名前を呼び合わない韓国人女性たち2019/05/14

 韓国のベストセラー小説で、日本でも昨年翻訳出版された『82年生まれ、キム・ジヨン』が、ちょっと話題になっていました。 かなり売れているみたいです。 私も原本と翻訳本を入手して、比較しながら読んでみました。 翻訳については言いたいことがかなりあるのですが、まあそれは置いておきます。

 翻訳本(筑摩書房)には、最後のところに伊東順子さんの解説があります。 そこでは現在の韓国のジェンダー状況を整理して解説してくれています。 そこに韓国人女性の名前について、韓国社会でのあり方と小説とを比較して、次のように解説しています。

家族の中だけに限らず、ママ友やご近所同士でも、女たちは互いの名字も名前も知らないことが多い。 この小説では、それぞれの女性にきちんとした名前を与えることで、彼女たちの家族から切り離し、独立した一個の人間として、リスペクトする態度を示している。(185頁)

 日本ではちょっと考えられないでしょうが、韓国では女性の名前について「家族、ママ友やご近所同士でも、女たちは互いの名字も名前も知らない」という状況です。 だったらその女性をどうやって呼んでいるかというと、子供の名前を使って呼び合うのです。

 例えばチャンスという子供がいれば、「チャンス オンマ(チャンスの母ちゃん)」という具合に呼びます。 家族内や近所なんかでは母親の実名を呼び合うことは、普通ありません。 だから家族でも「チャンス オンマの名前は何だったっけ?」と聞くようなことが起きるのです。

 韓国の女性社会では互助組織的な「契」という、日本での頼母子講に相当する集まりが盛んで、今も残っているようです。 民俗学や文化人類学の対象にもなるのですが、この「契」の名簿には当事者である女性の名前ではなく、子供や夫の名前が使われる例が多いと報告されています。 つまり普段から顔を互いに見合わせており、しかもかなりのお金を融通し合う「契」ですら、女性たちは名前を知らないということになります。

 韓国社会では女性の名前がこういう状況ですから、この小説で登場人物の女性の名前が記されるのは伊東さんの解説通りにそれだけで意味あることなのです。 これは日本人ではちょっと理解が難しいだろうと思いますが、これを念頭においてこの小説をお読みになることをお勧めします。

 ところで韓国では女性の名前を呼ばない慣習があることは、以前から知られています。 これは古く李朝時代に、女性に名前がなかったことの名残りだと考えられます。 つまり元々女性に名前がなかったものが、近代になって戸籍が整備された際に女性にも名前が付けられるようになりました。 しかし実際の生活ではその名前ではなく子供や親、夫の関係や出身地で呼び合う慣習は根強く残り、名前で呼ぶのをためらう感覚が維持されたまま現在に至っているというのが私の考えです。

 むかし朝鮮人女性に名前がなかったという歴史事実について、これまで下記のように論じました。 ご興味のある方はご笑覧ください。

【拙稿参照】 名前を忌避する韓国の女性  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/03/10/8043916

李朝時代に女性は名前がなかったのか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/02/29/8033782

李朝時代に女性は名前がなかったのか(2)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/03/23/8055612

李朝時代に女性は名前がなかったのか(3)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/01/8061795

李朝時代に女性は名前がなかったのか(4)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/04/8083000

かつて朝鮮人女性には名前がなかった http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/12/13/9011386

李朝時代の婢には名前がある  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/03/19/8053165

許蘭雪軒・申師任堂の「本名」とは? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/03/31/8060665

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