在日朝鮮人が話す北朝鮮2023/12/19

 在日朝鮮人が日本に帰国することを前提に祖国の北朝鮮を訪問することは、1970年代初めまでは基本的に認められていませんでした。 北朝鮮に行ったらそれっきりで、日本に戻ることができなかったのです。 それが日本政府の方針でありました。 それが改まったのは、1970年代のデタント(東西の緊張緩和)という国際情勢の変化でいつまでも北朝鮮と緊張関係を続けられないとされて、在日朝鮮人の訪朝(一時帰国と言われていた)が認められるようになりました。

 ですから在日朝鮮人は1970年代後半から、十数年前の1960年前後に北朝鮮に帰国した親族を訪ねることが多くなりました。 私自身はこの時期に北朝鮮の親族を訪問したという在日朝鮮人から話を聞いたことがあります。

 二人ほどでしたが、一人は焼き肉屋を経営していた女性でした。 1960年ごろに兄の家族が北朝鮮に帰国しており、その兄を訪ねたそうです。 「北朝鮮はどんな国でしたか?」と聞くと、平壌の地下鉄や都市の風景、観光名所などに行ってきたという写真を見せてくれて、「こんなにきれい所だったよ」と言っておられました。 しかし肝心のお兄さんたちがどんな家に住み、どんな暮らしをしているのかについては全く話がなく、写真もありませんでした。 「北朝鮮はいい国だと言う人と、あんなひどい国はないと言う人とがいますが、行ってみてどうでしたか?」と聞くと、「後ろの方と思ってくれてもいいよ」。 次に「日本と比べて住みやすそうなところでしたか?」「それは日本、あっちは隣の村に行くのに一々許可がいるんよ。」 これ以上聞くとヤバそうなので、話はそれで終わりました。

 もう一人は在日のおばあさん。 「この前、北鮮にいる弟のところ、行ってきましたんや。 北鮮というところ、太ってるのは金日成だけや。」 この方はそれ以上のことを言わなかったし、私も聞きませんでした。 ただ北朝鮮を「北鮮」と言っていたのが印象的でした。

 家が朝鮮総連系の在日の方から、北朝鮮に帰っている兄の話を聞いたことがあります。  「兄貴が北朝鮮にいて、しょっちゅう手紙が来る。 幸せに暮らしているとか書いてあるけど、金送れ、薬送れ、服でも何でも送れ、そればっかりや。 幸せに暮らしていて、なぜ金送れ!なんて言うんや。 総連の奴らは北はいい所なんて言っとるけど、全然いいことない。 そう言うんやったら、あいつらが北に帰ればいい。 自分らが帰らんくせに、何でいい所なんや。」 あまり詳しく聞いてはいけないと思って、これ以上聞きませんでした。

 1980年代になってからですが、ある在日女性の話。 1984年に『凍土の共和国―北朝鮮幻滅紀行』(金元祥著 亜紀書房)という本が出版され、すぐさま買ったそうです。 そして家族が寝静まった夜に、一気にそれを読んだとのことです。 曰く「あれに書かれていることは本当だ」。 その一言を言った後は、何も言いませんでした。 その方の親族に北に帰った人がいるなんて、それまで聞いたことがなかったので少々驚きました。 時々手紙が来ていたようですが、彼女は北について何も喋ってこなかったのです。 

 私の場合、在日から北朝鮮の話を聞いたのは以上の四人だけです。 わずかな情報でしたが、四人とも喜んで話すことはなくポロッとしゃべるだけでした。 その時は、北朝鮮の親族たちはかなり苦労しているのだろう、そんな苦労は身内のことだから他人に話したくないのだろうと思いました。

 一方、当時『朝日ジャーナル』などの雑誌に北朝鮮の訪問記が時々載っていて、そこの人々は質素ながらも〝明るく希望を持って暮らす幸せな北朝鮮社会″が報じられていました。 それを読んでいた私は上記のように在日からの話を聞いていたので、そういう人もいるだろうが苦労している人もいるのだ、訪問記は真実の一面だけを書いたものだと思っていました。 

 ところが1989年に東ヨーロッパで社会主義が崩壊し、社会主義国の内情が暴露されました。 ルーマニアなど社会主義体制下で人民がどれほど悲惨な暮らしをしていて、その真実を外国人に話すことが犯罪になっていたことを知り、ようやく目が覚めたのでした。 そしてそれまで読んできた北朝鮮訪問記の、〝北の人民は明るく希望を持って幸せな生活を送っている″とする記事はすべてウソだと悟りました。 在日が北の親族についてポロッとしゃべってそれ以上言わないのは単なる苦労ではなく非常に深刻なものであること、そしてそれを口外することがどれほど危険であるのか、それが分かってきたのです。 北朝鮮に帰国した親族がいるはずの総連系の人が、北について何も喋ってこなかったのも理解するようになりました。 ポロッと一言しゃべってくれたのは私を信頼したからであって、普通は全く喋らないのです。 『朝日ジャーナル』などの雑誌に掲載されていた北朝鮮訪問記はすべてウソであり、真実は全くないのでした。 

 そのころにロシア少数民族の研究者と話をしたことがあります。 ソ連が崩壊した直後に訪問したので、現地の人は以前より自由にものをしゃべれるようになっていたそうです。 北朝鮮に仕事で行ったことがあるという現地人が、〝我々の国も酷かったが北朝鮮はもっと酷い、世界最悪だ″などと言っていたそうです。 以前の私でしたら〝それは一部を見ただけに過ぎない″と考えたでしょうが、その時はもう〝確かにその通り、滅茶苦茶な国だ″と賛同するようになっていました。

 以上のような経験と、更に横田めぐみさんらの拉致事件が明白になったことによって、私は北朝鮮や朝鮮総連に対する不信感が決定的で動かせないものになりました。 だからこそ北朝鮮を感情的に見るのではなく、冷静に客観的に分析するように見なければならないものです。 しかし一度は北朝鮮を信じ、世に出回る反北朝鮮情報は反共右翼の宣伝物なんて思っていましたから、今の私は北朝鮮に対してどうしても感情的になりますね。

【北朝鮮に関する拙稿】

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