尹健次さんの北朝鮮密航2023/07/22

 在日二世の尹健次さんは、近代日朝関係史や在日問題に関する研究者で、かなりの本を出版されています。 また在日総合誌『抗路』の編集・発行人をしておられます。 なお尹さんが書く文章は時系列でなかったり脈絡が急に変わったりして、私には筋道立っていないと感じられて読みづらく、これまでいつも軽く読み流しするだけでした。 

 ところで最近の『抗路10』(2022年12月)に、尹健次さんの「死に向き合う」という一文があり、いつものように読み流していたのですが、そのなかに次のように北朝鮮に密航したという思い出話があり、へー!と驚きました。

東京の大学院に合格したとたん、総連中央のある部署の幹部が私に接触してきた。 東京に出たら今までの付き合いをすべて断ち切って一人で勉強しろと。 大学四年生になってやっと仲間ができはじめたと思った矢先である。 当時はよくわからなかったが、何のことはない、私を韓国に送る「革命家」に育てようというのであった。 のちに北にも密航して軍事訓練めいたものも受け、工作活動を教え込まれた。 まあ今から思うとちゃちなものだったが、青春の三・四年間、それで人生を棒に振ったと言ってよい。(219~220頁)

学生時代に留学同の集会で一・二度会ったことのある妻は、私が「革命家」「工作員」だと知っていた唯一の人である。 東京に出て四年くらいして、総連本部にいた彼女は都営バスの中から私を見つけて、飛び降りてきた。 それ以来四〇年、二人は親にも、子どもにも何も言わずに暮らした。(220頁)

 尹さんは1944年生まれで、北朝鮮に密航したのは大学院生のころと推定できますから、それは1960年代後半から1970年代前半までの間のことと思われます。 そして「青春の三・四年間、それで人生を棒に振った」にある「それ」というのが、北に密航して訓練を受けた「革命家」「工作員」活動を指すようです。

 この時期に、在日が北朝鮮に密航した事例はいくつか確認できます。 一番有名なのが徐勝さんで、1967年と1970年の二回、北朝鮮に密航したことを自ら明らかにしました。 それから「11・22学園浸透スパイ事件」の金哲顕さんは、1970年前後に秋田から密航船で北朝鮮に渡ったことをインターネット上でも明かしました。 なお今はそれが閉鎖されて見られなくなっています。

 ある在日がごく親しい人に「実は昔、北朝鮮に行ったことがある」と告白した、という話は時おり聞きますね。 それらもたいてい1970年前後のことだったという話でした。

 今はもう存在しないと思いますが、朝鮮総連内に「ハクスプチョ(学習組)」という秘密組織がありました。 総連に関係したことのある人から、〝総連活動家には金日成のためなら本当に命をかけるような人がたくさんいる"と聞いたことがあります。 それがハクスプチョで、そこの人たちもおそらく北朝鮮に密航して訓練と教育を受けたのだろうと思ったのですが、どうでしょうか。

 なお当時、北朝鮮への密航は在日だけでなく、日本人もあったようです。 北朝鮮に興味を示し朝鮮語を学ぶ日本人に対し、朝鮮総連の活動家が北朝鮮に行くことを勧めることがあったからです。 その日本人とは他ならぬ私で、20年前の拙稿で次のように思い出を語ったことがあります。 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuunanadai

(1970年代初め)朝鮮語を学び始めた時、総連の若い男性がやってきて「朝鮮に興味があるのですか。北朝鮮に行ってみませんか。」と言ってきた。

「一度行ってみたいと思うが、日本人で北朝鮮に行った人は年に数人ぐらいしかいない。日本政府がなかなか許さないでしょう。難しいでしょう。」と答えると、「だいじょうぶ、私にまかせなさい。行かせてあげますよ。」 「もっと朝鮮語や主体思想を勉強してからでないと、行っても仕方ないでしょう。」と、その時は断った。

その人が「行かせてあげる」と自信をもって言った態度が忘れられない。北朝鮮へ行くのに正規でない不法なルートがあると思わせるもので、当然それは日本に潜入した工作員によるルートだろうとおぼろげながら感じたものだった。

 これは今でも鮮明に覚えている思い出です。 北朝鮮に関心を寄せた日本人を北に送り込むというのは、当時の総連のやり方だったのでしょう。 もしその時に本当に北朝鮮に行っていたら、そのまま拉致されていたかも知れませんねえ。 拉致問題の経緯を見ると、北朝鮮に関心を寄せたことが契機となって北に行くことを誘われたという拉致被害者がいました。 今考えると、私はあの時に断っていて本当に良かったと思います。

 尹健次さんの一文を読み、ちょっと昔を思い出した次第。

【拙稿参照】

徐勝さんは二回も北朝鮮に行った  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/23/8753413

水野・文『在日朝鮮人』(20)―南朝鮮革命に参加する在日 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/08/8173965

第58題 在日韓国人政治犯救援活動 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuuhachidai

1970~80年代の韓国民主化連帯闘争  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/01/16

指紋押捺拒否運動への疑問  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuunanadai

在日のアイデンティティは被差別なのか―尹健次 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/12/9387023

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