似ていることに衝撃を受けた。 ブランチ・ダビディアンはテキサス州のキリスト教宗派で、前年に米連邦捜査官らと対立して同州ウェーコの拠点が包囲され、86人の死者が出ていた。 「ウェーコの宗教団体のような社会だ」。 カーター氏は同じ月にこのように書き残している。 「金日成主義」の信奉者は、その著作を学び、格言を暗記することや、全住居のメインルームに掛けられた肖像画のほこりを払うこと、同氏の誕生日や元日、卒業や結婚などほぼ全ての重要な日に、同氏の銅像に敬意を表して頭を下げることを求められた。
ブランチ・ダビディアンはアメリカで生まれたキリスト教のカルト集団で、激しい武装闘争をくりひろげました。 詳しくは検索して調べてみてください。 カーター元大統領はこのカルト集団と北朝鮮が類似していると直感したわけです。
当時の北朝鮮では、チュチェ思想を「金日成主義」としていたようです。 「自主、自立、自衛」を掲げる「チュチェ思想」よりも、個人崇拝であることをそのまま露骨に表わす「金日成主義」の方が的確なように思われます。
そして記事では、金日成主義で洗脳された北朝鮮の人は国外に出て初めてその宗教性に気付くことが書かれています。
1989年にポーランド留学中に亡命したという北朝鮮人は、これを簡潔に表現した。 「北朝鮮にいた時、私は金日成を神だと思っていた」。 実際、もし金日成主義を宗教に分類するならば、それは世界最大級の宗教になり、ユダヤ教徒ほぼ同数の信者がいることになるだろう。
多くの北朝鮮人にとって、自身がその中で育てられてきたイデオロギーの宗教性を初めて認識したのは、国外に出た後だった。 「偉大な指導者」のための極秘任務で出国した際に気づいたというケースもある。
1968年にソウルで韓国大統領を暗殺する任務のさなかに拘束された北朝鮮の特殊部隊員は、初めてキリスト教に触れた時に感じた混乱を覚えている。 「彼らが神について語るたび、私は頭の中で金日成を思い出した」。 この人物は後にキリスト教の牧師になった。
1987年11月の大韓航空機爆破事件に関与し、その後逮捕された北朝鮮の金賢姫元工作員は、最終的にキリスト教に改宗した。 彼女はキリスト教と金日成主義との関連をさらに踏み込んで指摘した。 「最初に聖書を学び、それからチュチェを学べば、はるかに容易に理解できる」と彼女は語った。 「イエスの名前を金日成に置き換えてもよいと思う」。
北朝鮮では、宗教は徹底的に弾圧されてきました。 北朝鮮の人々はキリスト教に接することができなかったのですが、代わりに金日成を崇める「チュチェ思想=金日成主義」が与えられました。 そして人々は国外に出て初めて、金日成はキリスト教の神と同じだったことに気付きます。 今回の記事にはありませんが、大韓航空爆破事件の金賢姫は拉致被害者家族の横田早紀江さんに会った際に次のような対話をしたそうです。
(クリスチャンの横田早紀江さんが)『あなたが信奉する共産主義を捨てて信仰をもつのは非常に大変と思いますが、どうして信じる決心ができたのですか』と質問した時、金賢姫さんはこう答えてくれました。 『それは簡単です。頭では金日成を捨て、イエス・キリストを受け入れたのです。首から下は同じです』と。その回答は明快でした https://www.logos-ministries.org/blog/?p=3168
金日成主義にある金日成をイエス・キリストに置き換えれば、敬虔なキリスト教徒になるということです。 洗脳を解く有力な方法なのかも知れません。
ところで最後になりますが、北朝鮮についてカルト宗教と同じということで説明する人が多いですね。 たとえばオーム真理教なんかと比較して論じられたりしますが、それはイメージ的にそのように見えるという程度の分析です。 カルト宗教の教祖を金日成に置き換えれば金日成主義となるというのは、それはそれで正しいと思われます。 しかし今回の記事では〝どんな宗教と具体的にどのように繋がってカルトになったのか”というところまで書かれていて、ちょっと新鮮味を感じた次第です。 (終わり)
【追記】
韓国の『中央日報』の6月3日付け記事には、次のように記されています。https://japanese.joins.com/JArticle/350003
金日成の個人崇拝、『米国の長老派宣教師』が芽を出させた
「私はキリスト教徒なので金日成(キム・イルソン)バッジはつけません」
2017年秋、当時ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)ソウル支局長だったジョナサン・チョン氏(44)は、北朝鮮の招待で訪れた平壌(ピョンヤン)で現地の牧師からこの言葉を聞き衝撃を受けた。 「金日成主義」と「キリスト教」が同じレベルの「宗教」であると確信した瞬間だった。
「‥『平壌に教会があると聞いたが日曜礼拝に参加できるか』と依頼し、鳳岫(ポンス)教会と七谷(チルゴル)教会を訪れた。驚くことに教会内には金日成・金正日の肖像が一つもなかった。牧師も信者もバッジを付けていなかった ‥‥ 礼拝後に理由を聞くと『私たちはキリスト教徒だから』と言った。 これは政権自身が『金日成主義』と『キリスト教』を同じレベルの宗教として認識している証拠だ」
北朝鮮ではキリスト教や仏教などの宗教は徹底的に弾圧されて、ほとんど跡形もなくなりました。 しかし1970年代になって、国内に宗教が全くないというのは国際的に問題視されるようになってきたため、政府の指導の下にキリスト教会や仏教寺院が建てられたようです。 ただし、それらは外国からの賓客や旅行客のための見学用施設でしかありません。 カンボジアのシアヌーク元国王殿下が北朝鮮に亡命・滞在していた時、殿下が熱心な仏教徒だったので急きょお寺が作られたことは有名な話ですね。
平壌のキリスト教会は外国人の見学用ですから、宗教施設としての見栄えを重視したと思われます。 金日成バッジをつけないとか、金日成の肖像がないとかは、そのためでしょう。 あるいは金日成はキリスト教徒ではないことを示したかったのかも知れません。 何しろ北朝鮮では、キリスト教徒は出身成分では最下の敵対階層に属しますから。
「金日成主義とキリスト教が同じレベルの宗教」は論者であるジョナサン・チョン氏の分析ですが、それは〝金日成を崇拝することと神に仕えることとは宗教的に同一レベル”という意味だと思われます。
【北朝鮮に関する拙稿】
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の建国日は本当か? https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/10/10/9723031
朝鮮民主主義人民共和国の正統性は何か? https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/11/21/9636056
在日朝鮮人が話す北朝鮮 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/12/19/9643754
北朝鮮には税金がない、その代わり‥‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/02/18/9660183
脱北して戻ってきた在日 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/02/25/9662215
駐キューバ外交官の亡命ー北の人民は統一を望む https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/07/23/9703546
この世はすべて金―北朝鮮 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/05/25/9687110
北朝鮮の「갓끈 전술(帽子の紐 戦術)」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/01/08/9022748
北朝鮮が崩壊しないわけ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/08/04/1701479
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『写真と絵で見る北朝鮮現代史』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/02/06/5665262
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韓国の北朝鮮研究 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/02/22/5698027
第8題 現代に残る古代国家 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachidai
第45題 天皇制と首領制の比較 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuugodai
第57題 北朝鮮と小中華思想 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuunanadai
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