金時鐘氏は不法滞在者(3)―なぜ自首しなかったのか2023/10/17

 金時鐘氏の不法滞在について、拙ブログの https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/12/9624809 で次のように書きました。

<金さんは本来なら早い段階で警察や入管に自首し、一旦退去強制命令を受けた後、法務大臣から「在留特別許可」をもらって「金時鐘」という元々の本名での外国人登録証を取得するという過程を経ねばならないところでした。 そうすれば何の心配もなく日本に堂々と在住できました。 しかしそれをせずに、さらには不正の外国人登録をそのままにしておいて本国の戸籍まで作ったというのですから、日本での罪に韓国での罪を重ねたことになります。> 

 金さんがなぜ警察や入管に自首して不法滞在を解消し、安定した日本滞在資格を得ようとしなかったのかが気になって、彼の来日以降の経歴を調べてみました。 まずは密航(密入国)時にはどのような状況だったのか、金さんは次のように語ります。

(1949年の密航直後に大阪鶴橋にやって来て、行く当ても泊まる所もなく)‥‥私は意を決してふらりふらり表通りを歩き出しました。 警官を見つけて自首するつもりでいたのでした。 日本に来たいきさつを語り、北朝鮮への送還を願い出れば、よもや殺戮の地(韓国のこと)へ送り返しはしまいと、呪文をつぶやくように何度も何度も自分に言い聞かせていました。 (金時鐘 『朝鮮と日本に生きる』岩波新書 2015年2月 以下同じ 240頁)

 日本への密航は、最初から北朝鮮に行くことが目的だったことが分かります。 そしてそのために日本の警察に自首することを考えます。 金さんはGHQ占領下の日本が反共陣営に組み込まれている現状を全く知らなかったのですねえ。 GHQは日本政府に密航の取り締まりを厳しくするよう命じていましたから、この時に自首すれば逮捕されて北朝鮮どころか最も恐れていた韓国に送還されていたでしょう。

 ところが自首しようとする前に偶然に知り合いに出会い、住み込みの仕事を探してもらって日本での生活が始まりました。 金さんは韓国では南朝鮮労働党の党員でしたから、日本でも共産主義者として生きていく決意をします。 半年ほど経ってからのことです。

なんとか在日朝鮮人の運動体につながらねば、と思っていたところへ、日本共産党への集団入党が地区単位でできるとの誘いが、生野区の朝連(朝鮮人連盟)活動家からもたらされました。‥‥私は1月末、自己を奮い立たせるように日本共産党の党員の一人になりました。‥‥中川本通り(生野区)近くにあった民族学校跡の、民戦(在日朝鮮統一民主戦線の略称。日本共産傘下にあった在日朝鮮人活動組織)大阪府本部臨時事務所に非常勤で詰めるようになりました。 (同上 248頁)

 こうして金さんは日本共産党員として、その傘下の在日朝鮮人組織で働くようになります。 ですから当時の共産党の武装闘争路線に従い、1952年の吹田騒乱事件に参加するなど過激な活動も行ないます。 そして次の任務を与えられます。

1953年が明けて‥‥(民戦から)私に、またもや新たな任務が伝えられてきました。‥‥未組織の朝鮮青年たちが寄り合える文化サークルを作り、文学関連の雑誌を発行して、朝鮮民主主義人民共和国の正統性と優越性を平場から宣伝するように、との決定通知でした。‥‥「大阪朝鮮詩人集団」という、仰々しい看板を掲げて詩誌『ヂンダレ』を発行することに急遽決まりました。 (同上 276頁)

 金さんはこの『ヂンダレ』18号(岩波書店『わが生と詩』138頁によれば20号)に朝鮮総連の権威主義・政治主義・画一主義を指摘する論稿「盲と蛇の押問答」を発表したのですが、これによって彼は総連および北朝鮮から激しい批判を浴びます。

ある日突如、民戦に取って替わって北朝鮮一辺倒へ舵を切ったばかりの朝鮮総連から、思想悪のサンプルにされる「ヂンダレ批判」、これはイコール金時鐘への組織批判でもあったものですが、その批判にもし私がさらされていなかったならば、私はいの一番に北朝鮮に帰っていたはずの者です。(同上  277頁)

私は北に帰ることばかり夢見て耐えた。 日本に来るときも、日本から北に帰る船が出ると聞いていた。 それだけが希望だった。 それが新潟に対する憧れだった。 (金石範・金時鐘の対談『在日を生きる思想』東方出版 2004年7月 119頁)

1959年末に北朝鮮への帰国第一船が出ます。 朝鮮総連は北朝鮮の国家権威を笠に着て、全盛期を謳歌していました。 あの当時の僕は、組織的に国家的に疎外されていながらでも、それでも北朝鮮に早く帰国せねばと思っていました‥‥(金時鐘・佐高信『「在日」を生きる』集英社新書 2018年1月 174頁)

 金さんは北朝鮮帰国事業の帰国船に乗るつもりをしていたのですが、「ヂンダレ批判」によって朝鮮総連と北朝鮮から反組織分子・民族虚無主義と決めつけられ、「思想悪のサンプル」というレッテルまで貼られたのでした。 これによって、金さんは北朝鮮に帰る道を閉ざされました。

結局のところ北朝鮮には帰れない。 韓国にも帰れない。 それで僕は否応なしに、かつての宗主国だった日本に暮らさざるを得なくなるわけですが、日本でしか生きてゆけない自分とは何者だろう? どう生きてゆけばいいのだろうと、もがいてあがいたあげく手探りでつかんだのが、「在日を生きる」という命題でした。 (『「在日」を生きる』集英社新書 174~175頁)

 金さんは日本では一時的滞在者のつもりで生きてきましたが、北朝鮮にも韓国にも帰ることができなくなりました。 そして1960年ころから「在日を生きる」を言い始めます。 もはや日本からの脱出を諦めたのでした。 しかし直ぐには気持ちを切り替えることはできなかったようです。

荒れに荒れて、毎日浴びるように安酒ばかり呑んでいました。 その日暮らしもおぼつかないというのに(診療所の事務職も、総連の地域支部からの横やりで、半年ももたずに辞めていました)、なぜか酒だけはなんとかありつけるのです。 (『朝鮮と日本に生きる』岩波新書  284頁)

 荒れた生活が10年以上続き、金さんはいよいよ「在日を生きる」ことを実践することになります。 具体的には1973年に兵庫県の公立高校に教師として働き始めます。 ただし金さんは教員免許を持っていないので、公式には「実習助手」としての採用でした。 この高校で16年間勤め上げ、1988年に退職しました。

 金さんは「在日を生きる」を掲げて、在日朝鮮人問題で何冊もの著作を出し、各地を講演して回ります。 そして1998年に韓国に金大中政権が誕生したことにより、金さんは「朝鮮籍」を維持したまま故郷の済州島を訪問して、両親の墓参りを実現します。 これ以降、数回墓参りをするのですが、「朝鮮籍」のままでは墓参りを続けることが難しいとの理由で、2003年に韓国に戸籍を創設し、韓国籍者となりました。 この時の韓国戸籍名は金時鐘ではなく、50年以上前に日本に密入国して不正に入手した外国人登録証名の「林大造」でした。

 以上、金時鐘氏の経歴をざっとまとめてみました。 金さんは1960年頃までは北朝鮮に帰国することを切に願っていました。 それがかなわないと知ると飲んだくれの荒れた生活を1970年頃まで続けたということなので、それまでは日本に在住することに積極的な意味はなかったと言えます。 従って日本での在住資格なんて金さんにとってどうでもいいことだったでしょうから、とりあえず日本での生活に便利なように「林大造」名の外国人登録を続けてきたのではないでしょうか。

 しかし1970年以降、「在日を生きる」実践を真剣に決意してからは、在留資格は重要な意味を持ちます。 安定した在留資格を得るには、法務大臣から「在留特別許可」をもらうしかありません。 そのためには警察・入管に自首して、過去の密入国と外国人登録証不正入手・使用の不法行為を明らかにせねばなりません。

 自首はいつでも出来るのですが、 金さんの経歴を見ると自首すべきであった機会が二回ありました。 一つは地方公務員に就職した1973年であり、もう一つは韓国に戸籍を作った2003年です。 しかしどちらも自首せず、従って新たに在留資格を得ることもなく、「林大造」のまま不法滞在を続けたのでした。 これは何故なのか。

 ここは憶測になりますが、金さんには子供さんがおられないようです。 もし正当な在留資格を持つ子供がいればほぼ確実に「在留特別許可」を得られるのですが、そもそも子供がいないとなれば強制送還の可能性がかなり高くなります。 「在日を生きとおす」(集英社新書『在日一世の記憶』574頁)と宣言したからには強制送還を避けねばなりません。 そのためにこれまで通り、正規の外国人登録証(今は特別永住者証明書)を有する他人の「林大造」に成り変わったまま生き抜く決意をされたのではないか、だから自首されなかったのではないかと思ったのですが、どうでしょうか。 (終わり)

【密航者に関する拙稿】

在日の密航者の法的地位         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/23/6874269

韓国密航者の手記―尹学準        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/03/7933877

集英社『在日一世の記憶』(その3)    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/12/31/4035996

本名を取り戻した在日のおばあさん  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/03/23/9050390

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