関東大震災朝鮮人虐殺事件の犠牲者数の検証(2)2023/08/31

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/08/26/9612591 の続きです。

 次に岩波の「吉野作造『2711人』」ですが、次のような二つの資料がありました。

吉野は、改造社の『大正大震災誌』(1924)に「朝鮮人虐殺事件」を書き、埼玉県当局の通牒などを紹介して、流言の出所について、官憲の責任あることを述べ、ついでに朝鮮罹災同胞慰問班の一員から聞いたという、朝鮮人虐殺地点と人数(計2613名)を記したが、これは、全文内務省の検閲により削除された。 (吉野作造『中国・朝鮮論』 平凡社東洋文庫1970年4月にある編者松尾尊兊の注釈 300頁)

朝鮮人虐殺事件  法学博士 吉野作造 ‥‥ 次に朝鮮人の被害の程度を述べる。 之れは朝鮮罹災同胞慰問班の一員から聞いたものであるが、此の調査は大正12年10月末日までのものであって、それ以後の分は含まれていないことを注意しなければならない。 ‥‥ 右 合計 2613人  (『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』 みすず書房 357~362頁)

 この資料では、吉野作造は殺された朝鮮人「2613人」が伝聞されたものであることを自ら記しています。 しかし岩波の『在日朝鮮人』では、「吉野の調査では2711人」という数字を挙げました。 ということは、吉野作造には伝聞による「2613人」という数字と、自分で調査して得た「2711人」という数字の二つがある、ということになります。 しかし吉野が調査したという資料は見当たりませんでした。 岩波の「吉野の調査」は、〝他人の調査を聞いた″ことを吉野自身が調査したように書いてしまったのではないかと思います。

 次に、「6415人」です。 岩波は「朝鮮人留学生らが『罹災同胞慰問団』の名目で行なった調査」、金さんは「留学生たちと共同で調査を開始して纏めた『金承学調査書』」が根拠としており、どちらも同じ数字を挙げています。 これはおそらくは、『現代史資料6』に採録されている下記資料が元になっていると考えられます。 報告者は上海独立新聞社特派員です。

報告  被殺人数 ‥‥合計 3240人(ママ 実際に数えると2889人)

以下記録は死体を発見した同胞だが、その数―千五百に達するが、私(特派員)が実地に見たのは1167人(ママ 実際に数えると1274人)

以上累計 4407人(ママ 実際に数えると4163人)

上記した第一次調査を終了した11月25日に再び各県から報告が来た‥‥被殺人数 (2256人)

以上累計 6661人(ママ 実際に数えると6419人)  大韓民国5年11月28日 血涙の中で ○○〇上   (以上『現代史資料6』 338~341頁)

 この資料は『現代史資料 関東大震災と朝鮮人』(みすず書房)にありますので、図書館に行って、その本を手に取って読むことをお勧めします。 そこには虐殺事件の地点と人数をずらっと並べられていますので、私はそこに出てくる数字を電卓たたきながら計算してみました。

 資料に出てくる数字をそのまま使いますと、第一次調査(11月25日まで)では、殺された人数は「3240人」、死体を発見したが殺されたかどうか不明が「1167人」、以上を合わせて「4407人」。 さらに11月25日に各県から新たに報告が来た被殺人数「2256人」を加えて、総計「6661人」と記載されています。 しかし実際に計算すると4407+2256=6663となりますから、計算が合いません。

 さらに細かく見ていくと、第一次調査で各地の被殺人数の合計は資料では「3240人」と記載されていますが、実際に計算してみると「2289人」となります。 また死体発見数合計は資料では「1167人」ですが、実際に数えてみると「1274人」となります。 そして総計は「4407人」と記載されますが、これも実際の計算では2889+1274=4163となります。

 これに第一次調査後に各県から報告が上がった被殺者数「2256人」を加えて、資料では「6661人」と記されていますが、これも実際に計算しますと4163+2256=6419となります。 ところが岩波と金さんの本では「6415人」となっており、ここでも数字に違いを見せています。

 虐殺された朝鮮人の総数は、「6661人」「6663人」「6419人」「6415人」と四つの数字が出てきました。

 これは一番の元となっている資料の数字が杜撰であったことに原因が求められるでしょう。 資料の数字自体が矛盾しているのです。 ちゃんと計算をしなかったのか、あるいは資料集に採録する際に写し間違えたのか。 いずれにして、あまりにもいい加減な数字ということですね。

 それに現地においてどのように調査し数えていったのか、資料では全く触れられておらず不明です。 大震災が起きたのは残暑が厳しい9月1日ですから、死体の腐敗は激しいものです。 9月10日までには当局による死体の片付けが始まっており、大量火葬体制も徐々に構築されていっています。 そんな状況の中、死者のうち朝鮮人か日本人かをどのように見分けたのか、また殺されたのかそれとも焼死圧死なのかをどうやって区別したのか、という疑問も湧きます。 しかし不思議なことに殺された朝鮮人の数は、ここでは何人、あそこでは何人とふうに具体的な数字として挙げられているのです。

 さらに資料をよく読むと、被殺人数は11月25日までで「3240人」、それ以後で「2256人」と記されています。 殺された人数として挙げられているのはこの3240+2256=5496人であって、他は「死体発見数」です。 つまり資料では朝鮮人虐殺数として明記されているのはこの5496人なのです。 たとえこの資料を真実だと信じたとしても、6000人という数字を出すのは疑問になります。

 ところで、この資料である上海独立新聞特派員の報告には、次のような前文があります。 ここに出てくる「金希山」は、独立新聞社社長の金承学のようです。

金希山 先生前  ‥‥先生! 敵京の惨酷なる「ざま」は、憐れむべきというよりも、賀すべきです。 奴らがわが同胞を虐殺したことを考えると、怒りで歯ぎしりが出て、敵土が全滅しなかったことだけが恨まれるのです。‥‥ 

到る所の、所苗束のような屍を見れば胸は痛み、両の目で、焼け残った肉を尋ねては、身体が震えました。 嗚呼! 天地は際限があるとしても、我々の積もり積もった怨恨たるいつかや、晴らす日があるだろうか。 哀しい哉。 この冤讐を晴らす者は誰であろうか。‥‥七千の我が同胞たちの孤魂 ‥‥倭地で冤魂となった七千、否、七千よりもっと多い魑魅魍魎の哀哭なのだ‥‥ (『現代史資料6』 338頁)

 関東大震災の実際の惨状を見て〝日本め!ざまーみろ!全滅すればよかったのに!″と感じたことを正直に語っています。 このような激しい感情を持った人が虐殺事件の調査にあたったのですから、最初から冷静に調査するなんてことは難しいでしょう。 ですから報告された数字はやはり客観的なものではなく、プロパガンダ的に膨らんだ数字と見た方がいいと考えます。 

 以上をまとめますと、関東大震災の際に殺された朝鮮人数として出ている数字は次の通りです。

231~233人:    殺人事件として立件され裁判に付されたため明らかとなった人数。 他に立件されなかった殺人事件が当然多数あるので、実際の被殺人数はこれを上回ることが確かである。

832人:       朝鮮総督府が被殺者だけでなく焼死・圧死・行方不明者などの犠牲者の総数として出した数字。 総督府は朝鮮戸籍を管理・運営しており、戸籍に死亡事実を記入する必要があるので、大震災で死亡した人の把握を行なったと考えられる。 従って、犠牲者数としては最低限の数として確実性があると言えるが、上述のように災害死も含めた数字であり、殺された人数については不明である。

2613~2711人:   吉野作造が伝聞した数字。 調査して得た数字と書く本もある。 数字の根拠が曖昧で、信頼できる数字かどうか疑問と言える。

5496~6661人:   上海独立新聞特派員が現地留学生らとともに調査した結果の報告。 報告された被殺人数を詳細に検討すると矛盾が目立ち、また調査にあたって激した感情を隠さず、そして調査方法について全く言及しないなど、調査に疑問を抱かざるを得ない。 従って数字は信頼性に欠け、かなり膨らませた数字ではないかと考えられる。

1000~6000人:    拙論冒頭で外村東大教授がマスコミの取材で述べた虐殺被害人数。 これの元となったのは、最近の政府中央防災会議の報告書第4章第2節にある「殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない」という記述である。 これは巷間に出回っている虐殺人数(1000~6000人)を震災総死者数(10万5千人)で割った割合数字を出しただけのもので、これを根拠に実際の被殺者人数を語ることはいかがなものかと思う。

(終わり)

【拙稿参照】

関東大震災朝鮮人虐殺事件の犠牲者数の検証(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/08/26/9612591

関東大震災―朝鮮人虐殺 寄居事件 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/08/21/9611387

水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

関東大震災時の「在日朝鮮人虐殺者」の数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/09/398058

関東大震災の朝鮮人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/26/8163009

関東大震災の日本人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/15/8189607

関東大震災「朝鮮人虐殺事件」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/09/01/8663629

「十五円五十銭」の練習―こんな在日がいるとは!? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/15/9347314

コメント

_ 大森 ― 2023/09/05 08:21

関東大震災は死者10万を超える大惨事だったが、当時の関東地方の人口は1200万
人口の1%以下
一方朝鮮人の数は全国で8万、朝鮮人の人口は西高東低なので関東地方は2、3万くらいと推測
朝鮮総督府の調査を信じるならば死者は3、4%の高率
虐殺による上乗せもうかがえるしかなり信用出来る数字のように思える

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