戦前の夜間小学校―朝鮮人子弟の教育(1)2025/11/09

 今の日本には、義務教育を履修できなかった人とか、近年来日して日本の教育を受けられなかった外国人などを対象とした公立の夜間中学があります。 ここに在日韓国・朝鮮人のお年寄りが通っているという話はよく聞くものです。 ところで戦前の日本では中学校ではなく、貧窮家庭の子弟を対象とした夜間小学校がありました。 そこには主に在日朝鮮人子弟の子どもが通っていました。 それほどに当時の在日朝鮮人の貧窮家庭が多かったということにもなります。 今回はこの夜間小学校のお話です。

 1910年の日韓併合以降、朝鮮人は日本(当時は内地)に出稼ぎに行く者が多くなっていきます。 当時の日本は資本主義の発展期で、工場・炭鉱・土木工事などで人手不足をきたしていました。 当初は単身者ばかりでしたが、1920年代からは朝鮮から家族を呼び寄せるなどして、家族生活する者が現われ始めます。

 そうなると、その子どもたちの教育が問題になります。 当時の朝鮮人は教育の義務がなく、学校に通う子どもが少数の時代でした。 そのいう朝鮮社会のあり方が来日してからも続いていたのです。 しかしその時の日本では、教育の義務のない朝鮮人子弟をどう扱うのかが明確ではありませんでした。 そのために当初は、朝鮮人の子どもたちは教育対策上で放置された存在であり、従って彼らの教育は軽視されていたのです。 在日朝鮮人史の概説書では、次のように説明されています。

朝鮮人の渡日は1910年代の後半から増加を示すが、当初そのほとんどは生活の糧を得るための労働を目的とする若年層の、しかも単身渡航が一般的だった。 1920年代後半に入ると幼児期に渡日したり、日本生まれの幼児が学齢期に成長するが、義務教育対象外の「外地人子弟」として、いわば教育対策上では放置された存在であったといえる。 それは1931年当時、在日朝鮮人児童約4万人のうち就学者数は7400名、就学率わずか18.5%にすぎなかったことをみても明らかである。 このことの背景として朝鮮人家庭の極度の経済的貧困、また女児には教育よりも家事に従事させるという古い因習の根強さをあげることができる。 (山田照美・朴鐘鳴編『新版 在日朝鮮人 歴史と現状』明石書店 1991年4月 160頁)

(1920年代以降)家族形態での居住が増えると問題となるのは、子どもたちの教育である。 そもそも植民地支配下の朝鮮では義務教育は実施されていなかったため、日本に住む朝鮮人の子どもも義務教育の対象になるかどうかがはっきりしておらず、日本の学校は朝鮮人の子どもを受け入れるのを嫌がった。 大阪市などでは、朝鮮人だけを集めた夜間学級を設ける学校もあったが、全体的には朝鮮人の子どもに対する教育は軽視されていた。 (水野直樹・文京洙『在日朝鮮人―歴史と現在』岩波新書 2015年1月 34頁)

 時が流れるにつれ来日する朝鮮人が多くなり、同時に在日朝鮮人の子どもの数も増えていきました。 植民地時代の朝鮮人には教育の義務は課せられていなかったので、当初はそういった朝鮮人の子どもたちの教育をどうするのか方針が定まっていませんでした。 しかしだからといって放置するわけにはいきません。 朝鮮人が多住していた東京や大阪、神戸では早くから貧窮家庭を対象に夜間小学校による教育が実践されており、朝鮮人の子どもたちはその夜間小学校に通うようになります。

大阪の場合は1922年頃から朝鮮人夜学教育の実践が行なわれ、翌年には大阪市済美郡第四尋常小学校で146人を収容する夜間部が開設され、同様に難波桜川尋常小学校でも夜間部が開設された。 神戸市でも同様な学校が二校開設され、142人が学んでいた。 以後も夜間学校は拡充されていく。 (樋口雄一『日本の朝鮮・韓国人』同成社 2022年6月 83頁)

日本政府の文部行政において朝鮮人児童の義務教育就学が公的に問題とされたのは、ようやく1930年になってからであった。 同年10月、文部省普通学務局は、拓務省朝鮮部あて回答のなかで「内地在住朝鮮人は、小学校令第32条により、学齢児童を就学せしむる義務を負うものとす」と初めて見解を示している。 (『新版 在日朝鮮人 歴史と現状』明石書店 161頁)

 1930年代に入って、日本政府はようやく朝鮮人子弟の教育を重視し始めました。 その対策の一つが東京・大阪等で実践されていたような夜間小学校の設置でした。 1930年代になって、夜間小学校は全国的に広がっていったようです。

当時(1935~36年)、朝鮮人多住地域では当局が夜間学校を設置して、在日子弟の教育に力を入れていたことが判明する。‥‥ このような夜間学校が政策的に設置されるようになったのは、1934年10月の閣議決定「朝鮮人移住対策の件」以降である。 この閣議決定は、朝鮮人の日本への渡航を厳しく制限するとともに、「内地における朝鮮人の指導向上および内地融和の図ること」(内務省警保局「協和会事業関係書類」)と決定している。 その決定を受けて、各地の内鮮融和団体などは朝鮮人子弟の義務教育への取り組みを強化している。 (金賛汀『在日コリアン百年史』三五館 1997年11月105~ 106頁)

      (続く)

 

【拙稿参照】

水野・文『在日朝鮮人』(10)―子弟の教育  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/22/8116734

在日の低学力について(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/28/9371638

在日の低学力について(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/05/9374169

日本統治下朝鮮における教育論の矛盾   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/01/1156247

学校で朝鮮語を禁止した理由 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327730

第92題「同化教育」考    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daikyuujuunidai