かつての朝鮮学校には日本人教師がいた―『抗路9』2022/03/09

 『抗路』9号に兪渶子「月明かり」と題するエッセイがあって、その中に筆者の朝鮮学校時代の思い出が次のように書かれています。

(1965年頃、朝鮮高校のたった一人の友である)クァンミは絵が上手だった。何でも質問して担任の先生を困らせる私たちを見て、クラスメイトが部活に誘ってくれた。 「青山武美先生なら何でも答えてくれる」と言われ入部した。彼女は絵が上手だった。

顧問の先生は青山武美先生。 絵を描くことも彫刻も何一つできない私を見て、評論家に向いていると思われたのか、渡されたのは絵具ではなく『芸術は生活をどう表現するか』という一冊の美術評論本だった。 お陰で実技は落第点だったけれど、筆記試験で進級できた。 青山武美先生の話は唐突に始まる。 ある時はパリコミューン、フランスの市民革命の話。 またある時は、帰国事業で北に帰った卒業一期生の話。

青山武美先生は民族学校設立時に日本の教職員組合から派遣された教師の一人。 日本語と英語、ロシア語、美術を教えるのは日本の先生たちだった。 後に全科目は朝鮮人の先生に委ねられた。 けれど、青山武美先生だけは定年まで残って私たちの良き教育者だった。‥‥

ある時、私たちは先生に聞いた。 「先生は日本人なのに、朝鮮人の私たちに教えているのですか?」と。 答えは「僕の戦争責任」の一言だった。 先生は朝鮮半島を植民地にし戦争を起こした日本人としての責任を忘れないでいた。 そのような青山武美先生に出会えて良かった。 先生の口癖は「人間は自然だよ。自然が良いだよ」だった。 (146~147頁)

 私は、朝鮮学校の先生はみんな朝鮮人だと思っていたのですが、当初は日本人教師がいたのですねえ。 これは知りませんでした。 新たな知識を得ました。

 そういえば40年ほど前の思い出話ですが、朝鮮学校に通っていたという年配の在日女性が初歩の英語を勉強していたので「学校で習わなかったの?」と聞いたら、「朝鮮学校では〝これからの時代は、アメリカは没落してソ連が世界を制覇する、だから英語よりもロシア語を勉強しろ″と言われて、生徒の半分はロシア語、半分は英語だった、私はロシア語クラスに入って英語は勉強しなかった、しかし英語はやはり必要で、先生はウソを言っていた、それでこの年齢で英語の勉強を始めた」ということでした。 その時に、かつて(1960年代)の朝鮮高校は社会主義祖国の学校らしく、ロシア語を重視していたことを知りました。

 そして今度の『抗路』のエッセイで、そのロシア語の先生は日本人だということが分かりました。 考えてみれば、日本では昔からトルストイやドストエフスキーなどのロシア文学がたくさん読まれており、共産主義者でなくてもロシア語を専攻する日本人学生が多くいました。 ロシア語を知る日本人は多かったのです。

 しかし在日の場合、ロシア文学には馴染みがなく、ロシア語を勉強している在日なんて聞いたことがありませんでした。 ですから朝鮮高校でのロシア語授業は、教師は日本人になったということではないでしょうか。

 そして当時の朝鮮高校では、何人かの日本人教師が日教組から派遣されてロシア語や英語、美術などを教えていたのですねえ。 今では信じられませんが、かつて日教組と総連・北朝鮮との結び付きがそれほど強かったということなのでしょう。

 雑誌『抗路』は私とは考え方が違いますが、「韓国」「在日」を体験した人たちが書いたものですから、読むとそれなりに貴重で、また役に立ちます。

【『抗路』に関する拙稿】

密告するのは同じ在日同胞―『抗路9』座談会 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/03/03/9468948

親の靴職人を継いだ在日子弟―『抗路9』座談会 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/24/9466872

在日は「生ける人権蹂躙」?-『抗路』巻頭辞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/31/9460212

戦後補償運動には右派も参加していた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/07/9461960

戦後補償問題の解決とは?―『抗路』外村大を論ずる http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/14/9464117

在日誌『抗路』への違和感(1)―趙博「本名を奪還する」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/27/9381682

『抗路』への違和感(2)―趙博「外国人身分に貶められた」  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/02/9383666

趙博さんの複雑な名前     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/11/02/9171893

金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120

在日総合誌『抗路』に出てくる「北鮮」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

在日のアイデンティティは被差別なのか―尹健次 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/12/9387023

在日の自殺死亡率 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/20/9369020

在日の低学力について(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/28/9371638

在日の低学力について(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/05/9374169

コメント

_ 海苔訓六 ― 2022/03/09 09:16

ソ連崩壊前の朝鮮学校ではロシア語に力を入れて教えていたのですね。
北朝鮮ではなくて韓国の事例ですが、毎年実施されるスヌン(大學修学能力試験)、日本で言うセンター試験や大学入学共通テストは、第二外国語はアラビア語で受験する学生が圧倒的に多いそうです。
http://kagami0927.blog14.fc2.com/blog-entry-3239.html
これは日本語とか支那語は平均点が高くて、80~90%得点しても、
2等級判定なのに対して、(少しのミスが命取りになるという意味)
アラビア語は平均点が低く、しかも受験者の得点のバラつきが激しく、
70%の得点でも、90%の得点でも、1等級判定をもらえるからというのが理由らしいです。

かつての朝鮮学校の学生がロシア語を学んでいた理由は「これからはアメリカは没落してソ連の時代が来る」という展望に基づくものでしたが、
現代の韓国の学生がアラビア語を勉強するのは、これからはアメリカは没落してサウジアラビアなど中東の時代が来る、というのではなくて、単純に「試験で点がとりやすいから」という理由のようです。
北朝鮮と韓国は同じ朝鮮人ですけど語学勉強一つとっても微妙に違っていて面白いと今回のブログ記事を読んで思いました。
ちなみに2020年度の大学修学能力試験第2外国語の受験者数は以下の通り。

ドイツ語 998名
フランス語 1,209名
スペイン語 1,265名
中国語 3,707名
日本語 5,826名
ロシア語 494名
アラビア語 38,157名
ベトナム語 764名
漢文 2631名

※英語(参考) 395,028名

アラビア語はダントツで選択者が多いことが分かります。

_ 海苔訓六 ― 2022/03/10 17:07

自分の小中高時代振り返ってみて、学校の先生は共産党支持者けっこういたな、という印象がありますが、
昔の日教組は朝鮮総連や北朝鮮と結び付きが強かったなんてことは全然知らなくて勉強になりました。

関係ない話ですが先日ネットで全国民主青年学生総連盟事件に関連してKCIAが作成した?とか言われる相関図みていたらハングル講座やっていた早川嘉春先生の名前が出ていて、早川先生は日本共産党員としてチェックが入ってました。全国民主青年学生総連盟事件は現在では捏造でっち上げという結論になっているようなのでこういう資料も捏造かもしれませんけど、いずれにしても教育関係者は共産党関係者がけっこういて、北朝鮮や朝鮮総連とも結び付きが強かったのか?と思いました。

_ 海苔訓六 ― 2022/03/20 07:39

韓国観光したときに現地案内してくださった日本語のできる朝鮮人大学生たちと、韓国の受験事情について話していたときに「日本と全然違う!」と驚かされたのが、日本のセンター試験・大学入学共通テストは試験日よりもだいぶ前から「試験会場は◯◯大学の✕✕キャンパスで行います」みたく受験会場は受験生に周知されていて、予め受験生も試験会場の場所は「ここでやる」と分かった上で試験当日を迎えますが、
韓国は日本と正反対で、スヌン当日朝の7時か8時?くらいに「今回のスヌン会場は、この地区の受験生はココ!」と放送するので、直前まで朝鮮人は今回のスヌンはどこでやるのか?分からないそうです。(スヌン会場に事前にカンニング道具などを持ち込ませないための不正防止目的だそうです)
毎年日本でも韓国のスヌンの風景が報道されますが、試験会場に間に合わなくなりそうでパトカーが出動して受験生をスヌン会場まで送り届けるみたいなニュースも毎回みるので
「朝鮮人って事前に準備しておかないのか?」と思ってしまいますが、当日早朝に試験会場が放送されるのでそういう混乱が起こるとのこと。
私と話をした朝鮮人大学生たちの受験生時代はスヌン当日が大雪になって試験が中止されて順延されたため、コンディションを再調整するのが大変で苦労したと話してくださいました。
試験に限らず、朝鮮人は「直前に知らせる」というのが国民性みたいですね。
先年活動終了したK-POPのヨジャチングも、当日朝いきなり事務所から「今日で君たち活動終了だから」と通達されたそうです。本人たちは勿論マネージャーもスタッフも活動終了することを知らなかったとか。
韓国プロ野球のSKワイバーンズ(現SSGランダース)やSAMSUNGライオンズで活躍した門倉健さんも「韓国プロ野球は、練習のオフの日・休日は事前にスケジュールで通達しないんですよ。当日朝いきなり今日は休み!と通達します。日本では考えられないけど、事前に休日知らせると、朝鮮人って日本人と比べ物にならないくらい酒が強くてハンパなく飲みまくるから、前の晩から休日朝まで飲みまくって自動車事故を起こしたり二日酔いで休日あけの練習に支障をきたしたりするからそういうふうに、直前通達してるみたいです」と話してました。
https://youtu.be/HIKDrqQkYAQ
上のコメントで韓国のスヌンのことを書いていたら、韓国の受験事情を朝鮮人大学生たちと話していて違いにおどろかされたことを思い出したので、今回のブログ記事内容と全然関係無くて、申し訳無いですがコメントさせていただきました。
日本人と朝鮮人は顔はよく似てますけど細かい部分でずいぶん違うよな、と思ってます。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック