密告するのは同じ在日同胞―『抗路9』座談会2022/03/03

 戦後から1970年代にかけて、韓国からかなりの人が日本に密航してきました。 理由はほとんどが出稼ぎです。 かつての韓国は世界の最貧国の一つで、働く場所も少なかったです。 ですから日本に密航してでも働きに出て、お金を稼ごうとする人が続出していました。 密航に成功すれば多くの場合、在日同胞の企業に住み込み、働くことになります。 迎え入れる在日企業はそれを承知で、非常に安い賃金で雇い入れます。 なお今と違って、在留資格のない外国人を雇っても経営者は罪にはならない時代でした。 

 『抗路』9号の「座談会 新・猪飼野事情」では、そういう密航者に関して、次のような対談が交わされています。

古川 ―昔は韓国から密航で来て、そういう下働きをやっていたわけやけど、今は密航なんてないわな。 昔は、いっぱい居てはったと言いますね。 在日の生徒の保護者の兄貴が会社を経営してて、昔は密航者を積極的に使うていたらしい。 ちょっと景気が悪くなって経営が苦しくなると、首にする訳にはいかないので、当局にこそっと通報するんやて、「密航者や」と(笑)。 そうすると身柄を拘束されて送還されることになる。 給与も退職金も払わずに済んで、見舞金を渡して終わり、というようなことが、昔はあったといいます。

足立 ―そんなん、非道いやん。

古川 ―「こっちだって日本で生きていくのに死に物狂いやった」と言うてた。

春山(金) ―コリアンタウンのキムチ屋さんが、ちょっと派手に「密航してる人間を使うてるよ」と言ってみたり、韓国人ってそういうところありますやんか。 中国人はそんなことしない、みんな助け合っている。 在日も韓国から来たもん同士も、「チクリ」をしますね。 (49頁)

 密航者を雇い入れた在日企業が、入管や警察に密告(チクリ)するというのですねえ。 密告はケンカなど人間関係が崩れた時になされると思っていたのですが、雇用主が賃金を払いたくなくなって密告する場合があるとは、知りませんでした。

 今は在留資格のない外国人を雇うこと自体が罪に問われますから、雇用主が密告することはないようです。 しかし昔は密航者を雇っても罪にならなかったので、こういう密告があったようです。

 そういえば、昔は密入国の時効は3年でしたので、韓国からの密航者は3年間ひたすら働き続け、3年が過ぎた頃に自費出国の準備をした上で警察や入管に自首し、強制退去命令が出たら1週間以内に故郷へのお土産をいっぱい買って関釜フェリーで堂々と帰国する、なんて話を聞きましたねえ。

 こういう情報は、やはり「在日」と具体的に接している人から得ることができますね。 それが在日社会を分析・理解するのに役に立ちます。

 一方、「在日」をひたすら悪しざまに言う嫌韓派やネットウヨはこういう具体的な体験ではなく、ネットや嫌韓本・雑誌から都合のいい情報だけを選び出して偏った知識を根拠に言うので、読んでも何の役にも立ちません。 本人には新鮮な情報かも知れませんが、私のような者には、何も知らない人間が何を偉そうなことを言っているのか、という感想になります。

 仲間内で与太話する分には構わないのですが、それをコメント投稿して見ず知らずの他人に読ませようとするなんて、ちょっと疑いたくなりますね。。 

【拙稿参照】

在日の密航者の法的地位    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/23/6874269

韓国密航者の手記―尹学準   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/03/7933877

集英社新書『在日一世の記憶』(その3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/12/31/4035996

昔も今も変わらない不法滞在者の子弟の処遇 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/03/21/9226536

この在日韓国人の話を検討してみる https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/12/21/9449603

【『抗路』に関する拙稿】

親の靴職人を継いだ在日子弟―『抗路9』座談会 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/24/9466872

在日は「生ける人権蹂躙」?-『抗路』巻頭辞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/31/9460212

戦後補償運動には右派も参加していた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/07/9461960

戦後補償問題の解決とは?―『抗路』外村大を論ずる http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/14/9464117

在日誌『抗路』への違和感(1)―趙博「本名を奪還する」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/27/9381682

『抗路』への違和感(2)―趙博「外国人身分に貶められた」  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/02/9383666

趙博さんの複雑な名前     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/11/02/9171893

金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120

在日総合誌『抗路』に出てくる「北鮮」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

在日のアイデンティティは被差別なのか―尹健次 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/12/9387023

在日の自殺死亡率 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/20/9369020

在日の低学力について(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/28/9371638

在日の低学力について(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/05/9374169

コメント

_ (未記入) ― 2022/03/03 08:55

反ワクと同じで、自分の信じるものを否定されると、存在そのものを否定されてしまう。無意識にそう思い込んでいる。つまりはアイデンティティの問題なので、証拠を示したり論理的におかしい点を指摘しても、100%無駄です。
例えばリアルでそういう妄言をまき散らす人がいたら、その信条を否定するのではなく、「それがあなたの思う真実かもしれないけれど、それを公言したら人として信用されなくなるよ」と損得で考えさせるのが、唯一の対処法のようです。
でもネットでは匿名性強いからこの方法も通用しない。今後も続いていくんでしょうね。

_ 海苔訓六 ― 2022/03/03 13:14

手塚治虫先生の漫画「ブラックジャック」の中で「パク船長」というタイトルの話がありました。
外国からの密入国を取り仕切っていたパク船長に対してブラックジャックが日本の当局に通報して
『君たちみたいな命知らずな連中はどうでも良いが、無理に密入国させて断崖絶壁をよじ登らせたりしたら女子供まで死ぬんだぞ!』
となじりますが、パク船長が乗員を集めて
『今、この先生が日本の当局に俺たちのことを知らせちまった。みんな、母国に帰りたいか?』と尋ねたところ
全員一致で『絶対に戻らない!母国に帰っても差別されてなぶりごろしにされるだけだ!』

と叫ぶシーンがありました。
印象に残る一編でしたが、
ラスト、断崖下にるいるいと横たわる死体を前にして、捜査している日本人捜査官たちが
「密航者だそうですよ。命をかけてまで、日本になんか来たいもんなんですかねえ?」と話していた場面を今回のブログ記事読んで思い出しました。
ブラックジャックを読んでいた当時は朝鮮についてもなにも知らなかったので船長の名前がパクなんて、珍しい名前だな、とか密航元の国の名前が書いてないけどどこの国からの密航船なんだろう?
とか色々考えてましたが、これは韓国からの密航船だったようですね。
ブラックジャックが連載されていた時代が1973-1979年の間なので朴正煕大統領の開発独裁時代であり、船長の名前をパクとしたのは朴正煕大統領の暗示だとのことでした。
いまこの作品のことを思い返してみて改めて思うのは当時1973-1979年の日本では朴正煕大統領の開発独裁漢江の奇跡時代は人権が抑圧された真っ暗な時代で、韓国国内の朝鮮人は独裁から逃れて日本に密航してきたカワイソーな被害者というイメージで語られていたのだろう、だから手塚治虫先生もそういう背景で作品を描いたのだろう、ということでした。
実際は豊田有恒さんが著書「韓国の挑戦」(1978)でレポートしていたように当時の韓国では若者がディスコで政府の悪口を言いながら遊んで踊っていた程度には言論の自由は守られていたようです。
豊田有恒さんは一時期虫プロでも働いていて、手塚治虫先生とも親交があったらしいですが、一時期脚本の横流し疑惑で手塚治虫先生とは絶交状態だったらしいので、この当時がちょうどそんな感じだったのか?と思いました。

_ 昔昔の話 ― 2022/03/04 07:38

お金を稼ぐだけ稼いだらさっさと祖国=韓国へ帰国する、というのはむしろ少数だったと思いますよ。 祖国へ妻と子供が待っていて、家族の要請があったというような場合ではないでしょうか。
祖国に妻子がいなければ、日本で稼いでも、祖国へ帰る動機がない、というか、祖国で生きる、生活する、将来を展望するという見込みを持てなくて、延々と日本にすがりたいという人の方が多かったのではないでしょうか。 祖国に妻子がいても、日本で現地妻=ほとんど同じ密航者と事実婚をして子供をもうけ、子供は戸籍も外人登録なくても学校に行けますから、外見上は単なる外国人として生きてる人もいましたよ。 もちろん祖国に妻がいれば、彼は絶対に日本で特在はとれないですが。祖国に妻がいなければ、日本に何年も妻子もいれば特在の可能性もありましたしね。
日本に長く居住したということが特在の重要な要件なので、祖国で大学を出たのに、中卒位で日本に来て親戚の家業で働いたという事実を作り上げてる人もいましたね。家業が社会保険などに入っていなければ、勤務期間のさかのぼりは可能でした。
現在の特在事情は全く分かりませんが、オーバーステイからの特在は難しくなったと聞いています。ただ、祖国に帰りたいとの動機は、祖国が繁栄したにもかかわらず、相変わらず帰っても展望がないというような事情は以前と同じかも知れませんね。

_ 海苔訓六 ― 2022/03/18 18:19

イザベラ・バードの朝鮮紀行を読んでいたら31章の「マゲ」の箇所で朝鮮人の民族的な誇りの検証してましたが「朝鮮人は本当の意味での愛国心は無いけれども、愛国的傾向は強い」というような意味のことがレポートされてました。
読んだ当時は意味が分かりませんでした。日韓戦などで韓国のサポーターが見せる熱狂は愛国心に起因すると思っていたので。
ただ、今回のブログ記事でも「朝鮮人は在日朝鮮人も本土の朝鮮人も血の繋がりが無い他人なら平気で裏切って密告する」というような箇所を読んで、こういう部分が本当の意味での愛国心に欠けるけど、愛国的傾向が強い、ということなのかな?と感じました。
イザベラ・バードは間違ったことも書いているのでしょうけど、総じて日本奥地紀行も朝鮮紀行も、しっかり分析してよく観察していると思いました。

_ 辻本 ― 2022/03/19 02:50

>日本で現地妻=ほとんど同じ密航者と事実婚をして子供をもうけ、子供は戸籍も外人登録なくても学校に行けますから、外見上は単なる外国人として生きてる人もいましたよ。 もちろん祖国に妻がいれば、彼は絶対に日本で特在はとれないですが。祖国に妻がいなければ、日本に何年も妻子もいれば特在の可能性もありましたしね。

 密航者同士が結婚して子供ができても、発覚した時点で家族すべてが強制退去の対象となります。  
 「昔も今も変わらない不法滞在者の子弟の処遇 」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/03/21/9226536 の中にその例を挙げています。

 また「不法残留外国人について」 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/11/9376331 においても、次のように記しました。

>不法残留者同士が結婚して子供ができれば、その子も在留資格のない子供になります。 従って強制送還の対象になります。 こんなことは不法在留者には常識なはずです‥‥  ところで1960年代に韓国からの密入国者同士が結婚して子供を作ったが発覚、両親・子供みんなが送還されたという話はよく聞いたものでした。

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