映画史にみる在日とヤクザ―『文芸春秋』(1) ― 2023/01/18
月刊誌『文芸春秋』2022年12月号に、伊藤彰彦さんの「仁義なきヤクザ映画史⑨ ヤクザとマイノリティ―民族と差別が葛藤する只中で」という題名の記事が掲載されています。(386~396頁) このなかで論者は在日朝鮮人がヤクザになる過程を、部落民と比較しながら次のように書いています。
被差別部落民や在日コリアンがヤクザ社会に入り始めた時期について、ヤクザ研究の先駆者であるジャーナリストの猪野健治はこう語る。
〈被差別部落民の人たちがやくざ社会に流入してくるのは、実は明治4年8月、太政官布告で「解放令」が公布されてからなのだ。 それまで部落の人たちは部落の外へ出ることができず、やくざになる自由さえもなかったのである。 同じことは在日韓国・朝鮮人についても言える。 彼らも昭和20年8月、日本が敗戦を迎えるまではやくざになることもできなかった。 自由渡航してきた人を除いては、すべて軍需工場や軍役などの強制労働にクギづけにされていたからである〉 (「近未来を見据えた画期的なやくざ論」『ちくま』07年9月号)
「やくざになる自由さえもなかった」という言葉が、昭和の戦前までの日本社会の差別の過酷さを物語る。 1945年8月15日、日本敗戦の日、GHQは炭鉱、軍需工場などで労働を強制されていた朝鮮人、中国人、台湾人らを解放した。 「第三国人」と蔑称されながら、大都市の中心部に集まり、焼け残ったビルに事務所を構え、「戦勝国民」を名乗り、「朝鮮人連盟」や「華僑連盟」の看板を掲げる者も現れた。 そして彼らの一部は、大都市周辺の倉庫や食料品を積んだトラックを襲撃し、略奪した物資を露店で売り、ヤクザや警察との衝突を繰り返す。
50年代に入っても、在日コリアンは住宅を賃借りすることが容易でないなど生活の根本を脅かす差別が続き、60年代になっても医者か弁護士になる以外、たとえ東大を出ても就職先は焼肉屋かサラ金かパチンコ屋が多くを占めた。 〝レーニン全集を読む在日韓国人ヤクザ″として知られる柳川組二代目谷川康太郎は自らの境遇をこう語っている。
「小学校のセンセイは、努力する者は必ずむくわれる、と教壇の上でよう言うとった。 これほどひどいウソはないわ。 差別されとるモンは、ナニかしよう思うても、ナンもでけんやないか。 貧乏やから銀行いってもカネかしてくれへんし、学校もろくに行けんからまともなところには就職でけん。 ビルの谷間を這いずるような雑業か日雇いくらいしかないわけや。 差別されとるモンが正直に真面目に生きよう思うたら、ひもじいみじめな生活しかでけんいうことや。 それにそれに最初に気がついたわけや。 それからはすべてに反発した。 反発することがすべてやった」(猪野健治著『やくざ親分伝』02年)
日本社会から閉め出された在日コリアンにとって、芸能界やスポーツ界とともにヤクザ社会は、最後のアジール(避難場所)であり、夢の容器だった。 (以上『文芸春秋』2022年12月号388~389頁』)
これを読んで、確かに戦前には在日がヤクザになったという話は聞きませんねえ。 これまで知り合った在日のうち、父親がヤクザをやっているという人が何人かいましたが、戦後にヤクザ稼業を始めています。 ヤクザの歴史にはそれほど詳しくないですが、戦前のヤクザ社会に朝鮮人が入っていたという資料は見たことがありません。 在日朝鮮人がヤクザと関係を持ち始めたのは戦後と言っていいのかも知れません。
これは終戦直後に日本社会が混乱した中で、自分たちを解放民族だと称して粗暴な行為を繰り返した在日朝鮮人が多かったという事情が背景にあります。 詳しくは下記の【拙稿参照】をご覧ください。
ところで伊藤彰彦さんのこの記事にはいくつか間違いがあります。 例えば「60年代になっても医者か弁護士になる以外」です。 実は、弁護士は1977年になって初めて外国人もなれるようになったものです。 最初の外国人弁護士は金敬得さんという方で、1977年に外国人として最初の司法修習生となりました。
それ以外にも事実関係で首を傾げるところが幾つかあります。 しかし、おおむね在日がこのような差別を受けてきたのであり、在日にとって「ヤクザ社会は最後のアジール(避難場所)であり、夢の容器だった」ということは事実だったと言わざるを得ないところです。 そして当時の在日活動家たちは、在日は日本から厳しい差別を受けたからヤクザの道に行ったのであり、その責任は日本にあると訴えていたことが思い出されます。
記事では在日が登場するヤクザ映画として、『血染めの代紋』『血と掟』『神戸国際ギャング』『男の顔は履歴書』『三代目襲名』『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』『実録外伝 大阪電撃作戦』等々が列挙されています。 私はヤクザ映画を好まなかったので、ほとんど見たことがありません。 ですから題名の紹介だけにとどめます。 (続く)
【拙稿参照】
戦後朝鮮人の振る舞い―「事実」の経過 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/28/9299898
戦後朝鮮人の振る舞い―NHK記事に民団が人権救済申し立て http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/25/9299094
戦後の朝鮮人の振る舞い―事実を語るべきか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/08/23/9281241
水野・文『在日朝鮮人』(14)―終戦直後の状況 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/22/8135824
張赫宙「在日朝鮮人批判」(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/27/7024714
張赫宙「在日朝鮮人批判」(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/01/7030446
権逸の『回顧録』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/07/7045587
終戦後の在日朝鮮人の‘振る舞い’ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/14/7054495
在日朝鮮人の「無職者」数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/01/05/7971706
闇市における「第三国人」神話 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuusandai
差別とヤクザ http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuyondai
コメント
_ 海苔訓六 ― 2023/01/18 12:05
_ 竹並 ― 2023/01/19 21:24
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村上和彦さんは元々はヤクザだったのでかなり詳しくヤクザの内情が描かれていますね。
『伊予水滸伝』だったか『野望の軍団』だったか忘れましたが、在日朝鮮人とヤクザの関係も描かれていて、ヤクザに関わっている在日朝鮮人の大半は戦前から日本に住み着いていた人か、戦後密航してきた朝鮮人が大半であることも言及していたと思います。
これは村上和彦さんが勉強してそう描いたのではなくて、『実際に在日朝鮮人と付き合って知った体験情報』を元にしているのだろうと思います。