李青若(2)―「あなたは同化しているね」2022/12/06

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/30/9544668 の続きです。

 李さんは ある日本人から戸籍制度について議論を持ちかけられます。

「日本では、個人では世帯を単位に行政が国民を管理している。 戸籍制度にはいくつかの弊害があるから撤廃するべきだと思う。 日本以外にこの制度を取っているのは韓国と台湾だけで、これは日本の植民地政策が発端なんだ」

相手のいわんとしていることは「戸籍制度という悪いものが韓国にあるのは、日本の植民地支配のせいだ」と聞こえた。‥‥ 戸籍制度の発端はどうであれ、韓国が自分の責任で決めていることなのだから、日本は関係ないことだと思う。 相手は、自分の主張を強めるために韓国を持ち出してきただけで‥‥

私がいつまでも「日本批判」に同意しないでいると、その人は一言いった。 「あなたは同化しているね」 わたしは気分が悪くなった。

在日の人間なら、自分と同じ意見だとでも思っているのだろうか。 日本人が、自分の抱いているイメージに合わない外国人に対して「日本人に同化している」と非難するとは、どういうことだろうか。(以上155頁)

 反体制思想を持っている日本人が、在日韓国・朝鮮人もきっと自分に賛成してくれるはずだと思うことは、よくある話でした。 なぜそんな考えを持つようになったかと言えば、世に出ている在日に関する本が民族受難の歴史とか差別の現状とか、要するに被害者性ばかりを強調するものが多く、在日というのは日本に対して不満・反発を持っているのだというイメージを与えていたからです。 左翼・革新系のような反体制志向の人たちはそういう本を読んで、自分は在日に理解のある日本人であり、在日は自分と意見を同じくしてくれるものだと思うようになります。

 李さんは、そのあたりを次のように語ります。

私が日本批判に同調しないと、「同化している」とか「韓国人としての自己規定ができていない」という人が、日本人にも在日にもいる。 彼らは、すべての在日に被害者の役割を演じることを期待しているのだろうか。(156頁)

 李さんはその具体的な体験をすることになります。 「マイノリティグループの実態をその構成員が話す」というテーマの授業で自分の意見をスピーチしたところ、担当の先生が次のようにまとめました。

彼女のソフトな見解が出ていて、温厚な意見でしたね。 けれども実態はもう少し違いますね。

そして教室を出ると、先生はぽつりと言ったのだった。 「どうしてあんなことを‥‥あなたは同化しているからですかね」

私はこの時はっきりと、「同化している」という言葉で自分が非難されていることに気がついた。(以上173頁)

 この先生は反体制思想を持つ典型的な左翼・革新系の人ですねえ。 彼は、在日は日本が加害者で自分たちは被害者だと思っているはずだ、そんなことを思っていない在日は日本に同化してしまっているのだ、という考えになっています。 それに対し、李さんは次のように言い返すことを決めます。

「失礼なことを言わないでください。 あなたのような日本人には同化していません」(173頁)

【拙稿参照】

「同化」は悪だとされた時代       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/02/15/8018723

「差別・同化政策」考      http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuuyondai

在日朝鮮人は外国人である    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuudai

(続)在日朝鮮人は外国人である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuichidai

消える「在日韓国・朝鮮人」   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuukyuudai

「同化教育」考       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daikyuujuunidai

水野・文『在日朝鮮人』(21)―同化 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/23/8197450

李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/30/9544668

李青若(3)―1990年代の在日問題2022/12/11

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013 の続きです。

 1992年、上智大学で「日本人が在日韓国・朝鮮人と共生できるか」をテーマにしたシンポジウムが開かれました。 李青若さんはそこを見学します。 まずは司会の挨拶です。

在日・韓国朝鮮人の実態とその苦悩を日本人も知らなくてはならないということで、姜大徳先生をお招きしました。 姜先生は、在日韓国人の子供たちの悩みの相談にのったり、ハイキングなどを企画して、日本人と在日韓国人が交流するためのサークルを作って活動していらっしゃいます。 これからお配りするパンフレットを参考にしながら、姜先生のお話をうかがって、そのあと、ディスカッションをしたいと思います。(161頁)

 講師は「姜大徳」さん、検索してみると全く出てきませんねえ。 今はもう活動を止められたのでしょうか。 その当時どのような活動をされていたかというと「在日の子供たちの相談やハイキング」「日本人と在日との交流」ということですから、かつての民闘連(民族差別と闘う連絡協議会)系統の在日子弟向けサークルでの活動だったように思われます。 シンポジウムで配られたパンフレットには、そのサークルに集まった子供の悩みが次のように書かれていました。

私は韓国人なのですが、友人の前では日本人の顔をしています。 私が韓国人だとわかったら、友人たちは、どういう態度をとるでしょうか。 多分いじめられるでしょう。 私は引っ越したのですが、このサークルに戻ってくると、みんな私が韓国人だと知っているし、本名で呼ばれて『ホッ』とします(161頁)

 講師の姜さんは講演のなかで、在日の子供の悩みを次のように語ります。

パンフレットを見ていただきたいのですが、子供が自分が在日だというだけで、悩み苦しむ現実がお分かりいただけると思います(162~163頁)

 私の経験では、この「悩み苦しむ現実」は1970年代までならあり得るのですが、それから20年も経った1990年代にまであったというのですから、ちょっと信じられないところです。 だいたい自分が韓国人だと分かったら友人はイジメるというなら、それは「友人」ではない、そんな人とは直ぐに絶交しなさい、そして担任の先生に言いなさい、と忠告するしかないと思うのですが。

 次に姜さんは「在日の実態と悩み」についてどのような講演をしたかというと、李さんの本では次のように要約されています。

①「在日韓国人は日本人同様、税金を納めている立派な納税者なんです。 なのに選挙権がないというのは、おかしな話です」

②「日本政府は、私たちを強制退去させることができるんです。 しかし、日本で生まれ育った私などはもちろん、一世たちでさえ日本以外の国で暮らすことはもはや不可能です。 生活の基盤はあくまで日本にあるんですから」

③「趣味のレベルでさえ国家から制約を受けます。 僕の友人の在日韓国人は、以前ハムの資格を取得しようとしたらできませんでした。 日本人ではなく外国人だということで法律的に許されなかったんです」

④「今は必要なくなりましたが、日本で暮らすためには、指紋押捺をしなくてはなりませんでした。 いわば在日韓国人は日本では犯罪者同様に扱われたわけです。 これがどんなに屈辱的なことであるか、したことのない日本人には分からなかったのでしょう」

⑤「役所では在日韓国人は採用しませんから、在日韓国人の心の痛みが分からないんです。 役所が身体障害者の気持ちを理解できるのは身体障害者を採用するからです。 役所は在日韓国人を採用すべきなのです」(以上162~163頁)

 姜さんは、在日は日本社会からこれだけの差別を受けているのだと主張しています。 しかしここで列挙されている差別(選挙権、強制退去、ハム資格、指紋押捺、公務員採用)はすべて外国人であるが故の差別問題であって、韓国・朝鮮人であるが故の民族差別ではありません。 ですから帰化して日本国籍を取得すれば解決するものです。 李さんも

在日がみんな帰化すれば、問題そのものがなくなるというのも事実(158頁)

と言っています。

 在日韓国・朝鮮人は1991年以降「特別永住」という在留資格を有していますが、これは他の在留資格と比べて、もうこれ以上はないと思えるくらいに有利なものです。 しかしそれでも外国人である限り、日本人ではありませんから日本人と全く同じ権利ということはあり得ません。 これは世界どこの国でも共通しており、姜さんの国である韓国あるいは北朝鮮でも同じです。

 しかし姜さんは、在日は外国人でありながら日本人と同じ権利を要求しています。 つまり姜さんの考えは、日本人と同じ権利が欲しい、しかし帰化するのは嫌だ、いつまでも外国人であり続けたい、ということになるでしょう。 そして日本人と同じ権利のないことが「(在日が)苦しんだり悩んだりしている」(169頁)のだと主張するのです。

 ですから在日は外国人である限り、いつまでも「苦しみ悩み」ながら生きていく、ということになります。 1990年代は、〝在日韓国・朝鮮人は被害者で「苦しみ悩んでいる」、そして日本人はそんな在日の「苦しみや悩み」を理解して自分たちが加害者であることを自覚せねばならない″という考え方が主流だったなあと思い出されます。

 そう言えば「こんな惨めな(ずっと苦しみ悩むような)生き方はしたくない」と吐き捨てるように言った若い在日がいましたねえ。

 今でも思い出しますが、1980年代に在日一世のおばあさんたちから身世打鈴(身の上話)を聞き書きしていた時、「日本に来て苦労したが、住めば都で日本もなかなかいい所や」と日本での生活を肯定しておられました。 また「うちら外国人なんやから指紋を捺すのは当たり前や」とも言っておられました。 生活の苦労はあっても、日本社会から差別されて「苦しみ悩む」なんて言っておられませんでしたねえ。 (終り)

李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013

李青若(2)―「あなたは同化しているね」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013

【拙稿参照】

在日の日本志向は1970年代後半から    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/11/09/716024

在日は日本の「豊かさ」を直感した    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/04/01/1361019

在日の功績               http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/06/23/1598481

在日は日本が住みやすかった       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/04/05/2973366

「朝鮮人は朝鮮に帰れ」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunanadai

身世打鈴           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/09/01/507081

外国人労働者の子弟教育2022/12/17

 ちょっと以前に、外国人労働者の子供たちの教育に関係する仕事をしている方と話をしたことがあります。

 外国人労働者は、昔は中国それから中南米の日系人だったのがアジア全体から来るようになった、コロナのために一時減ったが、このごろまた増え始めた、ということでした。 具体的にどこの国からかと問うと、中国からが減って、今はベトナム、ネパール、ミャンマーが多いといいます。

 そういった国から日本にやってきた外国人労働者は子供を連れてくる場合も多く、そういう子供たちの教育が彼の仕事でした。 この子供たちの難しさは、まず一番は日本語が分からないことです。 日本の学校に入学するのですが、授業が分からず、ずっと泣いている子が少なくないといいます。 また友達もできないので、クラスでは孤立するしかないそうです。

 言葉が分からなくても、日本に来たのだから日本語を覚えようとしないのかと聞けば、そこが親との違いだと言います。 日本に働きに来る大人たちは、言葉が通じないことを知っているから覚悟をしており日本語を覚えようとします。 しかし子供たちはそれまで住んでいた故郷から離れ友人たちとも別れ、日本について何も知らないのに親の都合でいきなり日本に連れて来られ、日本の学校に送られることになります。 そこには自分の意思とか希望とか関係なしで、強制連行と言っていいくらいだそうです。 確かに子供にとっては「強制連行」でしょうねえ。

 もう一つの難しさは、国によって子供たちの教育程度が違うことです。 ある国では教育の義務というものがなく、実際に学校に行ったことのない子供がいます。 こういう国から来た子供は日本語が分からないだけでなく、算数なんかの知識もなく、学年はかなり上なのに幼稚園か1年生のレベルから教えねばなりません。

 また時には、国では極めて成績優秀でテストでいつも百点を取っていた子供も日本に来ると言葉が分かりませんから授業についていけず、テストは0点ばかりになり勉強の意欲をなくす場合もあるといいます。

 親は日本でできるだけお金儲けをしようと長時間で休日も働きますから、子供の面倒を見ないことが多いです。 学校からの連絡・通知の紙を見ても意味が理解できずそのままにしておくしかないし、子供が学校で困っていることにさほど関心がないようです。 たとえ関心があっても、どうすればいいのか分からず、放置するしかないと考えているのかも知れません。

 すべての外国人子弟がこうではないのですが、学校が面白くなくて苦痛となって行かなくなり、悪の道から誘いがあると簡単にそっちに歩むようになる場合が少なくないといいます。

 外国人子弟教育の関係者は、近在の大学の留学生に手伝いに来てもらって、言葉の通じるお兄ちゃん・お姉ちゃんがいるということで、何とか教育が続いているということでした。

 しかし今の日本の教育体制では外国人子弟教育に予算が回らず、またこういった子供たちを教えることのできる知識と能力のある教員があまりにも少ないと嘆いていましたねえ。 確かに日本人の子供相手の教育ならベテランでも、日本語が分からず、学力もバラバラの子供たちを教えるなんて、難しいようです。

 日本は少子高齢化のために、これからも外国人、特にアジアの開発途上国からの労働者が増えていきます。 それに伴い外国人子弟の教育も大いに必要になるのですが、それに対応する教育体制が非常に貧弱だと思われます。

 最後に外国人子弟教育関係者から話を聞いて、自分なりの感想を持ちます。 日本ではこれまで在日朝鮮人子弟の教育について長年にわたって様々な取り組みがなされてきましたが、その経験が今の外国人子弟教育に役に立っていないということです。 つまりこれまでの在日朝鮮人教育は、日本語を知っていてテレビなどで日本文化に馴染んでいる子供たちを相手にする特殊なものであったのであり、普遍性がなかったと言えるでしょう。

 かつて在日朝鮮人教育を訴えていた活動家は、日本が国際化するためには日本人は在日教育に関心を持たねばならないと主張していました。 また日本の教師たちも「在日韓国・朝鮮人生徒の教育を考える会」とかの組織をつくって知識・経験を交流していました。 しかしそういった活動家や教師は、今多くの外国人が来日して国際化している日本においてその子弟教育が問題になっている現状に対して、有益な助言を提起できていないと思います。

 ところで韓国でも外国人労働者が多数来ているので、同じような問題を抱えていると思うのですが、ニュースには出てきませんねえ。 なお多文化家族(韓国人男性のもとに外国人女性が嫁に来た家庭)における子弟の教育問題については、たまに出てきます。

【拙稿参照】

韓国の多文化家族の子供たち       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/12/7006283

大阪の民族学級―本名とは何か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271

「みどり」という名の在日女性2022/12/20

 11月15日付の拙ブログで、「みどり」という名前の在日韓国人女性がいることについて、次のように書きました。

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/15/9541069

何十年も昔ですが、ある大学の朝文研(朝鮮文化研究会)の人から聞いた話です。 当時は大学当局から韓国・朝鮮人学生の名簿をもらうことができて、その名簿を使って韓国・朝鮮籍学生を一人一人訪ねてオルグしていました。 その中に「李みどり」という名前の学生がいたと言うのです。  実際にその学生に会うと、外国人登録証には確かに「李みどり」と書かれていたのでした。 つまり、ひらかな名の「みどり」が本名だということが判明したのです。 ならば本名を名乗って民族を取り戻そうという「本名を呼び名乗る運動」は一体どうなるのか、大いに戸惑ったと言っていましたねえ。

 ところが、その1年以上前に、この女性について次のように書いていました。   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271

ある教師がうちの在日生徒の名前は「みどり」で、このひらがな名で外国人登録されている、「本名を呼び名乗る」運動ではこの場合どうすればいいのか? 「みどり」という余りにも日本風の名前をハングルで書いて、それで「民族の自覚」なんて言えるのか?という疑問を提起していました。

 どちらが正しいのかと疑問を抱いた方もおられるでしょう。 

 こういう話は本人が特定される可能性のあるものです。 活動家とか有名人とかであれば構わないでしょうが、無名の一般人であれば特定されないように工夫する必要があります。

 前者は朝鮮文化研究会の部長だった方から聞いた話で、「みどり」という名前の在日がいたというのは事実と思われます。 もしその在日が今もご健在なら、70歳を過ぎておられるでしょう。 もう名前を出してもいいと思いました。 なお拙ブログで出す時は姓を変えているし、また大学名も明らかにしていませんので、特定はちょっと難しいと思います。

 次に1970~80年代の「本名を呼び名乗る運動」のなかで、学校の先生から在日にひらがなの名前の子がいるが、これを本名としていいのか、これを「呼び名乗って」民族を取り戻すなんて言えるのか、という提起があったのも事実です。 なお何という名前だったか失念して思い出せません。 近年に拙ブログでこれを紹介する際に、上述の大学朝文研の話を思い出して、その名前を利用した次第です。

       ――――――――――――

 ついでに、これとは直接関係のない話をします。 17年ほど前に発表した「第85題 (続)『本名を呼び名乗る運動』考」 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai において、次のようなエピソードを書いたところ、疑問を持たれる方がいました。 

これは20数年前の出来事である。

在日は本名(朝鮮名)を名乗るべきだと強く主張する活動家Kさんがいた。彼は通名(日本名)を名乗る在日に会ったら、本名を名乗りなさいと言い、在日の子供たちにも本名を名乗るよう強く指導していた。

このKさんの運転する車に同乗した時のことである。警察の検問にあった。警官から「お名前は?」と尋ねられると、彼は「Fです」と通名を答えた。私はビックリした。相手が警察なら本名を名乗らなくてもいいのだとその時は無理に納得させたのだが、本名を呼び名乗る運動への疑問を持つきっかけとなった。

   警察の交通検問での質問に対しては、免許証に記載される本名を名乗らねばならないのに、なぜ通名を名乗り、警察はなぜそれを通したのか、という疑問ですね。

 このKさんは民族差別と闘う運動の活動家で、私も含めて周りは、Kさんは韓国か朝鮮籍だろうと思っていました。 ところが彼のお母さんは日本人で、彼は母の日本籍に入っていて、国籍は日本籍だったのでした。 後に彼の免許証を見せてもらったら、名前はお母さんの名前を受け継いだFという日本名でした。

 つまり彼の場合、本名は日本名、通名は朝鮮名、ということになります。 このことが「本名を呼び名乗る運動」へ私が疑問を抱くきっかけとなりました。

【拙稿参照】

これは民族名と言えるのだろうか(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/10/9539821

これは民族名と言えるのだろうか(2)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/15/9541069

二つの名前を持つこと          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072

在日の本名とは?            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

通名を本名と自称する在日        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

「本名を呼び名乗る運動」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

(続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

「本名の朝鮮語読み」考    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuichidai

「通名と本名」考       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

「左」が担った「通名禁止」運動(3)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710

大阪の民族学級―本名とは何か  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271

カナダ国籍者が二重国籍を求めて提訴(1)2022/12/26

 先日(23日)、カナダ国籍を取得した女性教授が日本国籍とパスポートを求めて提訴したというニュースが流れました。 かつて国籍法について勉強したことのある私には関心があります。 しかしニュースの内容が分かりにくいもので、続報が出るだろうと思ったのですが、今のところありません。 そこで今分かっている範囲で整理して考えてみました。

 ニュースとして報道したのは、朝日新聞、京都新聞、時事通信、NHKニュース、ABCニュースの五社です。 これ以外の各社は報道しなかったようで、見当たりませんでした。 

https://www.asahi.com/articles/ASQDR6FDKQDRPTIL002.html  https://news.yahoo.co.jp/articles/d3d15fc44dd6e801321450a8e522d0cec8457bae  https://news.yahoo.co.jp/articles/c134d32e69a178323146a2561de372a0951578e2  https://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/20221223/2010016278.html  https://news.yahoo.co.jp/articles/3436cda66c9cfd5bb2d9bdf62cc14aed471b6002 

 この五社のニュースから今回の提訴を時系列でまとめますと、次のようなります。 説明しやすくするために〇番号を振っています。

・2007年 ①カナダ国籍取得。この時に日本国籍喪失届を出さなかった。

・2018年  親の介護のため日本に帰国。

   ②国籍喪失届が出ておらず、入管は特例措置として日本国籍を認めて滞在を許可。

   ③日本での永住資格を得ようと東京都世田谷区に日本国籍喪失届を提出する。

   ④この時のカナダ市民権証にカナダ国籍取得の日付の記載がなく、書類不備として不受理。

   ⑤カナダのパスポートに「日本国籍抹消」と記されていることを根拠に、特例で在留許可。 

   ⑥カナダのパスポートで出国した場合、現状では5年間は再入国できないと説明される。

・2019年 ⑦日本のパスポート発給を申請したが、既に日本国籍を喪失しているとして、拒否。

・2022年  日本国籍の確認とパスポートの発給を求めて、大阪地裁に提訴。

 このような経過だと整理することができるでしょう。 (続く)

カナダ国籍者が二重国籍を求めて提訴(2)2022/12/27

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/26/9550477 の続きです。

 自分なりにそれぞれを説明しますと、

① 自らの意志でカナダ国籍を取得したのであれば、国籍法上日本国籍を喪失します。 従って彼女は本来この時点で、在カナダ領事館(あるいは日本の本籍地役所)に日本国籍喪失届を提出して戸籍を閉鎖し、日本パスポートを返納しなければならなかったのですが、彼女は怠ったようです。 このために日本の外務省・法務省は、彼女が日本国籍を喪失したことを把握できず、パスポートの無効措置が出来なかったと思われます。 ですから彼女はこの日本パスポートを使って海外旅行していた可能性があります。

② ここは想像になりますが、彼女は日本のパスポートとカナダのパスポートの二つを持って、日本に入国。 日本のパスポートは無効でしたが、彼女の本籍地では戸籍が閉鎖されておらず、法律の上では日本国籍者となっているので、入国管理局は特例措置として日本国籍者と見なして取り敢えず入国を許可したと思われます。

③ 彼女は日本に安定して滞在するためには外国人として永住資格がいいと考えたようで、本籍地に日本国籍喪失届を提出しました。

④ しかしこの時に提出したカナダ市民権証にはカナダ国籍取得の日付が記されていませんでした。 これでは日本国籍喪失日が分からないので戸籍に記載することが出来ません。 それで書類不備となって、国籍喪失届は受理されませんでした。

⑤ こうなると、彼女が日本に滞在している法的根拠は何かが問題になります。 そこで法務省は彼女が持っているカナダのパスポートに「日本国籍抹消」と記載されていることを根拠に、彼女に特例措置(正式でない措置)として在留許可を与えました。 これは出入国管理法に規定されていない在留資格になると思われます。 つまり法に基づかない在留許可となりました。

⑥ 現在の在留許可は法に基づかないものですから、厳密に言えば不法滞在と同じになります。 従って、彼女はカナダのパスポートでもって日本から出国すれば、他の不法滞在者と同様に5年間、日本に入国できなくなるという説明を受けます。

⑦ そこで彼女は、今度は日本のパスポート発給を求めます。 しかし既に日本国籍を喪失しているのであるからという理由で、拒否されます。 ただし彼女の戸籍はなおも閉鎖されておらず、表面的には日本国籍は残ったままです。 つまり日本国籍は喪失したが、それが戸籍に反映されていないという状態です。

 以上のような経過を経て、今回の提訴になったということが分かりました。 私の感想では、一番最初のカナダ国籍取得時に日本国籍喪失届を出してパスポート返納をしておかねばならなかったのに、それを怠ったことから混乱が始まったように思えます。

 また法務省が法に基づかない「特例措置」として、時には日本国籍と見なしたり時には在留許可を与えたりしたことも混乱を招いたようにも思えます。 おそらくは元日本国籍者の入国・滞在に特別に便宜を図ろうという善意だったと考えられるのですが‥。 (続く)

カナダ国籍者が二重国籍を求めて提訴(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/26/9550477

カナダ国籍者が二重国籍を求めて提訴(3)2022/12/28

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/27/9550715 の続きです。

 最後に、彼女は記者会見で次のようなコメントを発言しています。

行政のちぐはぐな対応に翻弄された。 二重国籍は多くの国で認められており、多様性がないのは日本くらい。

カナダには重国籍の友人が大勢いる。 重国籍を認めないことが、グローバル化を目指す日本の社会像に合っているのか、考えてほしい。

日本人であるのに複数国籍になっている人がいるという実態を踏まえ、変えていかなければならない。 一石を投じる意味で、今回提訴した。

希望して外国籍を取得したと言われるかも知れないが、海外から持ち帰れる知見もある。 日本は複数国籍の人を認めないことで何を得るのかと疑問に思う。

 裁判は世間に「一石を投じる」ことが目的で、最初から負けることは承知の上だということですね。 二重国籍を認めるような国籍法改正の運動をするつもりなのでしょう。 法の壁は厚く、そう簡単ではないと思われますが。

 彼女がこれから生きる道は二つしかないようです。 一つは現状維持で、このまま日本に居続ける。 日本国籍を喪失したとしても形の上ですが日本戸籍が残っていますから、国外強制退去にはならないでしょう。

 もう一つはカナダのパスポートをもって出国し、カナダに帰国する。 この場合は5年間日本に再入国できませんから、日本の大学教授職は失うことになるでしょう。 (終り)

カナダ国籍者が二重国籍を求めて提訴(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/26/9550477

カナダ国籍者が二重国籍を求めて提訴(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/27/9550715

【拙稿参照】

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/11/8644295

私の国籍研究史(5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/15/8646853

私の国籍研究史(6)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/19/8650171

私の国籍研究史(7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/23/8654056

私の国籍研究史(8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/27/8658841

蓮舫の二重国籍疑惑           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/09/8176022

蓮舫の過去の「国籍発言」        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/16/8190975

蓮舫はもともと二重国籍でなかったのでは?http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/16/8230218

二重国籍は複雑で難しい         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/20/8232627

二重国籍でないという証明は困難     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/23/8234323

私が二重国籍に関心を持った訳      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/28/8237467

二重国籍には様々な姿がある       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/29/8237969

蓮舫二重国籍問題のまとめ        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/11/03/8241041

蓮舫二重国籍問題        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/14/8620041

蓮舫二重国籍問題のまとめ (再掲) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/15/8620565

二重国籍かどうか微妙な場合       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/11/13/8247093

国籍を考える―新井将敬    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/27/8628332

国籍を考える―アルベルト・フジモリ ― http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/25/8626981

国籍を考える―小野田 紀美の場合 ― http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/23/8625722

国籍を考える―ケンブリッジ飛鳥の場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/21/8624643

外国籍が輝いて見えた時代があった http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/19/8623371