ヘイトにさらされた帰化者―新井将敬2022/09/22

 前回のブログで、「帰化者への差別は日本人からよりも、同じ在日からの差別の方がはるかに厳しかった」と論じました。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/15/9526042 こう書くと、日本人は帰化者に対して優しかったと思われるかも知れません。 しかし実は1980~90年代に、激しいヘイト(民族差別)にさらされた帰化者がいました。 それは新井将敬です。 経歴を簡単に紹介しますと、

高校時代(卒業後という説もある)に朝鮮籍から帰化。 東大法学部卒業後1973年に大蔵省に入省して実績を積み、そこで大蔵大臣の渡辺美智雄に抜擢される。 1983年に衆議院選挙に立候補。 最初は落選するも、1986年から四回連続当選。 議員時代の新井はかなり注目され、テレビにもしょっちゅう出演し、将来の総理大臣候補とまで言われた。 しかし、いわゆる証券スキャンダル事件の追及を受け、1998年2月自殺。 享年50歳。

 このように新井は成年になる前に帰化し、将来を嘱望された政治家でした。 しかし1983年の衆議院選挙の初立候補時よりヘイト(民族差別)にさらされました。

 まず最初に差別を仕掛けたのは石原慎太郎の公設秘書で、新井の政治広報ポスター3000枚に「北朝鮮より帰化」という黒いシールを貼りつけたのでした。 これがきっかけになったのか、新井の事務所や家族に脅迫状が届き、「朝鮮のスパイ」という噂が飛び交いました。 当時はインターネットがない時代でしたから、葉書や手紙でかなりエゲツないヘイトが多数届いたそうです。 これらは直ぐに処分されたようで、実態は不明です。 しかし内容は想像できますね。

 さらに新井の戸籍(帰化が記録されている)コピーが印刷されて、新井の選挙区内で配布されました。 一部のマスコミも新井が元朝鮮人であることを書き立てました。 これらのヘイトのせいか、新井は最初の選挙に4万票で落選しました。

 新井は今度は自らの出自を公言して、選挙区内をこまめに回る〝どぶ板選挙″を実践し、次の86年総選挙では10万票以上の高得票で当選しました。 「韓国系代議士」として注目され、マスコミから取材が殺到しました。 しかし石原慎太郎は帰化者の代議士誕生に異議を唱えました。

日韓関係で激しい摩擦が生じた時、いったいどちらの国益を優先させるか、ということです。‥‥もとの祖国と、今の祖国の友好につくすというのは結構なことだけれど、必ずしもそうできない‥‥もとの祖国に対する愛情があるのはごく普通ですから、二つの祖国の板挟みになって、本人もつらいことになる (『週刊新潮』1986年7月24日)

 さらに『週刊新潮』は同じ号で次のように主張しました。

もし法務大臣とか外務大臣、防衛庁長官とかいったポストについた時、国益にかかわる問題が起きたら、必要以上に肩に力が入り政治家として、選択と決定を誤る恐れがないだろうか‥‥事は、国家への忠誠心と民族のへの愛情=帰属意識の問題である。 国政にたずさわるものが、その問題で国民に不安と心配を与えることは、既にして政治家の資格を失っている

つまり帰化者は政治家になる資格がない、と主張したのでした。

 しかし先祖代々の日本国籍政治家でも、え!この人、本当に日本人なの?どこかの国の代弁人じゃないの?と疑問に感じる方がいるのですが、これは問題にはならないようです。 帰化者であること、これが問題であるという考え方ですね。

 以上のように新井将敬は右寄りの日本人たちからのヘイト(民族差別)にさらされ、戸籍をばら撒かれるという人権侵害まで受けたのですが、当時の人権団体はほとんど関心がなかったですねえ。 またこの時代は民族差別と闘う運動団体は指紋押捺問題に集中しており、帰化した自民党政治家の人権侵害なんて視野の外でした。 今から思うと民族団体は、帰化は民族の裏切りであり、帰化者の人権侵害に対しては〝ざまあ見ろ″という感覚で見ていたように記憶しています。

 結局、帰化者はかつての同胞から冷たい目で見られながら、有名になって目立ってくると日本人から憎悪と中傷の対象となった、ということです。 そういえば、今でもユーチューブなどでは「あの人は、実は帰化者だった」という暴露記事のようなチャンネルが多数ありますね。 元外国籍であることがその人の弱点ととらえて、何かの機会にヘイトしようと虎視眈々と狙っているようです。 醜悪な日本人は、昔も今も変わらずに存在しています。

 今回は朴一『<在日>という生き方』(講談社選書メチエ 1999年11月)を参考にして、当時を思い出しながら書いてみました。

【拙稿参照】

国籍を考える―新井将敬    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/27/8628332

52年前の帰化青年の自殺―山村政明(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/17/9518301

52年前の帰化青年の自殺―山村政明(2)https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/23/9519952

52年前の帰化青年の自殺―山村政明(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/29/9521733

青木理・金時鐘の対談―帰化(1)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/08/9524343

青木理・金時鐘の対談―帰化(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/15/9526042

コメント

_ 河太郎 ― 2022/09/22 13:59

国会議員は国益を守るのが第一の義務です。

帰化した国会議員は帰化した国に忠誠を誓うのは当然ですね。日系アメリカ人はアメリカに忠誠をつくし、日米対立の事柄ではアメリカ側に立ち日本と対決するのは何の違和感もありません。大東亜戦争・太平洋戦争でも日系アメリカ人はそのように行動したし、それを裏切者と非難した日本人はいないと思うし、私も日系アメリカ軍人の行動は当然と思います。

韓国(朝鮮)系日本人が、国会議員となったら、忠誠心の有様つまり日韓いずれに忠誠を誓うのかを厳しく問われるのは至極当たり前です。帰化した日本人が国会議員になったら常にそこに関心が向けられるのは宿命です。その覚悟がなければ帰化日本人は国会議員になってはいけないでしょう。日本人国会議員でも自身の過去についてはしつこく問題にされるのは普通ですから。

国会議員候補としての新井将敬氏に対する石原信慎太郎氏の疑問は普通ですね。ポスターにシールを張ったりした行為は当然公選法違反でしょうから犯罪として処理すればいいだけです。
中国系日本人の石平氏は帰化条件があまりにもユルいので、日本に忠誠を誓うことを宣誓させよ、と注文をつけていましたね。

新井氏が石原氏と帰化国会議員として件の論点について、堂々と議論すれば良かったと思いますね。

又韓国(朝鮮)系国会議員に対して、日韓関係について、例えば竹島は日本領と思うか、日本朝鮮統治論議は近代化論か搾取論か、を質問するのは少しもヘイトとは思いません。

日本人国会議員でも、どこかの国の手先のような発言行動している者がいますが、だからと言って帰化日本人国会議員に忠誠心の有様を問いただすのはおかしいとはなりません。

_ 辻本 ― 2022/09/22 16:29

 ブログで書き忘れましたが、石原慎太郎が帰化者の政治家に対し異議を申し立てのは理由があります。
 彼の公設秘書が新井将敬と同じ選挙区(旧東京2区)から出馬し、新井と同じ自民党候補として競合したからです。
 危機感を抱いた石原陣営が新井を落選させようとして、黒いシールを貼ったりするなどの犯罪行為をしました。
 新井の戸籍をばら撒いたりしたのも、また良からぬ噂を流したのも石原陣営の仕業と推定されます。
 石原慎太郎は自陣営の行為を正当化するために、あのような発言をしたわけで、何も信念があっての発言ではないと考えられます。

 その後、帰化者としてはツルネン・マルティ(日本名 弦念丸呈)さんが国会議員選挙に四回立候補し、最後にようやく繰り上げ当選しました。
 しかし石原慎太郎はこのことに何の発言もしていないはずです。
 このことからも帰化者の政治家に対する石原の考えはそれほど深いものではなく、単に自陣営を有利にしようとするための一時的な発言と思われます。

_ 河太郎 ― 2022/09/22 21:29

辻本氏>しかし石原慎太郎はこのことに何の発言もしていないはずです。
 
石原氏がツルネンマルティ議員のことで発言しなかったのは、他党の元フィランド人議員だし、日フィランド間には、日韓、日中にあるような領土問題はなく深刻な利害関係がないので、というのがその理由でしょう。また外見上、元外国人であるのが直ぐに分かるからでしょう。

辻本氏>このことからも帰化者の政治家に対する石原の考えはそれほど深いものではなく、単に自陣営を有利にしようとするための一時的な発言と思われます。

泉下の石原氏は、おそらく、辻本君は保守の国会議員の事は余りご存じないかもしれないな、たかだか、元秘書が立候補したからといってそんなみっともないことはしないよ、僕の帰化議員に関する認識は国家観のしっかりした者からみれば常識だよ、と言っているでしょう。

_ 辻本 ― 2022/09/23 02:24

石原さんは自陣営を叱りつけるのではなく、帰化者が政治家になることへの異議を言って自陣営を守ろうとしたのですから、「みっともないこと」をしました。

朝鮮出身の帰化者には異議を言って、フィンランド出身の帰化者には異議を言わなかったということは、元国籍によって差別したということです。

_ itarodesign ― 2022/09/23 10:34

これは事実誤認です。旧東京二区から出たのは秘書ではなく石原慎太郎本人です。中選挙区制なので石原の当選自体は間違いなかったが、新井を自分より上位当選させることはさせたくなかったのだと思います。>>彼の公設秘書が新井将敬と同じ選挙区(旧東京2区)から出馬し、新井と同じ自民党候補として競合したからです。

_ 辻本 ― 2022/09/23 11:46

朴一『<在日>という生き方』(講談社)の183頁には、「新井と同じ選挙区から立候補を予定していた石原慎太郎の公設第一秘書」とあります。
ここから立候補を予定していたのは秘書と思ったのですが、そうではなく石原本人ということですね。
確認してみると、その通りでした。
間違いを訂正していただき、ありがとうございました。
こういう間違いの指摘は、ほんとうに有り難いものです。

_ 河太郎 ― 2022/09/23 12:21

辻本氏>石原さんは自陣営を叱りつけるのではなく

新井氏と候補者として選挙で争った人物(石原氏元秘書)が黒シール事件を起こしたと勝手に解釈していましたが、
ネットで旧東京2区を検索すると、定数5人で現職石原慎太郎氏がいるところに新井将敬氏が自民党公認で割って入ったようですね。
石原氏が候補者であったと知った今は、黒シール事件は私でも、みっともない、と思います。又、新井氏は一度告訴したものの後に取り下げたようですね。
新井議員と石原議員の議員どうしの色々な思惑があるでしょうから告訴取り下げの件は部外者には分からないところでしょうが。

辻本氏>帰化者が政治家になることへの異議を言って自陣営を守ろうとしたのですから、「みっともないこと」をしました。

ウソやデマを取り上げてなら誹謗中傷と言えますが、韓国系日本人候補者に深刻な利害対立の日韓問題への態度を問い詰めるのは普通でしょうね。
選挙の候補者は言う自由と言わない自由があります。対立する候補者は相手候補を非難するときは、対立する候補の言わない事実を指摘或いは暴露するのはデマ・ウソでない限り許される手法でしょう。
一般論として、韓国系日本人候補者が韓国寄りの選挙演説をしようが有権者の判断で当落が決まるのですからそれはそれでいいのではないでしょうか。その際、候補者が韓国系日本人だと知られていない時はそれを指摘・暴露することは、その韓国系日本人候補者の発言を判断する際の材料となると考える有権者もいるでしょう。

辻本氏>朝鮮出身の帰化者には異議を言って、フィンランド出身の帰化者には異議を言わなかったということは、元国籍によって差別したということです。

私は、差別を考える時、区別に合理的理由のある場合と合理的理由のない場合に分けて見る必要があるとの立場です。取り扱いに差異のある場合に、ちゃんとした理由の有無、しっかりした根拠の有無で判断するという立場です。そして、尊属殺人罪や姦通罪がなくなったように、合理性も時代の変化、社会の変化なと共に変わものだと思います。
石原候補が新井候補に向かって、韓国系日本人国会議員に関する疑念を投げかけ、一方、他党のフィンランド系日本人国会議員は不問にすることは、そもそも比較にならない事例です。

_ (未記入) ― 2022/09/23 14:18

石原慎太郎が新井将敬に向けた、黒シールや戸籍配布などの嫌がらせは、自民党の有力者(派閥の長か幹事長だったかと思う)が石原をたしなめて、それ以降石原は帰化者の立候補についてしゃべっていないと思うのだが。
マルテイの件について石原が発言しなかったのは、そのせいだったと記憶する。フィンランドだから発言しなかったのではないと思う。

_ 河太郎 ― 2022/09/23 15:40

未記入氏>自民党の有力者(派閥の長か幹事長だったかと思う)が石原をたしなめて、

辻本氏の本ブログに引用されている石原氏の韓国系日本人国会議員に関する疑念は、一般論として正当な議論であり、派閥の長や幹事長が説教するような類ではなく、又、当時の自民党議員重鎮は朝鮮統治時代を経験として知っていて贖罪意識とは無縁であり、石原氏は直接に朴正熙大統領と会って話をしているくらいだし、韓国への過剰な忖度ないと思うので、もし石原氏をその件でたしなめた自民党重鎮がいたとしたら、興味深いですね。

もつとも日韓歴史問題で石原氏を論破できたような自民党国会議員がいたとはとても思えませんが。

未記入氏>それ以降石原は帰化者の立候補についてしゃべっていないと思うのだが。
マルテイの件について石原が発言しなかったのは、そのせいだったと記憶する。フィンランドだから発言しなかったのではないと思う。

石原氏は政治家としての力量、総合的な政治力は自らは力不足と自認していたとしても、政治論、政治観念論、歴史認識など知的領域に関しては自民党議員達を歯牙にもかけない程だったでしょうから、帰化韓国人国会議員に関して発言がなかったとしても、例の一件がその原因とはとても思えませんがね。

_ 辻本 ― 2022/09/23 19:23

要するに、石原陣営が「みっともないこと」をやらかして、石原がそれを擁護した、ということです。

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