小松川事件―民族問題を絡めてはならない(3) ― 2024/11/13
https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/08/9729822 の続きです。
同じように凶悪犯罪でありながら民族問題が絡んだのが、その10年後の1968年に起きた「金嬉老事件」です。 金嬉老は少年時代から窃盗・詐欺・強盗などを繰り返して何度も逮捕され刑務所を出入りする犯罪常習者でした。 1968年に借金の取り立てトラブルから暴力団二人を殺害した後、ライフル銃とダイナマイトを持ち込んで旅館に人質を取って立てこもり、そこにマスコミらを呼んで在日朝鮮人差別を訴え、日本を糾弾しました。 マスコミはその籠城現場に行って金を取材し、生中継するなど、その訴えを報じました。 また金はマスコミの注文に応じて銃を撃つなどのパフォーマンスを演じました。
多くの日本知識人たちが民族差別を訴える金嬉老を支援しました。 支援者たちは人質をとって籠城し民族差別を訴えている金に、次のような「よびかけ」を行ないました。
私たちは今回のあなたの行動を通じて、日本人の民族的偏見にかかわる痛烈な告発を知りました。 私たちはもしもあなたが命を失っても、あなたが叫び続けた問題を、その本質において受け止めねばならないと思います。 私たちは今、あなたにどのような手をさしのべるべきなのか、深刻な反省とともに考えております。‥‥ あなたの行動は民族の責任を衝きました。 私たちはまさに日本民族のために、あなたの声を真っ向から受け止めたいと思います。
そして支援者らは金嬉老の裁判において、「法廷を通じて在日朝鮮人のかかえた問題と、日本人の責任を明らかにする」として、「朝鮮植民地化の責任、関東大震災の朝鮮人虐殺の責任‥‥一度でも問われたことがあったのか。 それを問うことなしに、金嬉老の“犯罪”だけを問おうとするのか」 「日本国家は金嬉老を裁くことができるのか」 「悪いのは国家権力であり、民族差別だ」 「日本人は金嬉老を裁く一切の資格を喪失している」 「金嬉老の無罪を主張する」と訴えたのでした。
凶悪事件を起こした犯罪者が民族差別を訴えると、多くの著名な知識人が支援者として事件現場や裁判に駆けつけ、「日本は金嬉老を裁く資格がない」とまで言って呼応したのですから、裁判は異例な展開をみせました。 金嬉老は“民族差別があったから事件が起きたのだ、すべて責任は日本社会にある、自分は無罪だ”と主張しました。 また収監されていた拘置所(静岡刑務所内)で、金はこの支援運動を背景に刑務官らを脅して操り、自由気ままに行動しました。 寿司でも何でも刑務官に買わせ、監房の出入り自由を獲得し、女囚との密会までしていたのです。 一番驚かせたのは、出刃包丁を差し入れさせたことでした。 そのため刑務官は自殺に追い込まれました。
借金トラブルで二人を殺害し、銃とダイナマイトを持って人質をとって立てこもるという凶悪事件に民族問題を絡ませると、こんなことになるのですねえ。 支援者たちは厳しい民族差別を加える日本社会を告発する意図でしたが、金嬉老にとって民族問題は身勝手に振る舞い自分の罪を免れるための道具でしかなかったようです。
金嬉老は韓国では「民族の英雄」とされましたが、裁判の結果、無期懲役に処せられました。 そして金は仮釈放ののち韓国に引き取られ、歓迎を受けました。 しかしその韓国でもまた殺人未遂・放火・監禁などの罪を重ね、韓国のマスコミは「堕ちた英雄」と呼び、韓国での評判は地に落ちました。 金は、“根っからの犯罪者”とも言うべき人物だったのです。
おそらく金嬉老は、10年前の小松川事件で知識人たちが民族問題として取り上げて支援したことを覚えていたのではないか、そして民族問題を訴えれば自分は有利になると思ったのではないか‥‥、そのように考えるのですが、どうでしょうか。
1958年の小松川事件と1968年の金嬉老事件。 この二つの凶悪事件は日本人や在日知識人らが犯人を支援し、マスコミを賑わせました。 二つの事件の内容はもともと民族問題とは何も関係なかったのですが、一つは支援者側の意図で、もう一つは犯罪者本人の意図に支援者側が同調・応援して、どちらも民族問題が絡んでしまい、在日韓国・朝鮮人の歴史に残ったと言えます。
姜尚中さんは、金嬉老事件から30年経って金が仮釈放されて韓国に引き取られた1999年9月、全国紙で次のように発言しています。
最近、日韓が急速に近しい関係になっているが、金嬉老を生み出した差別構造は残ったまま。 事件から学ばず、歴史の中に封じ込めれば、今後、第二、第三の金嬉老が生まれる可能性がある。 (1999年9月7日付『毎日新聞』)
この姜尚中さん発言の翌年にルーシー・ブラックマン事件が起きました。 この強姦バラバラ殺人事件の犯人は、織原城二(帰化以前の本名は「金聖鐘」、通名「星山聖鐘」)という帰化した在日です。 けれど「第二の金嬉老」とは呼ばれなかったですね。 週刊誌が彼の身元を暴露し、在特会とかネットウヨとかの嫌韓派が執拗にヘイトしていたのに対し、彼は名誉棄損で訴えるなどして対抗しました。 姜さんの言う「差別構造」は残っていたことになるはずですが、誰も織原を応援しなかったです。
そして最近の在日の凶悪犯罪といえば、この4月に発生した宝島夫妻殺害事件の実行犯が姜光紀(カン・グァンギ)というハングル本名を名乗る在日韓国人の若者でした。 ニュースではハングル名が何度も出てきましたねえ。 在日がハングル読みの本名を使えば、以前ならば“民族主体性”とか“高い民族意識”とかで称賛されたものです。 ですからそんな在日が事件を犯せば、昔なら「日本の民族責任を問う」知識人たちが支援の声を上げたでしょう。 しかしこの凶悪事件でも、そんな声を上げる人はいないようです。 250万円かそこらのお金で二名の殺人と死体遺棄を請け負った犯罪者がたまたまハングル読みの本名を名乗る在日だったことに過ぎないのですから、民族問題は全く関係がありません。 それが当然でしょう。 (終わり)
小松川事件―民族問題を絡めてはならない(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/03/9728638
小松川事件―民族問題を絡めてはならない(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/08/9729822
【拙稿参照】
戦後朝鮮人の振る舞い―「事実」の経過 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/28/9299898
戦後朝鮮人の振る舞い―NHK記事に民団が人権救済申し立て http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/25/9299094
戦後の朝鮮人の振る舞い―事実を語るべきか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/08/23/9281241
水野・文『在日朝鮮人』(14)―終戦直後の状況 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/22/8135824
張赫宙「在日朝鮮人批判」(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/27/7024714
張赫宙「在日朝鮮人批判」(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/01/7030446
権逸の『回顧録』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/07/7045587
終戦後の在日朝鮮人の‘振る舞い’ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/14/7054495
在日朝鮮人の「無職者」数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/01/05/7971706
闇市における「第三国人」神話 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuusandai
在日朝鮮人の犯罪と生活保護 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuurokudai
暴力にみる民族的違和感 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuunanadai
差別とヤクザ http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuyondai